3 お叱り
翌朝、私とモイラは、授業前にクロス様の教職員用の部屋を訪ねた。
「プレアです。失礼します」
ペコリとお辞儀をして入室。
「モイラです。し、失礼します」
と、私の後に続くモイラ。
クロス様は、いつもの様に無表情な顔で私達を見た。
「プレア。モイラ。あなた方二人は、昨日どこへ行っていたのですか?」
ほら、やっぱり聞いて来た。
ん――。
外に出たのが、いつばれたのかな――?
「いえ、具合が悪いので、二人でずっと部屋にいて休んでいました。あまりにグッスリだったので、ノックも気が付きませんでした」
これなら、完璧。
クロス様は、私からスッとモイラに視線を移し、尋ねた。
「本当ですか? モイラ?」
俯くモイラ。
(駄目よ。ちゃんと、そうですって言いなさい)
私は焦った。
「ご、御免なさい。外に、行ってました」
と、正直に答えてしまうモイラ。
終わった。
「どこへですか? モイラ」
続けて尋ねるクロス様。
「はい。あの、”おんぼろ街”という所へ」
涙目になりながら答えるモイラ。
「おんぼろ街? 何ですか、それ?」
クロス様が目を丸くする。
それはそうよね。
あの汚い街を”おんぼろ街”と命名して使っているのは、私とモイラだけだし。
「あ、それは……。王都の向こうにある”綺麗じゃない街”の事です」
「そうですか? ”おんぼろ街”と付けたのは誰ですか? モイラ」
厳しい追及に、モイラはタジタジとなる。
そして、私をちらりと横目で見て答える。
「あ、あの。プレア様……、です」
モイラは拳を握りしめ、両手を下に伸ばして頭を下げて、申し訳なさそうに答えた。
「そうですか?」
何かを察したような表情をするクロス様。
やっぱり、無理があったなぁ。
モイラは良い子だから、秘密に出来なかったか。
もう、こうなったら開き直るしか……。
「はい。正直に申します。王都の外れにある汚い街へ行っていました。”おんぼろ街”と命名したのは私です。でも、あの街は何ですか?」
追及されないように質問で返す私。
少し目を丸くするクロス様。
あれ? 怒鳴られるかと身構えてたのに。
「プレア、どうして、あの街の事を? 誰も、教えていないはずですが」
クロス様が尋ねる。
「小さいころ、一度だけ馬車の中から見かけました。それ以来、ずっと気になって。そして、昨日行こうとなりました」
思いっきり叱られると思ったのに、ちょっと調子が狂うわ。
「あなた達は知らなくて良い事だったのです。少なくとも今は。特に、プレア。あなたは」
え?
それって、どういうことなの?
” 特に、私は”って?
「どういう事でしょう? あそこには、何かあるのでしょうか?」
答えないクロス様。
「あの? クロス様?」
何か、少しおかしいな。
今まで、同じような事をしでかしたら、厳しくお叱りを受けていたのに。
あの”おんぼろ街”の事を言ったら、急に。
クロス様はルールに厳しいお方だけれども、理不尽なことでは叱ることをしない方。
そして、聞けば教えて頂けていた。
そのクロス様が、答えを選んでいるような……、気がする。
先ほどまで涙目だったモイラも、その様子にとまどっていた。
「『転移の力』で、行ったのですか?」
とクロス様。
「はい」
答える私。
「危険な目に会ったのではないですか?」
「えっと、黒い騎士様に助けて頂きました」
「黒い騎士様?」
「はい。髪が赤く、瞳も赤く、黒い鎧の騎士様でした。 赤い髪と目が、とても素敵な騎士様でした」
すると、クロス様が目を丸くした。
(え? あれ?)
私は、言葉が足りないかと思って付け足した。
「あの、少し。いえ、かなりぶっきら棒な方でしたけど、ちゃんと助けて頂きましたよ」
これで安心してもらえるかな?
けれども、クロス様は、私の顔をジッと見ている。
(な、何なの? 乱暴されてないって言わないと安心しないのかな?)
クロス様は、軽く目をつぶり、「ふぅ」と息を付かれた。
何か予想していた良くない事が起きてしまったかといった風に、私には感じられた。
私には、叱られるよりも、この感じの方が辛いわ。
いつものように叱ってくれないと、調子が狂う。
そして、クロス様は、こう言った。
「そうですか。赤い髪、赤い瞳、黒い鎧を着た騎士様と……」
「はぁ、そうです」
と私。
一体、何なの?
「プレアとモイラは、今日一日の授業が終わったら、アクス大神官代理の所に行きなさい」
「え?」
私とモイラは、驚いた。
アクス様とは、聖導会大神官代理で、名前をアクス・マグネティカという女性神官。
私達は、アクス大神官代理。あるいは、アクス様とお呼びしている。
金色の綺麗な髪をされていて、瞳は青色。
大神官の後に代理と付くのは、大神官としての任は努められないけれども、代わりに大神官としての聖務を任される方を、その様に呼ぶ。
そもそも大神官と呼ばれる方は、この国が始まったころ。
そして、数百年前の時。
他には、誰も役に付いていない。
つまり、今まで、二人しかいない。
そんな偉い方と、何で私が会うの?
それに、モイラまで。
憧れの女性神官様なので、お会いできるのは嬉しいのだけれども。
「あの? ”おんぼろ街”行ったことは大変申し訳ありませんが、アクス様にお会いするほどの事なのでしょうか?」
私は尋ねた。
「それは……、アクス様に会えばわかる事です」
と静かに返された。
あ、あれ?
調子狂うなぁ。
「はぁ。わかりました」
と答える私。
「何ですか? その気のない返事は?」
急に厳しくなるクロス様。
これよ、いつもの調子は、こんな感じなのよ。
「は、はい! 放課後、アクス様の所に向かいます!」
私とモイラは、声をそろえて返事をした。
「話は以上です。もう直ぐ授業が始まります。教室に向かいなさい」
「はい。畏まりました、クロス様」
私とモイラは一礼をし、部屋を出た。
「はぁ――」
とうな垂れるモイラ。
ちょっと気まずい。
さすがに、大神官代理様のお呼び出しとなると、ただ事ではない。
私はともかく、モイラが退学させられては困る。
「だ、大丈夫よ、モイラ。何てことない話に決まっているわ」
私は、モイラを励ました。
「はぁ」
気のない返事をするモイラ。
「何ですか? その、やる気のない返事は?」
私は、クロス様の口調を真似てモイラを注意する。
「うっ。ぐずっ」
泣き出すモイラ。
「あわわわ」
教室に行く前までの間、ずっとモイラをなだめ続ける羽目になった。
この日の私とモイラは、無難に神官についての授業をこなしていった。




