15 いざ行かん
「本日より、クロス様に代わり、私が授業を受け持ちます。皆さん、よろしくね」
朝、最初の授業の時に、教壇に立たれた神官の先生が仰られた。
クロス様が、大神官代理補佐から格上げになり、大神官代理代行となられた。
今まで、アクス様が行われた祭事を行うようになったため、私達の先生として教えて頂ける時間が無くなってしまったのだ。
クロス様は、私にも厳しく、しっかり指導して下さっていた。
代理の先生も悪い先生ではないけれども、大神官候補に近い私には、少し遠慮がち。
多少の事は許されてしまいそうで、少し困る。
お陰で、しばらくは授業をちゃんと受けてしまう事になってしまった。
だって、新任の先生を困らせるのは可哀そうだし。
「あの、先生。クロス様は、ずっとお忙しいのでしょうか?」
代理の先生に、クロス様の話を聞いてみた。
「あ、プレアさん。そうですね。もう、校長室に寄られることが、殆どありませんね」
「そうですか?」
「どうしましたか?」
「いえ。大変な状況で代理代行のなられたので心配でして」
「そう。優しいのですね、プレアさんは。でも、大丈夫よ、簡単にへこたれるクロス様じゃないことは、あなたが一番知っていることでしょ?」
「はい。そうですが」
「……。う――ん」
代理の先生は、何か考えている風だった。
「う――ん」
代理の先生は、腕を組んで悩まれていた。
「?」
何を悩まれているかわからないので、私は困惑した。
「うん。クロス様には、あなたには話すなと言われていましたが」
そして、代理の先生は、クロス様の現在の状況をお話して下さった。
クロス様は、王家とアクス様、聖導会の板挟みに合い、大変苦しい立場に立たれているらしい。
もちろん、それは私達でも想像できることだが、規律に厳しいクロス様には、王家の無茶な要求や意見は大変だろうなと思った。
「先生、ありがとうございました」
「いいえ。プレアさんの心配そうな顔を見たら、話しておくべきと思ったまでです。私達もクロス様をお支えしているので、あまり心配しないようにね?」
「はい、先生」
そう言って、私は教室を後にした。
「プレア様。何を話されていたのですか?」
教室の外で待っていてくれたモイラが心配している。
「うん。ありがとう。ちょっとクロス様の事を聞いていたの」
「やはり、大変なのでしょうか?」
「そうね。そうみたいね」
「私、クロス様には、早く先生として戻って来ていただきたいです」
「そう。クロス様が聞いたら、泣いて喜ぶわ」
私は、厳しいクロス様でも、ちゃんと心配するモイラは偉い子と思った。
「ええ。だって、最近のプレア様。クロス様の厳しい目を掻い潜って授業を抜け出すことが出来なくなってから、お元気がなくなっておりまますので」
「?」
私は耳を疑った。
「今、何て言ったのモイラ?」
先ほど、モイラの事を『ちゃんと心配できる偉い子』と褒めたのは、撤回する事にした。
「ちょっとモイラ? 酷くない?」
しかし、モイラは次の言葉を畳みかけて来た。
「このままで良いのですか? プレア様?」
「ん?」
何を言っているのモイラ?
「良いのかって、何を? クロス様の様子を見に行こうと言っているの?」
「何故、そんな事をするのですか? プレア様は、クロス様に自首するおつもりですか?」
「そ、そんなことはしないけれど。じゃ、何処へ?」
「アクス様の所です」
びっくりした。
今まで、私が引きずり回していた側だったのに、モイラはアクス様の所に行こうと言い出したのだ。
「聖導会の皆様も、お会いできないと聞いておりますよね。でも、プレア様のお力なら、直ぐにでも会いに行けるではありませんか?」
「そうだけど」
「今、動かなくて。いつ動くのですか?」
「うう……」
この私がモイラに詰め寄られている。
「う――ん。う――ん。う――ん」
私も、色々考えてみた。
「わかったわ。行きましょう。では、今度の休みに……」
「何を、暢気な事を! 出かけるなら、今で御座いましょう?」
「あ、はい」
「プレア様。実は、準備は整えてあります。部屋に戻り次第、出かける事ができます」
「は、早いわね、モイラ」
「ええ。見習いですが、私も従者神官なので!」
と、胸に手を当て、自慢げに胸をはるモイラ。
私とモイラは部屋に戻り、転移の準備を整えた。
場所は、アクス様の御自宅。
小さい頃の入校する前に、一度だけお伺いしたことがある。
その後、改装されたとは聞いていないので、場所のイメージは大丈夫なはず。
「じゃ、行くわよ、モイラ!」
「はい! プレア様。準備は万端です!」
フライパンやら、小さめの棍棒とかを準備していた。
モイラ、何に使うつもりなの?
そして、私とモイラは、謹慎されているアクス様にお会いする為へ向かう。
屋敷の周りには、国の近衛兵が詰めているはず。
屋敷の前への転移は出来ない。
おぼろげな記憶を頼りに、アクス様の御屋敷で入った事のある部屋のイメージをし、転移を開始した。