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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪異はサブカルチャーが好き

作者: 丈藤みのる

なんちゃってホラーです。

 某高校、夏の昼休みの図書室より──。

 受付に独り座る二年生男子の、スマートフォン画面をスワイプする手がようやく止まった。


「よし、終わり」


 最新話の投稿を終えて「ふぅ……」と肺の空気を入れ替える。

 スマートフォンをズボンポケットにしまい、返却本入れを開ける。本日の返却数は少ない方だった。

 さっさと終わらせてゆっくり過ごそう。

 数冊の本を抱えて指定の棚に戻していく。図書委員を一年以上務めているだけあって足取りと戻す手に迷いはなく、あっという間に片付けを終える。

 これで良し──、と受付に戻り、顔を上げた時だった。


「おおっ」


 いつの間に来ていたのやら、輪郭のぼやけた黒い人型の()()(こうべ)を垂れてこちらを見下ろしていた。イメージとしてはすごろくのコマを2m超まで巨大化させた感じ。

 怪異が受付に現れるのは決まって二択。一つは本の借り出し要求なのだが、本は持っていない。となれば要件はもう片方だと確定する。


「あぁ、はい。さっき投稿しましたんで、どうぞ」


 言うや否や、怪異は自身の胸部にズブリ──と手を沈めると、取り出したスマートフォンを器用に操作し、先ほど投稿したばかりの最新話を読みながら読書席へ座った。


 怪異が現れたのは、今年2月の渋谷だった。

 ニュースによると、スクランブル交差点に現れたという。ニュースに使われた動画では、幽霊のように突如現れた怪異に周囲は騒然とし、傍にいた学生は腰を抜かしていた。

 その学生に、怪異が頭を向けた時は、誰もが見たくない展開を覚悟した。


 ──のだが、怪異が視線を向けたのは、学生が持っていたコンビニ袋からはみ出た週間漫画雑誌。怪異はそれを読み始め、明らかに夢中になって……遂に最後まで読み終えると、最終ページの目次を学生に見せつけていた。

 当時を件の学生は顔出しNGで語る。


「明らかに続きを求めてたんですよ。けどあるわけないから無理って言ったんですが、どうも()の概念が分かんないっぽくてそこから説明しなきゃでした」


 そして、学生の懸命な説明によって怪異は納得した様子を見せると、おもむろに宙に浮き、大量の分身を作って日本中に散らばったのだった。


「そのうちの一人が家についてくるようになって。まさか続き読むために居座られるなんて思ってもいませんでしたよ」


 ということで──、「未知の力を持っている以上イタズラに刺激するな」と政府の発表に伴い、政府による厳戒態勢のもと、怪異はサブカルチャーを求めて全国各地に定住したのだった。


 そのうちの一人(?)が僕のもとを訪ねてきたのは、進級間もない4月の初めだった。

 なんでも、ちょうどその頃に投稿した短編に初の満点評価と感想をくれたのが、今受付を挟んで最新話を読んでいる怪異で──、


 早く新作を読ませろと──、出会い頭に僕の脳を弄ったのだ。


 結果、思考はこれでもかと聡明になった。悪辣極まりなかった言葉の出力が上がり、一週間で1000文字書ければ上出来だったところが今では一日で3000~3500字と正に夢のような話だ。

 だが、当然代償はあるわけで──、その日から怪異に図書室目当てで学校へ着いてこられるようになった僕は二年生に進級早々孤立。元々友人は少ない身なのでそこは痛手ではないが他の弊害だって絶えないし、新入生たちも怪異を恐れて「図書委員は嫌だ」と委員会決めが難航したと聞く。誠に申し訳ない。


