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第05話 親友

「よう、二人共、無事で何より」


 ウォーケンは背中に軽い衝撃を受けて振り返った。

 ウォーケンとロードバックの肩を背後から抱きかかえたのは、グローク人の男だった。

 フレデリック・ダフマン。

 丸メガネがご愛敬の勉強の虫。幼年期から共に育った親友で、成績は常にウォーケンの次席だった。

 彼はテストの度に嘆息をついて、「ウォーケン、一度でいいからテストのとき休んでくれないか」と真顔で懇願したものだ。

 父親が数か所に及ぶ鉱山の採掘権を所有しており、解放奴隷として幼い頃より恵まれた環境で育成された。

 現在は有能な営業部長として、父の経営する鉱山で働いている。

 ウォーケンのグローク人に対する見識は、彼を通じて育まれたものといっても過言ではない。

 執事のセバスチャン同様、ウォーケンに与えた影響は大きかった。彼らのお陰で自分は偏見や差別と無縁でいられる。それを国是とする連邦側の軍人として戦うことを、ウォーケンは改めて誇りに思った。


「遅れてすまない。プロバンスの定期便が遅れたものだから。でも間に合ってよかったよ。こうして昔の悪友たちの顔を見るのは楽しいものだ」


 ダフマンが手を差し伸べると、ウォーケンはしっかりとその手を握り返した。

 まるで互いの生きている証を確認するように……。

 ウォーケンが尋ねた。


「お互い忙しい身だからな。帰郷は何年振りだ?」

「二年振りかな。本社をキルークからアウロスへ移したから。父親はもうそろそろキルークも戦禍に巻き込まれると読んでいる。我が社はまた一つ、大切な鉱山を失うわけだ」


 キルークがダフマン社の中核をなす鉱山であることは、大抵の者が知っている。そこが敵の手に落ちれば、ダフマン社は計り知れない損失を被ることになる。それは取りも直さず敵の工業力の増大をも意味する。

 連邦軍人であるウォーケンもロードバックも、そういう事態を招いた責任の一端を担っているのだ。

 不利な戦局に立たされた軍人ほど肩身の狭い者はいない。

 黙り込んだ二人の様子を見て、ダフマンもそうと気付いたのだろう。

 慌てて弁明するように、


「別に君たちを責めているわけじゃないさ。戦場に出向かない僕に文句を言う資格はないよ」

「戦場に出向いてさえいれば何でも言えるというのも大きな勘違いだが……。軍部にそんな輩が多いから戦争は際限なく続くのさ」


 ロードバックの自虐的な冗談に、ウォーケンもダフマンも笑顔を取り戻した。

 

「ともかく久し振りの再会だ。三人の無事を祝って祝杯を上げようじゃないか」


 ウォーケンが執事に命じて、新しいシャンパンとグラスを三つ用意させた。


「では三人の再会を祝して」


 カチンとグラスの触れ合う音がした。

 これが今生の別れとなるかもしれない。飲み下したシャンパンの味を、ウォーケンは生涯忘れることはないだろう。

 話は自然と幼き日々の思い出へと移行した。

 ダフマンはグラス片手に夜空を見上げながら、


「ガキの頃、僕はよく虐められたからな。グローク人のくせに金持ちなのが許せないって。君たちがいなければ、僕は今頃、人類に対して深い不信感を抱いていただろう」


 ウォーケンは小学生時代のことを思い出した。

 まだグローク人の生徒がクラスに一人いるかいないかの時代の話だ。三人連れ立って学校の廊下を歩いていると、擦れ違いざま、他のクラスの生徒が、「ヘイ、エイブ! 動物園へ帰んな」と叫んだのだ。

 それ聞き咎めたロードバックが即座に相手の胸倉を掴んで詰問した。

 

「なんだと、もう一ぺん言ってみろ!」


 相手もロードバック同様、喧嘩っ早い質なのだろう。止める間もなく、取っ組み合いの喧嘩が始まった。それを見ていた相手の仲間二人が、ロードバックを背後から羽交い絞めにしようとした。

 喧嘩の強いロードバックも相手が三人となると分が悪い。

 ウォーケンとダフマンは互いの顔を見合わせると、ニヤリと笑って、


「いくか?」

「もちろん」


 喧嘩の輪の中へ飛び込んだ。

 結局、相手が謝罪したことで喧嘩は落着、三人は留飲を下げた。

 三人にとって忘れがたい思い出だ。

 ダフマンが尋ねた。


「ロードバック、君はあの頃から軍人志望だったな」

「ああ、喧嘩っ早い俺の気性には合っていると思ってな」

「で、どうなんだ、軍人になった感想は?」

「十分楽しんでるよ。戦争ほどスリルに満ちたものはない。生きていることを実感させてくれるよ。なあ、ウォーケン。おまえもそう思うだろ?」


 ウォーケンの顔から微笑が消えた。


「気持ちが高揚するのは確かだが、戦争を楽しいと感じたことはないな」


 戦争のない世界を造りたい。

 ウォーケンは小学生時代の作文でそんなことを書いていた。

 今でも心の片隅で、そんな理想を信じているのかもしれない。

 ロードバックは妄想と思いつつも笑うことができなかった。

 

「正直、おまえに軍人の適性があるとは思わなかったよ。その若さで閣下と呼ばれる身分だ。二十七歳の将官は、海軍の歴史上、最も早い昇進って話じゃないか。それに引き換え、俺はまだ少佐だ。それに負け戦ばかりじゃ手柄の立てようがない」

「おまえは有能な軍人だ。今は人手不足だ。いずれ昇進の機会は訪れるさ」

「俺のような有能な男が少佐止まりというところに、軍部の腐敗を感じるな」


 ロードバックの言う通り。

 縁故による昇進、物資の横流し、占領地住民への不当な虐待、押収物の私物化など、ウォーケンは至る所で軍規違反を目の当たりにしてきた。続けざまの敗北に、上は将軍から下は兵卒まで、軍内の規律は弛緩しきっていた。

 プロバンスに帰投した夜も、将校相手の高級クラブで、突然、士官同士が殴り合いの喧嘩を始めるのを目撃した。

 仲裁に入って理由を問い質すと、肩がぶつかったのに相手が謝罪しないという、ただそれだけのことが原因だった。

 訊けば二人共、先のコンコルデア海戦に従軍したという。たぶん敗北した鬱憤が喧嘩という形となって表出したのだろう。軍規を正すためには、やはり勝利が必要なのだ。

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