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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第49話 銀河

 出撃を翌日に控えた夜、トムソンは兵舎の練兵場の片隅で一人夜空を仰ぎ見ていた。

 マーキュリー要塞攻略を前に彼の心は不思議なほどに穏やかだった。まるで無邪気な子供のように満天に輝く星々を心の底から称揚できる。ただ煙草の煙を燻らせていることに多少の違和感を覚えはしたが。あの頃、自分はまだ奴隷であり、煙草は手の届かぬ高級品だった。主人の吸い殻に手を出して、そんなみっともない真似はするなと親にこっぴどく叱られたものだ。躾には厳格な親だった。父親はその性格ゆえに奴隷たちの監督役を任されていたが、その奴隷たちの逃亡を許したため、身代わりに鞭打たれて死んでしまった。自分の命と引き換えに、若い奴隷たちに自由を与えたのだ。その中の一人が後に結婚して、R・グレイを儲けたことを彼は知らない。血みどろになって丸太小屋に放り込まれた父親は、泣くじゃくる息子に人生の指針となるべき一つの遺言を残した。


「俺の肉体は滅びようとも魂は滅びない。おまえや、母さんや、逃した仲間たちの心の中で永遠に生き続けるのだ。俺は少しばかり財産を残しておいた。いずれおまえが解放奴隷として自立するとき使うがいい。そして奴隷制度と闘うのだ。すべてのグローク人を人として人類に認めさせるのだ。その日が一日も早く来るよう、おまえも力を尽くすのだ。いいか、忘れるな。俺たちは人間だ。家畜じゃない、人間なんだ」


 なぜ父さんはこんな酷い仕打ちをされて笑っていられるんだ。


 八歳の少年には理解しがたい心情だった。だが今なら理解できる。たぶん父親は自分の使命を果たし終えた満足感のうちに死んでいったのだ。

 トムソンは二十二歳で主人から独立し、その後はグローク人指導者べリックの下で奴隷廃止運動に奔走したが、彼ら指導者の言動が次第に権勢欲に傾いてゆくのを感じていた。そして今、彼は死にゆく父親と同じ心境にあった。


「いよいよ明日だな」


 トムソンは振り向かなかった。声音でダフマンとわかったからだ。


「親父に手紙を書いたよ。跡取り息子を亡くしても気を落とすなって。まあ、親父は俺に大した期待をかけちゃいなかったが。子供の頃、よく言われたよ。おまえは気が小さいから会社を任せるわけにはいかないって。そんな俺が軍人でしかも中佐だ。できれば早く家へ帰って親父の驚く顔を見てみたいよ」


 ダフマンは叢に腰を下ろすと煙草に火を点した。まだ攻略目標は発表されていないが、大方の者がマーキュリー要塞であることを予測していた。難攻不落という言葉が同盟軍の誇大な喧伝でないことは、連邦軍もかつての攻略戦で身に染みて知っていた。これは”失敗する可能性”の高い作戦であり、同時に”生還する可能性”の低い作戦でもある。誰もが死を予感せずにはいられなかった。トムソンは傍らの若者に目を移した。


「退役は? 戦死したら親父さんが悲しむぞ」

「まあ、確かに喜びゃしないだろうが。ここまで来て半端な真似はできないよ。あんたや戦死したクロウ、それにウォーケンやロードバック、第五四戦隊みんなのために」


 仲間意識か。ダフマンは自身の言葉に軽い驚きを覚えた。会社の同僚には一度として抱いたことのない感情だった。強いて言えば子供の頃、ウォーケンやロードバックに抱いた感情がこれに近いような気がする。彼らと一緒に死ねるのならむしろ本望だ。


「あんたこそ退役したらどうだ? もう戦争の帰趨は決したんだ。年寄りを必要とするほど人材は不足しちゃいないさ」

「俺が死んでも悲しむ身内なんていないさ。死ぬのは年寄りだけで沢山だ」

「結婚は? 奥さんはいないのか?」

「ああ、とうの昔に離婚したよ」


 トムソンは叢に寝転がって星空を眺めた。

 結婚生活は二年と持たなかった。奴隷解放運動に忙しく家庭を顧みるゆとりがなかった。妻は自分の仕事を理解してくれてると思っていただけに、離婚話を切り出されたときには正直ショックを隠せなかった。いま彼女はどこで何をしているのだろうか?


