1 出会い
「プレア、プレア。どこです? プレア!」
私を探しているのは、クロスローズ・サルヴェイションさん。
大神官代理補佐で、私達候補生の教育係を担当している。
クロス様とか、クロス代理補佐、クロスローズ代理補佐とか呼ばれている。
たまーに皆からは、「苦労ずさん」と呼ばれる。
真面目な性格で厳しく、私とは反りが合わない。
私の名前は、プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム。
長――い名前。
自分でも、小さい頃は名前書けなかったぐらい、長――い名前。
長いので、みんなはプレアと呼んでくれる。
思いっきり短い名前になった。
銀色の髪で、茶色の瞳。
私は代々神官の家系の生まれで、それを継いできたのだけれども、私は神官にはなりなくないの。
ましてや、大神官なんて。
だから、こうして教学を抜け出し街へ探索に行く。
「モイラ、何をしているの? 急がないとクロス様に見つかっちゃうでしょ?」
「は、はい。プレア様。ですが、もう少しゆっくりと……」
私の後に息を切らせながらついて来てくれる子は、モイラ。
聖導会従者女神官の見習いで、私と一緒に暮らしている子。
ちゃんとした名前は、モイラ・フルロス。
私達は彼女を、モイラと呼んでいる。
「モイラ。今日は、王都の外れの街に行くんだから、急いでね」
「ええ? プレア様、あそこは行かない方が良いって、クロス様からも御注意を受けたじゃ……」
「いいから、急いで!」
私は、息を切らせながら注意してくるモイラの言葉を遮るようにし、彼女を急がせた。
王都に神官見習いとして入った時、遠目から見た街。
気になって、気になって仕方が無かった。
外観から、とても綺麗とは言えず、古くておんぼろの建物が集まっていた。
まるで、都会のジャングル。
私は、おんぼろ街と命名した。
ほえぇーと見ていたら窓をピシャリと閉められて、「見てはいけませんよ」と軽く注意された。
私は、それにムッと来たのです。
でも、その時は、小さかったから抜け出すことまで考えが回らなかった。
それに、私が大神官の修行に行くこととなった「転移の力」も、まだ短い所しか行けない。
小さかった頃は、目の周りのお庭や屋敷ぐらいしか、頭に浮かばなかったからしょうがない。
この力は、大神官と言う偉――い人達が使う「力」なんだそう。
自分としては、抜け穴を見つけて、スルリとそこに入り込んで壁の外に出ている感覚なんだけど。
そんなに凄い事なんだろうか?
私とモイラは、その小さいころに見かけたおんぼろ街へ探索に向かっている。
神官見習いの恰好だと目立つから、上から古めのマントを着て周りから浮かないようにしてあの街に向かう。
手には、神官用の杖。
もちろん、見習い用だから、本格的なやつじゃない。
だけど、結構気に入っている杖なの。
私は、無くても出来る気がするんだけど、持ってるとカッコよいし。
気持ちも集中できるし。
街並みをどんどんと進んで行く。
時々警備している兵隊さん達を、物陰に隠れてやり過ごすのも忘れない。
だけど、あのおんぼろ街に近づいて行くと、周りが少し寂しくなっていく。
林を抜けるのだけれども、そこも少し寂しい。
動物とかの死骸も放置されたまま。
少し、大きいのもあるけど、あれは何だろう?
きっと大きい動物が死んだまま、放置されているに違いない。
不衛生よね。
「プレア様、何だか怖いです。あれ、何でしょうか?」
モイラは、怖がっている。
「モイラ、きっと大きな動物の死骸よ。あなただって、飼っていた動物を庭に埋葬したことあるでしょ? このあたりの人達は、ちゃんとしないだけよ」
「そ、そうですか?」
「そうよ」
そして、寂れて小汚い林を抜けて、私達は念願のおんぼろ街の前に到着した。
「こ、ここが、あの時見た街……」
何度も、周りの大人達に聞いたけど、ちゃんと答えてくれる人はいなかった。
「やっと確かめられる。 ここが、どんな所かを」
私は、杖を強く握りしめ、少し身構えた。
「プレア様ぁ。引き返しましょうよぉ」
モイラが小さな声で言う。
そして、私の袖をグイと軽く引っ張る。
「ここまで来たんだから引き返せないでしょ? 何を言っているの?」
私は、杖を軽く上に持ち上げ、ゆっくりとおんぼろ街に入って行く。
すると、左右に骨と皮とまではいかないけれども、やせ細ってひもじそうな人達が、虚ろな目で私達を見てくる。
(何で、この人達は、こんなにも痩せているの? ちゃんと食べられていないの?)