 ピロンッ──。

 物思いにふけっていたところに着信音がなる。

 再びスマートフォンを取り出すと、メールアプリに怪異からメッセージが届いていた。


『7/10』


 今話の評価はまずまず。前話よりも一点増えた。

 間を置かずに、今度は投稿サイトに批評が送られてくる。例に漏れず、彼(?)が綴る文章は決まって箇条書きだった。


『良点』

『新敵キャラ好き。悪役ムーブがしっかりしてる』

『説明の口説さが和らいだ』

『頼りがちだった〇〇表現減少』


 続けて、残念だった点を読んでみる。


『惜しい』

『✕✕は平仮名が無難やで』

『△△部分は説明足して良いかも』

『「□□(中略)◇◇」端折っても多分大丈夫』


 なんて的確なアドバイスだこと。


「お疲れさまでーす」


 具体的、しかし傷つかない言葉選びによる批評に感激していると、換気で開け放たれている図書室入口から入ってきた女子の声が鼓膜を揺らした。

 彼女の名前は雅楓(みやび・かえで)。今年の春に図書委員となり、同中出身もあって親しくなった新入生だ。


「はーい、お疲れさまでっす」

「あれ? 先輩エアコン入れてないじゃないっすか。七月なんですから入れないと茹でダコなりますよ」

「あらホント。どうも慣れないな冷房概念」

「ご自宅のエアコン使ってないんでしたっけ? 電気代ケチりにケチって」

「且つ実家がエアコン取り付けれない古い構造だったからね。それもあって独りだとしょっちゅう存在忘れる」

「ちゃんと記憶野に定着させてくださいよ。嫌っすよ、先輩が茹でダコって搬送されたなんて聞くの」

「せめて茹で伊勢エビでありたい」

「やかましいっすよ」


 冗談にツッコみつつ隣に腰掛ける彼女は、怪異に(つる)まれるようになってから距離を置かれがちな僕とも臆せず会話してくれる。おかげで怪異が図書室に入り浸ってからは閑古鳥となってしまった罪悪感が和らいでありがたい限りだ。

