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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第42話 反抗

「申し訳ございません。わたしの監督が行き届かないばかりに」


 頭を下げて詫びるトムソンに、ウォーケンは問い質した。


「怠業の理由はなんだ?」

「それが一週間の休暇であります」

「この大事な時期に、何をふざけたことを!」


 ウォーケンは自ら機関室の前に立った。


「いいか、よく聞け。ただちに投降せよ。今なら軍法会議は免除する」


 同行したソコロフが叫んだ。


「こら、さっさと出てこんか! 今なら俺がぶん殴るだけで許してやる! 早く出てこい!」


 だが内部からの返事はなかった。

 代わってトムソンが説得を試みた。


「おまえたちの反逆行為は明らかだ。司令官は寛大な処置を約束された。早く出てくるんだ」


 だが時間だけが虚しく潰えた。

 ウォーケンが背後に居並ぶ部下を顧みた。


「仕方ない。こうなれば強行排除だ。レーザー切断機を用意しろ」

「ーー!」


 機関室内部が俄かに色めき立った。強制排除、即ち抵抗すれば射殺まであり得る。その言葉が与えた影響は大きかった。


「おい、どうする? 今のうちに投降するか?」


 仲間の目は結論を促すように首謀者であるクロウに注がれた。彼の気持ちも既に投降に傾いていた。彼らの動きに呼応して、他艦でも怠業が起こるのを期待したのだが、どうやらその思惑は見事に外れたようだ。結局、彼らは教科書から学んだ”ハーバリークエスト襲撃事件”の二の舞を演じてしまったのだ。


「賛同者なしか。がっかりさせやがる」


 クロウは諦観の笑みを浮かべながら、徐々に切断されてゆくドアを見つめていた。給与引き下げの一件でみせたグローク人の反骨精神は、過酷な戦闘を重ねてゆくうちに、いつしか蕩尽されてしまったようだ。ドアが切断されている最中に、既に多くのグローク人兵士が銃を捨てて投降の意思を示した。最後はクロウ一人だけが銃を握ったまま突っ立っていた。


 いつも最後にゃ一人になっちまう。


 クロウの脳裏に芸人時代の思い出が蘇る。それは彼の人生の中で最も華やいだ時代であり、高収入と知名度をもたらした時期でもあった。そして長年連れ添った相方の猿パンジーとの悲しい別離の記憶でもあった。

 彼の持ち芸は今でいう猿回し。パンジーとの掛け合い芸だった。猿を人類の農園主に、そして自分をグローク人の下僕に見立てたその掛け合い芸は人類の評判を呼び、彼の名声を高めるに至った。とは言っても人類の芸人に比べてギャラは低く抑えられていたが、それでも無収入に等しい奴隷時代に比べれば破格の待遇といえた。


「おまえはどうしてそんなに下ばかり見てるんだ?」

「ご主人様の靴をいつでも磨けるようにするためです」


 ベロベロベロ~。


「バカ、舌で舐めてどうする? 靴が汚れてしまったじゃないか!」


 ボカッ!

 イテテ……。

 ハッハッハッ。


「おまえはどうして前ばかり見てるんだ?」

「ご主人様の服の塵を払うためです」


 サッサッサッ。


「バカ、そんな汚い手で払うんじゃない。服が汚れてしまったじゃないか!」


 ボカッ!

 イテテ……。

 ハッハッハッ。


「おまえはどうしてそんなに上ばかり見てるんだ?」

「ご主人様の葉巻にいつでも火を点せるようにするためです」


 ボッ、ジリジリジリ……。

 アツ~!


「バカ、わしの指を焙ってどうする!」


 ボカッ!

 イテテ……。

 ハッハッハッ。


 人類の自尊心を満足させるその自虐の極みともいえる芸風は、グローク人奴隷解放を国是とする連邦の間でも大いに評判をとった。

 惑星から惑星へ。彼の巡業の旅は三年ほど続いたろうか。彼は同盟領であるアーバンシー州の惑星オーランドまで足を延ばした。今は同盟領だが元は連邦領なので、グローク人差別は緩く、自分が受け入れられる余地があると考えたのだ。だがそれは間違いだった。


 盛況のうちに舞台を終えたクロウは、相方のパンジーと共に楽屋口から表へ出た。

 と突然、彼は後頭部に衝撃を喰らって昏倒した。頭を振りつつ目を見開いた彼の前に、三人の若いグローク人男性が立っていた。各々鉄パイプを握り締め、憤怒の形相で彼を見下していた。


