第44話 留任
第五四戦隊は久し振りに母港である惑星キールに帰港した。損失した艦艇の補充と将兵の休養が目的だった。
「懐かしいな。あれからもう十年も経ったような気がするよ」
グレイが懐旧するのも無理はなかった。何度も死線を潜り抜けたせいか、見るものすべてが新鮮に感じられる。まるで街並みが一変したかのようだ。どこといって変わった所はないのだが、それでも街並みは以前と違った優しい光に満ちていた。
「俺たちゃ命を擦り減らす思いをしてきたからな。生きて再びこの風景を拝めねえ。そう思うと何でも愛しく感じられるだろうよ。たとえ醜女でも帰還兵には美人に見える。要はそれと同じさ」
スレイヤーの言うことは尤もだ。でもそれだけではないとダフマンは思う。命懸けの末に掴んだ充実感が、一時の休息ですら貴重なものに変えてしまう。自分の一秒が他人の一時間に比肩しうるとき、人生は金では換算できぬ意義あるものへと転化する。無給でも戦うことができるだろうか? 今なら躊躇なくイエスと言うことができる。
「さて、今日は門限ギリギリまで遊びまくるか」
スレイヤーは出たばかりの給料を早くも散財する気でいるようだ。
「俺も付き合うぜ。いつ果てるとも知れねえ命だ。給料はパッと使っちまうに限るぜ」
グレイのような刹那的思考の若者に貯蓄という概念は不要だった。むろんスレイヤーも同様だった。当然だろう。身寄りのない兵士が戦死すれば、その財産はすべて国家が没収する。前線で戦う身寄りなきグローク人に貯蓄が意味なきことを、ダフマンはよく知っていた。だが生来の倹約癖が彼に無駄遣いをさせなかった。父親の厳格な顔が思い出される。困ったことではあるが、こればかりは親元を離れた今でも変わらない。
「俺は昼飯食ったら部屋へ帰るよ」
「なんだよ、おまえ、付き合いが悪いぞ」
連帯意識が言わせた言葉だ。スレイヤーは本気でそう思っているようだった。
「いや、まだまだ学ぶべきことは沢山ある」
「学ぶべきこと? 将来は将軍にでもなるつもりか? ええ、ダフマン閣下」
「ああ、そうだ。そのときおまえは俺の靴磨きだ。ありがたく拝命しろよ」
三人は笑いながら通りのレストランへ入った。店の中は同僚のグローク人士官で一杯だった。下士官以下の者は質素倹約を盾に利用を禁じられている店だ。士官となった者が自分の地位を確認するために入る店でもある。以前ならグローク人士官でも入店を禁じられていた。店側が品位を保つため彼らを排除したのだ。市民との無用な摩擦を避けるため、軍上層部もこれを認可した。
「実戦で実力を示すのだ。そうすれば街は喜んで諸君を受け入れるだろう」
ウォーケンの慰撫は無駄ではなかった。第五十四戦隊の活躍が連邦中に響き渡るや、レストランは掌を返したようにグローク人兵士を受け入れた。ここをよく利用する街の名士たちもグローク人士官と同席することを名誉と考えるようになった。ただヴォルフが人選した士官のみがレストランを利用できる配慮がなされてはいるが。グローク人が人類と対等に扱われていることを知るには打ってつけの店だった。彼らの多くが胃袋ではなく自尊心を満足させるために店へ足を運ぶのだ。ダフマンは食事のマナーを教える講師として、一時期グローク人士官の間で引っ張りだことなった。
「さてと、給料も出たばかりだし、久し振りにシャトレーゼ産のステーキでも注文するか」
メニューを眺めつつダフマンは呟いた。
意外なところで浪費癖が顔を覗かせた。士官は下士官や兵卒の手本とならねばならない。彼は父親の厳しい顔を思い浮かべて贅沢の戒めとした。
「ところでよ、こんな噂を聞いちまったんだが。なんでも、うちの司令官が昇進して転属しちまうとか」
グレイが俯き加減に囁いた。ダフマンもその噂なら耳にしていた。誰もがその可能性を論じ合い、否定できないことに苛立ちを感じていた。自分たちの司令官はウォーケン提督しかいない。これが苦楽を共にしてきたグローク人兵士の切なる願いだった。それは反抗的な態度をとっていたスレイヤーですら同様だった。
「よう、おまえ、どう思う? 幼馴染だろ? なんか情報ねえのかよ」
ダフマンが難しい顔をして応えた。
「この一年の戦果を考えれば、むしろ昇進は当然だろう。つまり噂の実現性は高いというわけだ。友人としては喜ばしいことだが、部下としては残念なことだよ」
「あの人になら命を預けてもいいと思ったのによ。なんか戦意をなくすよな」
グレイの言葉に嘘はなかった。誰もがウォーケンの手腕に心酔していた。彼以外の指揮官の下で戦う気にはなれない。その神性を打ち消すことはできなかった。
「ウォーケンは辞めないさ」
ダフマンは確信していた。そうさ、あいつは俺たちを見捨てたりはしない。
