11 受け入れがたい提案
「また来たのか? お前さんは?」
おんぼろ街の近くに転移し、黒い騎士様に会う為一人てくてくと入って行った私に声を掛けて来る者がいた。
「あ!」
私は、身構えた。
この人、最初に訪れた時の暴漢の頭だ。
けれど、今日は男の様子が違う。
「そんなに怖いのなら、二度と来るなよ。気分悪いな」
あら、生意気。
「私達を襲おうとしたあなたに、そんな言われ方する必要はないわ」
私は言い返した。
男はクスッと笑いながら答える。
「あのお方の関係者なら、手は出さねぇよ。あのお方からも来るなと言われているのに、良く来られるな」
私も、全然縁がなければ、二度と来ない。
「いいえ。騎士様は私達へも影響のある方だったので、そうも言ってられないのですわ」
「へぇ。まだ見習いのあんたにも?」
(ムッ? 今、見習いと言ったわね?)
少し不機嫌になった。
「うるさいわね。黒い騎士様は、どこにいらっしゃるの? 前回も、私が来ると直ぐ見つけて声を掛けて下さるくせに、今回は遅いのね」
「あの方も暇じゃねぇんだよ」
「私が暇だから来てるみたいに言わないで。お休みを返上して来ているのよ。今回は一人できたのよ」
「だから、それが何の……。もう、どうでも良いわ。そこで待ってろ」
どうやら、呼んで来てくれるみたい。
やっぱり居るじゃない。
「何だ? また来たのか?」
呆れた顔をしてやって来た黒い騎士様。
「騎士様。今日は、ご提案があってまいりました」
私は、姿を見ると、直ぐに話し始めた。
「聞く必要はない。何で、神官にもなっていないお前の提案を聞かねばならん? 帰れ!」
帰れと言われても、引き下がるわけにはいかない。
「あ、あの。母上様が大変な目に会っているとお聞きしました」
すると、黒い騎士様の表情が険しくなった。
しまった、地雷だったか?
「お前! どこで、その話を聞いた?」
ここで、アクス様と答えるわけにはいかない。
もしかしたら、敵対している間柄だったら困るから。
「とある方からです。見習いでも、神官ですから」
誤魔化すには、ちょっと説得力がないかな?
「あ、あの。私なら、母上様と騎士様を安全な所にお連れすることが可能です。争いごとから離れたいのでしたら、私に協力させて頂けませんか?」
「なに?」
騎士様の声が、怖い声になった。
「おい、お嬢ちゃん。いい加減にしろ!」
前に私を襲いそうになった暴漢の男が、注意してきた。
あら。あなた、近くにいたのね?
「騎士様が母上様をお慕いする気持ちは良くわかります。ならば母上様を助け出して、他所の国に行ってでも安全を確保すべきです。母上様の救出なら、私もお手伝いいたしますから」
すると、黒い騎士様は、剣を抜きながらゆっくりと近づいて来た。
「お前、あいつらの回し者か?」
「あ、あの……? あいつらって、誰の事ですか?」
私は、後ずさりして距離を取ろうとした。
騎士様は険しい表情のまま、剣を振り上げていた。
(駄目だわ。もう、切られる!)
私は怖くなって、目をつむった。
「旦那ぁ。ここは、私に免じて、今回だけは見逃してやってください」
先ほどの男が、私と騎士様の間に立っていた。
騎士様の剣から、私を守ろうとしてくれているようだ。
「……」
騎士様は、剣を振り上げたまま、何も語らない。
騎士様は、黙って剣を納めると、そのままどこかに行ってしまった。
(最初に来た時には、乱暴しようとしてきたのに、何で?)
私は不思議に思った。
「おい。頼むから。もう、あの方に関わるな。今、微妙な所なんだよ」
「?」
私は、何故この人が、こんなことを言うのかわからなかった。
「まだ見習いの神官で小さいのに、良く動けるよな、お嬢さんは。しかも、一度俺らに襲われかけたって言うのに」
そうね。
そして今は、何かあったら黒い騎士様は助けて下さらないという絶体絶命のピンチな状態。
「そ、そうですね」
「騎士に向かって、『逃げろ!』は、言っちゃいけねぇだろ? 言って逃げる奴なんて、騎士じゃねえだろうに」
「……」
そう言われると、何も言えない。
確かにそうだわね。
「はい。軽率でした」
「あの方は、この街の恩人だ。この街の人間が、何とか食えているのは、あの方のお蔭でもある」
へぇ。そうなんだ。
「見習いさんは、その方の助けになろうとしてくれたんだろ?」
「まあ、怒らせてしまいましたが」
学校に居る時の様に振舞ってしまった事を、少し後悔した。
「あの、赤い髪と赤い瞳の女性の事を知りませんか? 多分、この街出身の方のはずなのですが」
私は、黒い騎士様の母上様の事について知ろうと思い、尋ねた。
「へぇ。知っていて来てたのかよ。お前、王族側の人間じゃねぇだろうな?」
「はい。違いますよ。 授業を抜け出すような女の子を、王家の方々が味方にしないでしょう?」
すると、男は笑った。
「確かにな」
うむむ。
何か、悔しい。
簡単に納得されてしまった。
「その子は、うちらの街の憧れの女の子だった。人気者だったな。まぁ、昔の話だ。その子が、王様に見初められて、第六王妃になった。俺達に取っては自慢だったよ。だけど……」
「だけど?」
「他の王子様の兄弟からは、酷い仕打ちを受けたらしいな。逃げ出すにも、身寄りもないから諦めていたそうだ。それに、逃げたたら街に迷惑が掛かると思っていたらしい」
「そう、ですか?」
「ああ。そうしてでも我慢して王妃として生活しているうちに、子宝を授かったんだが。それが、あの騎士様だ」
アクス様から聞いた通りだ。
やっぱり、黒い騎士様は王子様。
「逃げられない理由は、他にもあるだろうけど。俺が知っていて今思い出せるのは、これくらいだ」
そう言いながら、私を街の外へ向かうように案内してくれた。
街の外に向かう途中、前と同じ様に住人の人が私を見て来た。
しかし、今回は、恨めしい目で見られてはいなかった。
そんな気がしただけなのだけれども。
「さあ、もう帰りな。そんな話だから、マジで命に係わる。お前さんだけの問題じゃなくなる。わかったな?」
男は、頭をポリポリと書きながら言った。
「……」
私は、返事が出来なかった。
その元気もなかった。
「そんなしょんぼりした顔するな。まあ、あのお方に変わって礼を言っておく。それと、最初の時のアレは、悪かったな。忘れてくれとは言わんが、俺達は品行方正な人間じゃないんでな。王都に住むお上品なお嬢様が来たから、鬱憤を晴らそうとしただけだ」
「はい。そうですか」
それは、それで酷い話だ。
けれども、私は言い返す元気もなかった。
私は、トボトボを街を離れて行く。
私は、一体何をしに来たんだろう?
改めて、自分の幼さに、気づかされた。