 と言いつつも、図書室利用者が滞在しなくなった分、外でゆっくり読もうとする人が後を絶たないのは必然で──。


「あれ? 先輩また返却本片付けてくれたんすか? わざわざすみません」

「いいのいいのよ。こっちが勝手にやってることだし、人が居ない分集中できるから」

「とか言って、昼休み前に返却される本、毎日片付けてくれてるじゃないっすか。今の図書委員軒並みサボってますし、貸出数だって去年の倍だと聞いてますよ」

「それはまぁ……こちらが蒔いた種だから当然よ。ほら、こんなのが居座ってるから。『人馴れしてます』の看板あるからってクマが出る山に入るかって話さ」


 なんて嫌味を言ってみせれば、「いやぁ、それほどでも」と言いたげに怪異は後ろ頭を掻く。褒めてねぇよ。


「~~……──!!」

「ん?」


 心の中で中指を立てていると、廊下から配慮の欠ける笑い声が響いてきた。視界の端で捉えてみると、ジュース片手に真っ直ぐ図書室を目指してくる男子が三人。


「雅さん。ちょいと隠れてて」

「え? あ、はい」


 雅さんは一瞬困惑しつつも、廊下を一瞥するなり受付の下に隠れ、怪異は天井に〝沈む〟。お前には言ってねぇよ。

 と、内心毒づくのと三人が入ってくるのはほぼ同時だった。


「ん? おい、今何か居なかったか?」

「いんや? 見てねぇから知らね」

「まぁいいだろそんなこと。あ〜涼し〜」


 案の定だ。

 この学校の冷房は数に限りがあり、職員室と図書室しかない。故に涼みに来る者が後を絶たないのだ。

 それだけなら別に構わない。しかし、彼等が図書室に持ち込み禁止とされている飲料を片手に携えている以上図書委員として見過ごせない。気は進まないが。


「すんません」

「あん?」

「ここ飲食禁止なんで、外で飲み干してきてください。そしたら後は幾らでも涼んで良いんで」

「あ〜大丈夫大丈夫。こぼさねぇようにすっから」

「そう言ってやらかして内申に響いて就職落ちた卒業生がいるんですよ。弁償だってしてましたよ」


 勿論、嘘である。


 しかし2人は「またまた〜〜」とおどけるばかり。

 表情に出さないようにしつつ内心溜め息を吐く。自分に限ってミスはしない、と根拠もなく主張する人に遭遇するとは思ってもいなかった。

「つーかよ……──」と後ろに控えていた3人目が会話に割って入ってくる。


「お前、確か怪異連れてるって話題になってる奴だろ。一人で楯突いてくるとか、虎の威でも借りてるつもりか?」


 瞬間──、その言葉に呼応して他二人の目つきが変わる。とにかく尊厳を破壊せんとするその目を僕は知っている。


「なんだ折沼、こいつやるか?」

「言われてみりゃあ、怪異と登下校してるって奴じゃん。こっちが手ぇ出せねぇと思って調子乗りやがってよ!」


 当てつけ極まりない恫喝と同時に胸倉を掴まれる。あんまりな言いがかりに心がもう泣きそうだ。

 せめて悲鳴だけは出してやるもんか。そうなけなしの決意を固めたときだった。


「!」


 ふと入口を見やると、雅さんがこっそり出て行こうとしていた。青ざめた表情で必死に口を抑えている。

 三人は未だ彼女に気付いていない。今なら逃げられる。そうだ、いけ──。

 と、祈りを送った矢先にゴトリと音が鳴る。雅さんのスマートフォンがスカートのポケットから落ちてしまったのだ。ファック!!


「!? おい、人居たぞ!」

「やっべ! 抑えろ!」

「ひっ……!!」


 見つかった雅さんは小さく悲鳴をあげながら逃走を図る。

 しかし、慌てた所為だろう。立ち上がり損ねて転んでしまった。このままじゃ捕まる!


「!? (いって)え!!」


 咄嗟に掴んできている手を思いっきり引っ搔き、怯んだ隙に押し退ける。今度は雅さんを追わんとする二人の足に飛びついてやれば、二人は前のめりにズッコケた。ざまみろ。


「てめ、よっぽど死にてぇらしいなぁ!!」


 案の定怒り狂った三人のヘイトは僕に向き、目撃者そっちのけで僕をリンチにかけてきた。ご丁寧に顔だけは避けて。

 涙目で入口に目を向ければ、雅さんは四つん這いながらも廊下に出れていた。それでいい。後は職員室にでも逃げ込んでくれ。先生を呼んでくれたら尚嬉しい。


「……! ちょっと待て、あの女は──!?」


 我に返るな! ぺっ!


「うわ! こいつ折沼の靴に唾吐きやがった!?」

「このっ──!」


 今度こそ殺られる。顔面に迫りくる蹴りに僕はぎゅっと目を閉じた。

 ──のだが、爪先が顔面にめり込むことはなく、代わりに「うわっ!?」と驚き声が上がった。


 恐る恐る眼を開けてみれば眼前には、宙に持ち上げられている、今まさに顔面を蹴ろうとしてきた折沼の下半身に、何かを見上げるBとC。

 更に見上げれば──、慌てる折沼を背後から持ち上げ──改め頭から()んでいる怪異が立っていた。


 ゴギュッ──!!


 のを認識した瞬間、怪異の口内から頭蓋が噛み潰される音がすると、沼沼は一瞬痙攣を起こすとだらんと手足を垂らし、程なくして怪異に飲み込まれてしまった。

 その際に何かが床に落ちた。


「「わぁあああァァアアァア!!??!!?!!」」


 不良二人は悲鳴とともに廊下へ逃げ去った。

 と同時に、僕は意識を手放した。


 ◇ ◇ ◇


「──……ッ!!」

 が、我に返るように床で飛び起きた。

 即座に立ち上がりつつ時計を見ると、時間は殆ど経っていない。一時間は気絶していてもおかしくないのに、どうしてこうも起きられた?

 そこまで考えて初めて気づく。何処も痛くない。全身蹴られたにもかかわらず、シャツを捲ってみるが傷一つ付いていなかった。

 そして、読書席へ目を向ければ、優雅に本を読み進める怪異の姿があった。

 根拠は無いが確信する。怪異が何かしたのだ。


「お疲れさまでーす」


 と、思わず怪異に声をかけようとしたその時だった。

 聞き覚えのある声に入口を見やると、避難したはずの雅さんが何食わぬ顔で入ってきたところだった。


「すいません先輩。遅刻しちゃいまし……なんでお腹まで出してんすか」

「え、あ、その……お腹の蒸れが気になったのよ。ほら、夏だし」

「ならせめて見えないとこでやりましょうよ。嫌っすよ、先輩が腹踊りしてたって拡散されんの」

「ご最もです……。ところで、遅刻って……?」

「お昼食べるなり寝ちゃってたです」

「寝??????」


 すっとぼける彼女に思考が宇宙を描くが、直ぐに合点がいく。憶えてないなこれ。

 怪異が起こした惨劇は、どうしてか『世界から忘れられている』のだ。その場に運悪く立ち会ってしまった|者《この場合だと雅さんと逃げた不良二人》はというと、寝落ちた(てい)で前後の記憶を抹消されているらしい。僕は眠らされたわけじゃないので何とも言えないが。