■■■
グローク人兵士が束の間の休息を楽しんでいた頃、ウォーケンは首都星アルテミスの作戦本部に出頭していた。
「八面六臂の活躍だな。いや、君のお陰でわしの首も繋がったよ」
ハドソンは満面の笑みを浮かべてウォーケンに手を差し伸べた。”トリュフォード星域海戦”における大戦果が、失敗続きで窮地にあった彼の軍人生命を救ったのだ。勝利の立役者であるウォーケンは、アルテミスに戻って初めて自分が救国の英雄に祭り上げられたことを知った。名望を望まぬ彼にとって、これは重荷でしかなかったのだが。
「来てもらったのは他でもない。君の武勲に報いるために中将に昇進させようと思ってな。まあ、遅すぎる昇進といえなくもないが、周囲の嫉妬の目というものがあるからな。これが辞令だ。受け取り給え」
「中将でありますか?」
二十代の中将は連邦海軍史に例を見ない壮挙となる。だがウォーケンは不満を隠そうとはしなかった。
「なにをためらうのかね? むろん君には新しいポストを用意するつもりだ。わしとしては第一艦隊の司令官に君を推挙するつもりだ」
第一艦隊は別名首都星直衛艦隊と呼ばれ、連邦軍宇宙艦隊の中核を成していた。実戦部隊の官職としては最高位であり、ここから宇宙艦隊総司令や作戦本部長、果ては海軍大臣や連邦大統領まで出世した者もいる。本人に文治的才能があれば栄達は約束されたようなものだった。
「わたしには荷の勝ちすぎる話です」
「君の父上が大統領選に出馬されたことは知っているだろう。もう、君が父親のスポークスマンを務める必要もないわけだ。これ以上前線に留まって、命を危険に晒すこともなかろうと思ってな」
ウォーケンも父親のことは妹の電子レターやニュース等を通じて知っていた。息子の活躍が父親の躍進に大きく寄与したことは疑いようがない。だが彼は父親のスポークスマンになった覚えはない。
「わたしは父の政治宣伝のために戦っているわけではありません」
「君は文武に秀でた稀有なタイプの人間だ。兵学校を首席で卒業した者が、前線で役に立ったためしはないからな。だが君は見事にそれをやってのけた。このまま連邦が勝利すれば、君も主役の一人になるわけだ。政治家としての素地も十分にある。連邦大統領の座すら夢ではないとしたら……」
「買い被りというものです、本部長。それよりお願いがあります」
ウォーケンは背筋を正してハドソンを睨みつけた。
「引き続き第五四戦隊の指揮をわたしに任せてほしいのです」
「ほう、人事に不満があると言うのかね? 第一艦隊の司令官に選任された者が不満を漏らすなど、今まで聞いたことがない」
「そこを曲げて、ぜひお願いします!」
「……」
ハドソンは顎に手をやって、しばし熟慮すると、
「戦隊の司令官には少将を当てることになっている。第五四戦隊は他の者に任せるつもりだ。まあ、君が心血を注いで育成した部下たちだ。別れがたい気持ちはよくわかるが」
「ならば少将のままでも構いません。彼らと共に戦いたいのです。ぜひ……」
「君は自身を過小評価しているようだ。彼らは所詮グローク人だ。君が指揮すべき艦隊は他にいくらでもある」
「閣下は初めにこう申されました。グローク人を指揮できる者は君しかいない、と……」
もう一年も前の話になる。だがハドソンも覚えていたのだろう。
「君は確かにグローク人を使える兵士に引き上げてくれたが」
「彼らは優秀な兵士です。そのことは今までの戦果が証明しております」
「君が指揮すればどんな惰弱な部隊でも強くなるということだ。猿ですら上手に調教したのだ。エリート揃いの第一艦隊なら、君の思うがままに戦うことができる」
ウォーケンの握り締めた拳が微かに震えている。過少評価しているのはグローク人の実力なのだ。自分はただ彼らの情熱に支えられて戦っているに過ぎない。
「自分には猿の調教はできても、小鹿の調教はできません」
人類のエリートほど実戦の役に立たないものはない。目の前でふんぞり返る人物こそ、そのよい証左ではあるまいか?
「小鹿とはな。君もなかなか辛辣なことを言う」
「小官は大戦の続く限り第五四戦隊の指揮を執ることを切望します」
「どうやら、君の決意は堅いようだな」
ハドソンの口元に笑みが浮かんだ。翻意を促すことを諦めたのだ。
「では取り引きだ。君には引き続き第五四戦隊を指揮してもらう。ただし中将としてだ。軍も国民も英雄を待望しておる。昇進の件は飲んでもらうぞ」
「ハッ、ありがとうございます」
「しかし勿体ないことをしたな。自ら進んでエリートコースを棒に振るとは……」
「悔いはありません。彼らと共に死ねるのなら」
この言葉に偽りはない。ウォーケンはこうして中将でありながら、第五四戦隊の司令官に留任した。




