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24 この子は、誰の子

「その子の名前は、『カルブンクルス』と言うの」

 アクス様が、赤ちゃんの名前を教えて下さった。

「どういう意味でしょうか?」

(ひとみ)が赤いでしょ? 宝石のようでしょう?」

「そ、そうですね」

 私は、その時ディコ様の(ひとみ)を思い出して比べていた。

「素敵な名前ですね」

 モイラが答える。

 

「プレア。この子を、あなたに預けたいの」

 アクス様が言われた。


「え? 私にですか?」

 私は戸惑った。

 当たり前である。


「無理です。私、結婚どころか、恋愛すら経験無いのに」

 いや、結婚も恋愛も関係ないけど。


「それに、この子は誰の子なのでしょうか? 誰の子かもわからない赤ちゃんをお預かりする事は出来ません」

 私は、しごくまっとうに答えた。

 

「この子は、あの黒い騎士の子です」

 とアクス様は答えた。


(あの黒い騎士様の? そう言えば、あの騎士様も瞳が赤かったわ)

 そして、次の質問を重ねた。


「では、この子のお母さんは、どなたなのでしょう?」

 騎士様は、髪も赤かった。

 この子は、金髪の髪の人が母親なのだろうと思った。


 しかし、アクス様は、(うつむ)き、沈黙された。


「あなたしか、頼る人がいないの」

 アクス様は、顔をお上げになり、私に言った。

 アクス様はジッと私を見つめ、沈黙を続けられる。


「わ、わかりました」

 絞り出すように返事をした。

 アクス様に、笑顔が戻った。


「ですが、私とモイラでは育てることが出来ません。乳母を雇う事になります。それでよろしければ」

「ええ、構わないわ。仕方がない事ですもの」

 と、アクス様。


 モイラを見ると、赤ちゃんに顔をスリスリしていた。

(モイラ、赤ちゃんはペットじゃないのよ。今の話、分かってますか?)



「あ、あの。黒い騎士様は、結局どうなってしまわれたのでしょうか? アクス様は、どうされていたのでしょうか?」

 私は尋ねた。


「あの人の不幸な境遇が、この前の国の(きし)みのせいで大きく(あぶ)り出されてしまっていました。このままでは、国が分かれ、前の国も世界も終わってしまうと思い、心を割いていました」

 アクス様は、お話を始められた。


「仲違いすることの無いよう、お話を続けていました。ですが、それも王族の御兄弟の方々には、余計なことだったのでしょう。わかってはいましたが、火種になる以上、何もしないと言うわけにはいきません」

「モイラには、まだ話していなかったわね。あの人の母上は、プレアの言うおんぼろ街が生まれの娘です。偶然通りかかった王様に見初められて、第六王妃となられました」

 アクス様は、続けられる。


「ですが、他の奥方様や王子様には、不快に思われたのでしょう。貧乏な街の娘と自分達が同列に扱われることに」

「その軋轢に、あの人の母上様は精神的に病んでしまいました。そして、王家の病院から出られなくなりました。そこから、あの人。黒い騎士様との確執が、決定的になってしまったのです」

 アクス様の目には、薄っすらと涙が(にじ)んでいるように見えた。


「第六王女である黒い騎士様の母上様が生きている間は、じっと耐えてくれていたようです。ですが、その方が亡くなったと知らせがありました。本当に亡くなったのか確認が出来ませんでしたが、それから連絡も取れなくなりました。そして、今に至るのです」

 

「それだけ、尽くしてくださったアクス様を(ほお)って、消えてしまわれたのですか?」

 私は、黒い騎士様に幻滅した。

 

「いいえ。一緒に行こうと言って下さったわ。けれども、私は大神官代理。前の国を離れるわけにはいかないと断りました。残念でしたけれども、国外に逃げるあの人を見送る事しかできませんでした」


 ああ、それで、王家の御兄弟の方々は、アクス様も仲間だろうと思い監禁したのか?

 黒い騎士様が、手向かって来ない様に、人質として。


 「私では、あの人も、この国も人達も、救うことが出来なかった。だけど、あなたなら出来る。いいえ、あなた達なら。私は、あなた達に未来を託します。あなたも救われないかもしれないけど、あなた達なら救ってくれるはず。そう信じて託します」


「あ、あの。アクス様。私もでしょうか?」

 とモイラが尋ねる。


「そうね。モイラにも、ちょっとお世話になるかもしれませんね」

 そう言われ、複雑そうな顔になるモイラ。


「でも、基本的に。これはプレア、あなた達のお仕事になります。プレア、お願いしますね」

 

 『あなた達』とは、誰と誰の事なのだろう?

 急に救国と言われても、そんな力も、知恵も、持ち合わせていないのに。


「わかりました。アクス様」

 私は、返事をした。


「プレア。迷う事もあるでしょう。何故、私がと。その時、あなたが、どう判断するか? それが大事なのです」

 続けて、アクス様は言う。

「プレア。ハッキリと伝えることが出来ないこと。本当に、申し訳なく思います」

 アクス様は謝罪された。


 この子を人に預けるという事は、最悪の事が近づいているという事なのだろうか?

 ならば、ここに長居していて、私達まで捕まってしまってはいけない。


「あの。では、帰ります」

 私は、一度、モイラと赤ちゃんを見、そしてアクス様の方を向き直した。


「はい。とても大変な無理難題な願いをしてしまい。申し訳ないと思っています」

 アクス様の目には、涙が流れていた。


 モイラと私も泣いていた。


 きっと、これで生きてお会いする事が最後となるだろう。

 この子を私達に預けるぐらいだ。


 もし、アクス様が、この赤ちゃんお母様なら、どんな思いなのだろうか?

 

 赤ん坊の為に用意してあったいくつかの着る物等を預かり、転移の準備を始めた。


 「アクス様。また、会いに来ます」

 そう言って、私は転移を始めた。

「ええ。そうね。また会いましょうね。きっと会えるでしょう」

 その返事は、私達への気遣いなのか?

 それとも、本当に、再会することが出来るという事なのだろうか?


 光の渦の中に見えたアクス様は、寂しそうだけれども、小さな我が子を見送るお母さんのような顔をされていた。

 転移の光の渦が、アクス様の優しさと重なっているように感じられた。


 黒い騎士様の母上様が亡くなられたのは、アクス様の監禁先から戻った数日後だった。

 その悪い知らせは、クロス様と私の元に伝えられた。

 

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