「先輩? 上の空ですけど、どうかしました?」

「あ、うん。大丈夫大丈夫。今日も閑古鳥だなぁと中指立てたくなってただけさ」

「はぁ……。て、先輩顔色悪いっすよ? 何かありました?」

「あぁ、なんかとんでもないもの見た気がするんよ。ハッキリとは憶えてないけど」

「あー……前に言ってた『干渉者』ってやつですか?」

「まぁ、うん」


 雅さんが言う『干渉者』とは、僕のことだ。

 怪異に『気に入られて』恩恵を与えられた者は、理由は知らぬがどうも記憶改ざんの効き目が悪く、故に『折沼が喰われた』()()()()()こそ憶えていないものの、『折沼が喰われた』()()ばかりは鉄錆の如く脳裏にこびりついてしまっているのだ(悪夢の内容は憶えてないが、悪夢を見たことは覚えてる感覚だ)。どうせなら全部忘れてしまいたかった……。


「おぅい、図書委員。ちょっといいか?」


 なんてため息をついていると、突如訪ねてきたゴリマッチョ先生が大声で僕の名を呼んできた。


「今さっきぶっ倒れてる生徒を見つけてな。記憶が飛んでるみたいなんで、何があったか聞いて回ってるんだが心当たりないか?」

「あ〜、はいはい。それならちょっと廊下出ましょ。雅さん、少し出てんね」

「了解っす」


 後輩に背中を見送られながら、一旦図書室を後にする。


「先生。先ず一つ、確認良いですか?」

「なんだ」

「……折沼って生徒、知ってます?」

「折沼? ……そんな生徒居たか?」


 うん、知ってた。

 と、結論に至った根拠は、時期外れに暑かった今年のゴールデンウィーク初日──。

 コンビニで出遭った元同級生達からカツアゲを受け、断るなり外へ連れ出されそうになったところを、不意に現れた怪異が全員喰べてしまったのだ。

 当然僕は気絶し、熱中症と誤解されて運び込まれたスタッフルームで目覚めるなり事の顛末を伝えた。

 しかし、店員は「君以外居なかったよ?」の一点張り。現場は一切荒れてなかったどころか頼み込んで見せてもらった監視カメラにも僕しか映っておらず、まさかと思い封印を解いた卒業アルバムからも彼らの写真が消えていた始末。

 つまるところ、存在自体が無かったことにされていたのだ。

 こうなってしまっては「そうは言われても……」の堂々巡り。完全にお手上げだ。その時も眠らされたわけじゃないのでやっぱり何とも言えないが。


「すいません、忘れてください。それと、その二人がジュース持ち込んできたので怪異がブチ切れてました」

「なんだ、自業自得じゃねえか! アイツら反省文だ! 邪魔して悪かったな。委員会仕事頑張れよ!」

「はーい、ありがとうございまーす」


 労いの言葉を残して立ち去っていく先生に軽く会釈し、その背中が曲がり角に消えた頃合いを見て「はぁ……」と僕はため息を吐いた。

 また忘れたい業を背負ってしまった……──。

 泣きたくなる程に有難く、しかし代償の大きすぎる『干渉者体質』を嘆きながら図書室に戻ると、雅さんが「お疲れっす」と右手を上げた。

 そんな彼女は怪異と一緒に、受付に広げた雑誌を眺めていた。


「何読んでるんで?」

「『レオナルド』っす。怪異さんが三日前の新刊引っ張ってきたんで、見せてもらってました」

「そういやまだ読んでなかったや。今回の書籍・漫画特集、めぼしいのあった?」

「今回はイマイチでしたね。あ、でも、最新刊情報に『SOS』載ってたっす」

「お、マジか♪」


『SOSは機械音を鳴らす』──。何者かに支配された機械軍(VS)人類と唯一支配を逃れた完全人型アンドロイド『SOS』の存亡を賭けたポストアポカリプスロボットアクション。その人気は原作の小説に留まらずコミカライズを始め、アニメどころかターミ●ーター風の実写映画化が先日発表された、知名度の留まるところを知らない人気大作で、新刊を読む度に雅さんと感想を語り合う僕の推し作品だ。