その人達を目の前にして口に出して言うわけにもいかないので、心に思いとどめた。
無鉄砲な私でも、言っちゃいけないことぐらいわかっているわ。
そして、モイラが怖がっていので、あまり喧嘩を売らないように気を付けることにした。
王都の中と違い、そこはとても汚かった。
ゴミは片付いておらず、壊れた家とかもそのまま使っていた。
近くの林が寂しかったのは、ここの人達が切り出して家の補修に使ったせいだろう。
この人達にも用心しないといけないわね。
小さい時に見かけた時は、まるでジャングルの様に思っていた。
けれど、近くで見ると、それと違う事が分かった。
(こ、こんな街が、存在してたなんて。そして、この人達)
道の端っこを歩こうとしても、路地にはしゃがみこんだ人を見かけてしまうので、ビクッとなってしまう。
流石の私も、お化けは怖いの。
段々と道の中央当たりを歩くことになってしまった。
すると、今度は左右から、この街の人達から見られることになってしまった。
「モイラ。そろそろ、引き返しましょうか?」
そう声を掛けた引き返そうとした時、怖そうな顔の人達に囲まれてしまった。
その人達は、見下ろす様に虚ろな目で、私達をがん見して来た。
手には刃物。
刃物を横にし、もう片方の手にペシペシと軽く叩きながら、こちらに近づいて来る。
「あ、あの? 何の御用でしょうか? もう、帰る所なんですけど」
私は、杖を少し前に出し、警戒しながら尋ねた。
「へ。へへへ」
その男は、ニヤニヤの笑った。
「何が、可笑しいの?」
「へへへ」
また、笑った。
さすがに心臓がドキドキとしている。
モイラは、私のマントをギュッと掴み、涙目を浮かべている。
(しまった。やっちゃったかな? この人達は悪い人達?)
少し、後悔した。
だけど、何の算段も無しに、ここへ来てはいない。
私は、ゆっくりと呼吸を整えて、杖を強く握りしめた。
そして、街の外をイメージした。
いや、林の方が良いかな?
焦っていたのもあり、イメージに迷い時間がかかる。
その間にも、その人達は、どんどん近づいて来た。
そして、……。
その人達は、一斉に飛び掛かってこようとした。
(ま、間に合わない。しまった!)
すると……。
「ギャッ!」
後ろで、人の喚き声がした。
「あ、お前!」
私達を取り囲んだ暴漢達は動きを止め、私とモイラの後ろを見ていた。
振り向く、私とモイラ。
そこには、黒い鎧を着た騎士さんが立っていた。
髪は赤く、瞳も赤い。
赤と黒と白い肌のコントラストが、強く私の心の中に突き刺さった。
(うわぁ。赤い瞳。赤い髪。まるで、ドラゴンみたい)
先ほどまでの不安は、黒い騎士さんの姿を見た時、一瞬で消し飛んでしまった。
ドラゴンなんて空想の生物。
私の中では、勝手にそんな風に想像していた。
でも、きっと、そんな風な姿をしていると思うの。
怖いけど、とても強く。そして、人に懐かない。
この目と髪を嫌う人も多いだろうなと、その一瞬に感じた。
先ほどの悲鳴は、その黒い騎士さんが、暴漢を叩きのめした時の悲鳴だった。
「やめろ! 命令だ!」
その黒い騎士さんは、静かに言った。
「チッ! 毎回、毎回。……。お前、うるせ――!」
真正面にいたリーダーらしき暴漢が、黒い騎士さんの静止を聞かず私の所に飛び掛かって来た。
私は杖で防ぐために、後ろに一歩下がろうとした。
だけど、モイラがしがみついていて、ちょっとしか動けなかった。
「キャッ!」
身を固くし、目を閉じてしまう。
思わず声が出た。
その時黒い影が、私の横をスッと通り抜けた。
先ほどまで後ろにいた黒い騎士さんは、私達の横をすり抜けて前に出たのだ。
「あっ!」
次の瞬間、騎士さんの中止を聞かずに切りつけようとした暴漢を、その黒い騎士さんは一刀両断にしようとしていた。




