9 大神官に求められるもの
このままでは、あの黒い騎士様と、その母上様も危ない。
黒い騎士様しだいでは、国に混乱が起きる。
黒い騎士様が耐えておられるのは、病の母上様を思っての事だけだろうから。
アクス様も、それらの事情を知りえる立場にあり、そして解決しようと尽力されていたのだろうか?
しかし、あの黒い騎士様が、私に言っていた言葉を思い出した。
拝み屋と言ったり、ただの占い師と言っていた事を。
この国を長い間支えて来たのに、平和が続き、争う国も無く、危機意識も薄くなってしまっていた。
黒い騎士様も、王族の人間。
その方が、あのような言い方をするのだ。
「しかし、私のそのような行為は、王族の方々に敵対行為ではないかと疎まれていることになってしまったの」
「な、何で? 何で、そんな事言われなくちゃいけないのですか?」
私は、腹が立った。
「そうね」
「そんなこと言われてしまうのなら。残念ですが黒い騎士様の事を放っておくのが良いと思います」
例え、国が有れようが関係ない。
親兄弟で、醜い争いをしようが関係ない。
こんな言われ様をするのなら。
私は、そう思った。
しかし、……。
「クロスにも、同じような事を言われたわ。そして、王位継承の争いに関わるべきではないと」
アクス様は言われた。
(やっぱり、クロス様も、私と同じ意見だ。)
私は、「じゃ、聖導会は、関わらないようにとお伝えすれば」と言おうとした。
「プレア。それは駄目なのよ」
穏やかな目で、アクス様は言われた。
「でも、……」
「プレア。この国と聖導会。どちらが欠けても駄目なのよ。そして、神官たる立場の私達が、それを放置して置いて良いはずがありません。解決することが出来ないとしても」
「ですが」
「だだの王位継承だったら、もっと緩やかな形で、注意を即していったでしょう。ですが、この争いは、それだけでは収まらないのです」
「……」
いったい何が、収まらないというのだろうか?
「で、では……。大神官とは、何なのでしょうか? この国の王族の継承争いに振り回されたり、国や貴族へ行くべき方針の神託を伝えるだけなのでしょうか? それでは……」
私は、改めて『大神官とは』と尋ねてしまった。
教学でも、少しは学んでいる。
でも、……。
「本来の大神官ならば、その方が『これを認めない』とすると、そのようになってしまうのです。それだけの『力』と『権威』を持ち合わせているのです。概念とかではなく、現実がそのように出来るのです。だからこそ、数百年に一人と、『大神官』という御役に付く方が、いらっしゃらないのです」
それは、知らなかった。
大事なお役目で、そう簡単に成れないお役目ぐらいにしか、学んでいなかった。
だけど、アクス様の言われたことは、それとは違った。
「アクス様?」
「プレア。これは、大神官になった者だけが知る真実なのです。代行や他の下位の役目の者には明かされることの無い事なのです。普通の人間なら、そのような権限と力を得たら、大変なことになるでしょう。その覚悟と心構え、資格と言う事も出来るでしょう。そのような者でなければ、成れない役なのです」
この方は、何を仰っているの?
まだ、見習いでしかない、この私に。
それは、話して良い事なの?
それに、普通の人なら、そんな事出来るわけがないと一笑にする話でしょう。
「アクス様にも、それが出来ると?」
しかし、アクス様は答えて下さる事は無かった。
「私には、なぜ話されたのでしょうか?」
再び尋ねても、アクス様は答えて下さらなかった。
「プレア。もう帰って休みなさい」
そう言われると、アクス様は、執務室の奥の部屋に入って行かれた。
私は、アクス様の後ろ姿を目で追い、アクス様が奥の部屋に入って行かれるのを見届けていた。
そして、少し間をおいた。
「失礼します」
一人残された執務室で挨拶を述べると、私も部屋を退出した。