29 大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム
「プレア。これが、先生としての最後の授業です。これからは、一人で学んで行きなさい。泣いていないで、礼拝堂に向かいなさい。皆が、あなたを待っていますよ」
クロス様は、私に別れを告げられた。
「……」
わたしは、ただ、その御言葉を、黙って聞いていた。
「プレア様。お気持ちはわかりますが。クロス様の傍には、私が付いておりますから。どうか」
モイラが、泣くのを堪えながら、私に礼拝堂にへ向かうよう言ってくれる。
私は、ようやく立ち上がった。
そして、俯きながら部屋のドアに向かい歩いた。
そんなに大きい御部屋じゃないのに、とても距離があるように感じられた。
そして、ドアの所で御挨拶をしようと、私は振り向いた。
「クロス先生。今まで有難うございました」
深々と頭を下げてお礼を述べた。
モイラが、ドアを開けて見送ってくれる。
私は、後ろを振り返ることなく部屋を出て、大神殿の礼拝堂に向かって歩く。
その後の事は、何となく覚えている。
皆さまは、既に用意を整えていて、後は私が来るのを待つのみの状態となっていた。
クロス様の事が心配なはずなのに、それを表情に出している方はいらっしゃらなかった。
衣装を大神官の服に着替えた。
そして、大神官だけが読み解けると言う経典を預かる。
最後に、大神官だけが持てる杖も授けられた。
この法衣は見たことが無い。
アクス様やクロス様が、聖導会の蔵に大事に保管してあった衣装を持ち出してくださっていたのだろうか?
アクス様は、代理であった。
私がこれから就任するのは代理の付かない大神官。
ちょっと前まで半人前だったのに、こんな立派な法衣を着て良いのだろうか?
不謹慎にも、そんな事を考えながら式典を続けていた私。
大神官になる宣誓をし、礼拝堂の祭壇の前で参列されている神官の方々に振り向いた。
片手には、大神官だけが読み解けると言う経典を持ち、もう一方には、大神官だけが持てる杖を手にして。
アクス様ですら、持つことの無かった杖。
法衣は挿絵ぐらいでしか、多くの人は見たことがないと思う。
わたしも、本物を見るのは初めてだ。
着方は、合っているのかしら?
本当に、杖の持ち方は、これで大丈夫?
「おお!」と言う感嘆の声と、何人かの方の押し殺すような鳴き声が聞こえた。
皆さまの誇らしそうな目が、とても暖かい。
その目を見た時、ようやく私も、『大神官』になったのだと自覚できた。
私は、式次第にあった大神官の就任の宣誓を述べた。
本来なら、国内外の多くの方が、この大神殿に集まって行われるもののはずだ。
この状況が、私が単なる大神官でないことを、物語っているような気がした。
終焉の大神官。
この言葉が、一瞬頭を通り過る。
そうして。
そうして、就任の祭事『大神官の儀』を経て、数百年ぶりの大神官が誕生した。




