33 新たなる自称の王
「え? それは、本当ですか?」
朝、大神官室に到着して、私は一番最初の報告に驚いた。
「はい。間違いございません。反逆の意志ありと追われていた第六王子様が、戻っていらしたとの事です」
広報担当の神官の方は、慌てた様子で報告に来た。
「それで、王都は? それとも、第六王子は捕まったということですか?」
そうだ、戻ってくれば、タダことでは済まない。
手勢を連れていれば、王都は戦いになっていて、こんなに穏やかな朝を迎えているはずがない。
「それが、……。王家の方々を誰も見かけないとの報告が。一部の貴族の方々も」
「何ですって? どういうことですの?」
わからない。
黒い騎士様を恐れて、母上様を捉え、アクス様を幽閉し、お二人を亡き者にすらして、第六王子の黒い騎士様と戦う姿勢を示していたのに。
あの方がいくら強くても、お一人では王都の軍と戦う事なんて出来ないはず。
もしかして、あのおんぼろ街の人達を従えて?
飲まず食わずの人達で、そんな事が出来るの?
しかし、黒い騎士様が王都に戻って来た事。
王家の方々が行方を晦ましたとの情報は、確かと思うしかない。
「もう少し、詳しい報告はありませんか?」
私は、広報担当の神官に尋ねた。
「はい。皆さま、何かに怯えるような感じで国を放棄したとの事です。これ以上の報告は上がってきておりません」
ますますわからない。
「何かとは何ですか? 皆様とは誰と誰ですか? もっと詳しい報告をお願いします」
要領を得ない報告に、少し苛立ち始めた。
あれだけの事をしていた方々が、こんなにあっさりと逃げ出すなんて。
「プレア様。速報という事でしょうから、これから詳しい情報を把握するのが宜しいかと」
従者神官のモイラが、私に忠告する。
そうね、少し慌てすぎよね。
「御免なさい。では、もっと詳しい報告を集めるようお願いします」
「はい。畏まりました」
こんな、簡単に前の国が終わってしまうなんて。
いえ、まだ、第六王子の黒い騎士様がいらっしゃるから、終わったわけではないのね。
「これはクーデターでございますよね?」
モイラが言った。
「そうなのかしら? 先王は、後継者を定めずに亡くなられたから、王位継承の争いが混乱していたのはわかりますが」
王都の様子が気になる。
「モイラ。王都の様子は? 紛争のような出来事は起きていないわよね?」
「はい。朝、プレア様を見送りした後、聖導会の周りを見回りましたが、住民の皆様が慌てふためいているような様子は見かけませんでした」
「そうよね。いくら鈍感な私でも、気が付くわよね」
昨日の夜、王都で何があったのか?
クロス様でも対処にあぐねていた王家の御兄弟。
それを、こうもあっさりと。
ただ、 このままでは前の国が終わってしまうことになるだろう。
多少のいざこざがあるにせよ、平和的な形で王位継承が行われれば、聖導会としても承認する。
そして、新たなる国王が、この前の国に誕生する。
そのはずだった。
しかし。
黒騎士様が新たなる王であるとして承認を求めてくれば、聖導会としては認めなければならないのだろうか?
大神官の私は、承認しなければならないのだろうか?
「血で血を洗う様な戦いが起きなかっただけ、マシと思うしかないのでしょうか?」
モイラが言う。
「そうね。直ぐに皆様を集めてください。これまで通りなら、私達の所に新たな王として承認するよう求めてくるでしょうから」
「はい。そのように」
モイラは、招集の準備を始めた。
「ドン! ドン! ドン!」
大神官室のドアが激しく鳴る。
「ドン! ドン! ドン!」
「おやめ下さい! ここは、大神官様の御部屋です! 失礼ではありませんか!」
ドアの外で、誰かが怒っている。
「プレア様」
モイラは短剣を服の中に潜ませて、私とドアの間に立った。
「モイラ、開けて差し上げなさい」
モイラは、私の表情を確認した。
「はい」
そして、ドアに近づいて声を掛けた。
「どなたですか? 騒がしいですよ」
「モイラ様。失礼しました。この国の次の皇帝が来たから会わせろと来ておりまして」
ドア越しなので、様子が良くわからない。
「プレア様。ドアを開けます」
モイラは、再度私の意思を確認した。
「ええ、入って頂きなさい」
「はい」
そう言った後、モイラはドア越しに大きな声で呼びかけた。
「鍵を今開けます。どうぞ、お入り下さい」
ガチャ!
「ま、お待ちください! 先に入るなど! あっ!」
ドアが開くと、ドカドカと近衛兵が何人か入って来た。
神官の方々が慌てて制止するが、突き飛ばされてしまった。
そして、それに構わず近衛兵の人達は入って来た。
「おい!」
近衛兵は、私の姿を確認すると後ろの仲間に合図を送った。
合図を受けたドアの外の兵士は、敬礼して何処かに駆けて行った。
「この度は、大神官の御就任。御目出とうございます」
唐突に就任の御祝い。
「はい。ありがとうございます。今日は、何の御用でしょうか? 就任の御祝いに来られただけでは無いようですが」
「新たな皇帝が決まりましたので、その承認を。その為に参りました」
「新しい皇帝? どのような経緯で? この国のトップは、王ではありませんでしたか?」
皇帝を名乗るものがいるとすれば、あの黒い騎士様。
第一報の知らせでは『皇帝』と名乗ったとあった。
王では無くて、皇帝って?
「とにかく、この国の皇帝が決まったのだ。後は慣例に従い、大神官殿に承認して頂くだけで良い」
「ずいぶんと、上から目線ですね? その『皇帝』様は、どちらに。私がこれから、王宮に出向くのでしょうか?」
出来れば行きたくない。
呼ばれたアクス様は、そのまま幽閉されてしまったのかもしれないし。
私一人なら、どうとでもなるのだけれども、モイラ以外にも何人も連れて行くとなる。
それだけの人数を転移の力で移動させた経験がない。
それに、多くの人に見せるべき力では無い力でもある。
「もったいなくも、こちらに来られるとの事です。ただし、今回だけ特別にと御認識下さい」
と、近衛兵は言う。
とりあえず、行かなくては済みそう。
「それは、もったいない事です。ですが、お迎えする用意が整っていません。後日では無理でしょうか?」
まあ、こう言っても、向かっている途中だから来てしまわれるのだろうけど。
「時間が惜しいので、もう向かっておられる。お待ち下されよ」
「皇帝様ぁ――! 御到着で御座いま――す! 皆の者、控――え――よ――!」
兵士の一人が叫んだ。
神官の人達は、戸惑いながらも頭を下げている。
近衛兵と一般の兵士達も同様に。
モイラも、周りに合わせて頭を下げる。
懐にある、短剣に手を当てながら。
私は、立ち上がって出迎えることにした。
ただ、頭は下げない。
聖導会の大神官は、この国の臣下ではない。
「相変わらず勇ましい事だな。見習い神官」
あの声が聞こえた。
聞いたことのある、少し懐かしい声。
「お久しぶりで御座いますね。黒い騎士様」
おんぼろ街で出会った黒い騎士様が、見慣れない立派な衣装を着て、私の前に到着された。
あの時の様に、赤い瞳、赤い髪の姿をされていた。