「よう、どうした? 消灯時間はとっくに過ぎているぜ。気持ちが昂って眠れねえか?」


 二人の背後に立つ人影。スレイヤーだ。すかさずダフマンがやり返す。


「命知らずのおまえさんも、さすがに今夜は眠れないか?」

「おまえら恐怖に怯える将兵を励ましてやろうと思ってな」

「サービス精神旺盛だな。おまえ、いつから模範兵になった?」

「俺は宇宙一の操舵手だ。操艦の腕なら誰にも負けやしねえ。模範兵の素質十分さ」


 スレイヤーがペルセウスの航海長になって艦を損傷させたのは一度きり。あのパルミネア奇襲戦で受けた直撃だけだ。十数回の戦闘に参加した艦艇としては奇跡に近い被弾率といっていい。彼の操艦技術がいかに優れているかの証左でもあった。だが……、そのことを思い出す度に彼の心は痛んだ。あのたった一度の直撃が戦友であるクロウの命を奪ったのだ。艦に空いた穴は容易に塞がっても、心に空いた穴は容易に塞がらない。あのとき彼は戦友の死を知って滴る涙を押さえることができなかった。


「勝手に死んじまいやがって! まったく無責任な野郎だぜ」


 悲しみよりも怒りが先走った。他人のために泣くなんて俺らしくもねえ。

 個室に居たのが幸いだった。スレイヤーの涙を知る者はいない。


「見知った顔が欠けてゆくのは嫌なもんだ。今じゃ新兵の顔ばかり目に付きやがる。俺たちは古参の兵だとよ。まだ戦場に出て一年しか経ってねえのに」


 スレイヤーがぼやくなんて珍しい。ダフマンも釣られたように死んでいった仲間たちに思いを馳せた。累計損失四百隻。戦死した人員一万一千人。第五四戦隊結成当初から比べると約十パーセントの人材が入れ替わったことになる。


「よう、おやっさん。あんた、もしこの戦争を生き延びたらどうするつもりだ?」


 スレイヤーは笑っていた。まるで軽い冗談でも言っているかのように。


「生き延びたら、か……」


 トムソンは視線を地面に落として考え込んだ。奴隷解放運動に携わっていた頃には、確かに戦後の在り様を考えたりもした。もし同盟が勝利すれば奴隷制度は更に強固なものとなるだろう。グローク人奴隷の解放など夢物語で終わってしまう。奴隷解放を支持する者にとって、連邦の勝利は必須条件だった。だから自分はこうして連邦の勝利のために戦っている。もしべリックが今の自分を見たら何と言うだろう? 君一人の力で戦争がどうこうなるものでもない。それより運動家として我々と行動を共にしてほしい。君は運動家でいてこそグローク人の役に立つのだ。べリックは安全な場所からリベラルな解放論を解くだけで、現実的な解決を図ろうとはしない。トムソンが惑星ピッツアで大勢の会衆を前に「逃亡奴隷法という存在を憎悪し、その権限に飽くまで反対し、その条項に従うことを拒絶する」と宣言したとき、べリックは意外にも叛意を表明して大会決議を撤回するよう求めてきた。二人の間に生じた軋轢はこのとき決定的なものとなった。もはや合衆国解放グローク人協会を脱会することに迷いはなった。だがグローク人奴隷解放のために何かをやらねばならない。トムソンは解放奴隷の身分に甘んじて安逸な日々を送るつもりはなかった。そんな彼の目に飛び込んできたのが、グローク人兵士徴募の広告だった。

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