「それは早速チェックしないと。『SOS』の公式アカ開いてみるわ」

「そう言うと思って、今開きましたっすよ」

「有能~♪」


 と、出来る後輩を称えながら、一つの端末を覗き込んだ僕らの目に飛び込んできたのは──、


「「え……」」


 原作者『新木健二郎』の訃報知らせだった。

 何度瞬きしても『訃報』の二文字は消えない。投稿時刻も『一日前』と見間違いじゃなかった。

 恐る恐る公式文を読んでみる。


『担当編集です』

『一昨日の夜、『SOS』を執筆している新木健二郎先生が急性心不全で亡くなられていたのが執筆部屋で発見されました』

『つい先日も最終章の構成を打ち合わせており、誰よりも『SOS』の完結を望んでいた彼を思うと無念でなりません』

『最終巻の刊行については後日改めて報告させていただきます。新木先生のご冥福をお祈りいたします』


 僕と雅さんは顔を見合わせる。


「…………マジか」


 突然が過ぎる知らせにそれしか言葉が出てこない。雅さんに至っては「うわぁ……え、えぇ……」と語彙を失ってしまっている。人とは真にショッキングな出来事に遭うと会話もままならないらしい。


「あ」

 が、ここで悲しみに暮れる暇もないことに気付いてしまう。この作品、確か怪異も──!


 思わず怪異の方を振り返る。

 怪異はバッチリ、スマートフォンを覗き込んでいた。

 そして、全身トゲ塗れと化した。


「あっ!?」

 その怪異が突然窓辺へ駆けだしたと思えば、ガラスを破って外へ飛び出す。此処三階!!

 でも怪異だし無事か、なんて考えていられない。慌てて窓辺に駆け寄り──、


 外を覗き込んだ瞬間──、墨汁が撒き散らされたように世界が黒く染まった。


 ◇ ◇ ◇


「あ……?」


 と思えば、一瞬で景色は戻り、なんなら窓も修復されていた。


 ……これが記憶改ざんか。


 不思議と冷静に今起こったことを理解する。意識が飛んだ今の一瞬、()()()()()()()憶えていないが、()()()()()()()ことだけは明確に覚えている。

 いや、そんなことはどうでもいい。先ずは現状把握だ。

 手始めに図書室を見渡すも、怪異は戻ってきていなかった。何処に行ったのか気になるが、見当もつかないことは一旦置いといて、受付に突っ伏している雅さんの元へ駆け寄る。


「おーい、雅さ〜ん……」


 肩を揺らしてみれば、程なくして彼女は顔を上げ、欠伸を一つかいた。


「あれ……私、寝ちゃってたっすか? すいません先輩、後から来といて図々しい真似しちゃって」

()いのよ()いのよ。それより、今何があったか憶えてたりする?」

「んえ? …………放送スピーカーからニラ生える夢見たくらいっすかね……?」

「何それあとで詳しく」

「了解でっす」


 愉快な約束を取りつけ、怪異が開いたままの雑誌を閉じ、元あった場所まで戻しに行く。

 とりあえず、雅さんは今起こった出来事を憶えていない。さっきまで読んでいた『レオナルド』に一切触れなかったのを含めると、前後の記憶も失ってそうだ。


 ……あぁ、そうだ。

『レオナルド』から連想して思い出してしまう。新木健二郎先生が亡くなったんだった。

 正直未だ実感が湧かない。最後まで読めないのは勿論のこと、過去の投稿作でどん詰まって無理やり完結させた経験を思えば、満足に書き切れなかった新木先生の無念は計り知れない。


 何様かもしれないが、追悼コメントを送らせてもらおう。自身のスマートフォンを取り出し、先程の公式アカウントを開く。


「……あれ?」


 しかし、訃報文が見つからない。『一日前』の投稿だった筈なのに、いくら画面をスワイプしても一向に見つけられないのだ。代わりに──、


『吹き替え声優さんのラジオを見学してきました。楽しかったです』


 と、新木先生特有の端的感想と一緒に、実写映画の主役を担う顔出し声優との記念写真が投稿されていた。顔出ししている作家なので本人に間違いなかった。

 その投稿日は──『1時間前』。


「あ、どもっす」


 理解が追いつかないまま雅さんの声に振り返ると──、図書室に入ってきた怪異の姿があった。


「………………まさか……」


 怪異は素知らぬ素振りで『レオナルド』が置いてある本棚を目指す。

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