26 プレアの後悔
大神殿は、静かになった。
「あれ? いつの間に皆帰ってしまったの?」
使者の方も帰られたようで、クロス様も他の方も、礼拝堂から退室されていた。
私は一人、大神殿に残っていた。
何人か声を掛けて下さっていたような気がするけれども、良く覚えていない。
気が付いたら一人になっていた。
周りを見ようとしたら、後ろにモイラがいた。
モイラ、何でそんなところに居るの?
いつもなら、そう話しかける所。
けれども、今は、「あら? そこに居たの?」という感じだった。
モイラは、私の元にゆっくりと歩み寄って来た。
「プレア様、御部屋に戻りましょう」
モイラが言う。
「モイラ。あの時、アクス様と一緒に逃げていれば、こんな事にはならなかったのではないでしょうか?」
「プレア様、いったい何を仰っていらっしゃるのですか?」
「ほら、あの時。赤ちゃんを見かけた時、プレア様を連れて逃げてしまおうと思ったの。捕まっちゃうぐらいなら。その時お話していれば、こうはならなかったわ」
「……」
モイラは、黙って聞いていた。
「逃げ出しても、どう生活すればとか。大神官の定めとか。私が、変な事考えなければ。アクス様は、今もお元気だったはず。私が、私が、迷ったから……」
「プレア様! 何を言っておられます! そんなこと、絶対ありません!」
モイラが、怒った。
怒ったモイラを見るのは、これが初めてだった。
「しっかりなさってください! もし必要があれば、アクス様が仰っているはずです。ですが、アクス様からお願いされたことは、プレア様が大神官になる事と、黒い騎士様の赤ちゃんを預かって欲しい。この、ふたつだけです」
(モイラ、駄目よ。大きな声で、黒い騎士様の御子と言っては)
それは、言葉にならなかった。
モイラが覚悟を決めて言っていることだと思ったから。
「そ、そうね。必要とあれば、遠慮なさる方ではないですね。アクス様は」
「そうですよ、プレア様。こういう事を予見されていたからこそ、託されて下さったのだと思います」
そう言って、 モイラは私の両腕をギュッと握り締めてきた。
だけど、モイラは俯いて震えていた。
ああ、モイラに、ここまで言わせてしまうなんて。
私も、そうとう参っているのかな?
落ち着かないと。
「ずっと、待たせてごめんなさいね。部屋に戻りましょう」
震えるモイラの両手に手を添えて言った。
部屋に戻ると、赤ちゃんの元気な鳴き声が聞こえて来た。
その声を聴いて、初めておんぼろ街で黒い騎士様と出会った時の事を思い出した。
そして、プレア様や黒い騎士様に『逃げるのは、駄目なの?』と尋ねた事を思い出した。
「プレア様。暖かいミルクを用意しました。どうぞ、お飲みください」
乳母として来ていただいている青い髪のライラさんが、暖かい飲み物を出してくれた。
「ありがとう」
私とモイラは、それを受け取り、ゆっくりと飲み干す。
(黒い騎士様に「母を連れて逃げれば」と言った時に、それを実行して居れば、良かったのかなぁ?)
あの頃なら、大神官の重みも良くわかっていなかった。
言い方を工夫すれば、黒い騎士様も考えて下さったかもしれない。
でも。
それも、これも、もう後の祭り。
もう遅い。
王家の御兄弟の方々も、馬鹿なことをしてしまったものだ。
これで、黒い騎士様を縛り付けていた事が、何も無くなった。
これで黒い騎士様は、何の遠慮も無く、前の国の打倒に動き出すのと思う。
こんなことは、私でもわかる。
王族の御兄弟の方々は、それも覚悟の上で、母上様とアクス様を亡き者にしたのだろう。
けれども、アクス様が、老婆心や前の国の将来の為だけで、過剰にかかわったわけではない。
自身の身の安全も顧みず、聖導会の危機も顧みず、庇おうとされた理由がわからない。
もしかしたら、アクス様が黒い騎士様、好きになってしまわれたから庇われた?
う――ん、それは無いな。
親身になっている内に、魅かれてしまったかもしれないけれども。
『「プレア! あなたは『終焉の大神官』なのです。終わりと始まりが、あなたに託されているのです。それを覚えておいてくださいね」』
アクス様の御屋敷から転移する時に、別れ際に言われた言葉。
大神官代理のみが知りうる何かが、あの行動をアクス様にさせていたのだろうか?
先ほど泣いていた赤ちゃんも、スヤスヤと眠っていた。
私は、その頬っぺたをツンツンと突きながら、こう思った。
(もしかしたら、この子はお母さんを亡くしてしまったのかもしれない。アクス様は、誰が母親と言われなかったけれど。黒い騎士様に聞こうと思っても、どこにいるかわからないし)
これからどうしよう。
これから、どうなっていくのか?
そうボンヤリと考えている時に、再び悲しい知らせがやって来た。