「この、グローク人の面汚しがぁ! おまえはグローク人の恥じ晒しだ!」

「人類に尻尾を振る飼い犬がぁ! てめえはそれでもグローク人か!」

「つけあがってんじゃねえぞ! てめえのような奴がいるから、グローク人は奴隷のままなんだ!」 

「……」


 抗弁する間もなかった。彼は地面に倒れ伏したまま鉄パイプで殴打され続けた。暴行は数分ほど続いたろうか。意識を失いかけたそのとき、ようやく暴行は止み、首謀者と思える男の声がした。

 

「いいか、二度とツラ見せるんじゃねえぞ。もし見せたら……」


 男がクロウの顔を覗き込んだ。


「今度は殺すぞ」


 男たちは唾を吐きかけて立ち去った。

 クロウはうっすらと目を開けた。傍らには相方のパンジーが血を流して倒れていた。


 パンジー……。


 彼の芸歴はそこで終止符を打った。


 十分後、切断されたドアからウォーケンが姿を現した。彼は一人だった。その手には拳銃一丁すら握られていなかった。


「稚気にも等しい行為だな。いつから軍隊は幼稚園になった?」


 クロウを除く全員が既に銃を捨てていた。ウォーケンが彼を睨みつけた。その鋭い眼光に射られて、彼もまた銃を床に投棄した。


「おまえたちを軍法会議にかける。営倉で存分に長期休暇を楽しむがいい」


 兵士が次々に怠業した機関科員を拘束してゆく。クロウは擦れ違いざま、トムソンと目が合った。その瞬間、押し殺した感情が一気に噴出した。


「おやっさん、俺たちゃいつから連邦の飼い犬になったんだ? これじゃ農園と少しも変らねえじゃねえか!」

「……」


 トムソンの表情が硬直した。軍首脳部は自分たちの使命感に付け込んで体よく利用している節がある。連邦はグローク人の保護者という観念が不服を申し立てにくい雰囲気を醸成していた。だが誰かが言わねばならない。艦橋に戻ったトムソンは意を決するとウォーケンに意見を具申した。


「提督は勘違いをなさっておいでです。小官は彼らの主張に正当性を認めます」


 ウォーケンは司令官席の指揮卓から顔を上げようとしなかった。

 事件の経過の確認と事後の処分の決定に余念がなかった。だがトムソンの意見を無視することはなかった。


「彼らの行為は明らかな軍規違反だ。妥協の余地はない」

「この半年で十七回の戦闘。その合間を縫っての船団護衛の任務。弱音を吐くわけではありませんが、我々には休む暇がありません」

「だが我々は着実に戦果を納めている。連邦国民の期待に応えている。違うか?」

「提督の強靭な精神力には常々感服しております。ですがすべての将兵にそれを求めるのは酷ではありませんか?」

「第五四戦隊はわたしが予想した以上によくやっている。君たちグローク人こそ屈強な精神の持ち主だ」


 ウォーケンは指揮卓から顔を上げた。


「ありがとうございます、提督。ですが」


 トムソンは唇を噛んだ。ウォーケンの信頼が身に染みて嬉しかった。だが艦長たる自分は部下を擁護する義務がある。


「今の我々には大切なものが欠けています。それは……、人間性です」

「今は非常時だ。ある程度はやむを得ない」


 ウォーケンは再び指揮卓に映るデータを目で追い始めた。

 トムソンの顔に失意の念が浮かぶ。


「以前の提督ならそんなことは言わなかったはずです。我々を人として扱い、限界まで能力を求めることはあっても、それ以上の無理は決して課さなかった。あなたはそんな方でした」


 ウォーケンが目を剥いてトムソンを見た。


 誰もが心のゆとりを失っていた。戦禍はウォーケンのような怜悧な人間でさえも飲み込んで、平時では考えられない凶行を平然と成さしめる。彼は自身のうちに狂気を見い出して慄然とする。それは今までの戦闘では経験したことのない新手の狂気だった。トムソンは一息つくと更に言葉を続けた。


「我々はかつて日常において牛馬でした。そして今は闘犬です。戦う目的も知らずに敵と見れば猛り狂う。我々は人類と対等な地位を得るために戦っているのです。こんな戦いを続けていたのでは、後には何も残りません。残るとすれば……」


 トムソンは反駁を許さない厳しい眼差しでウォーケンを見た。


「大虐殺という汚名だけです。後世の歴史家は”バルバロイの悲劇”を決して看過しないでしょう」


 ウォーケンはクロウら機関科員の罪を不問とした。時を同じくして第五四戦隊から作戦本部に一通の通信文が発信された。「休息を乞う」その短い電文は作戦本部により却下された。返信には「猿の手も借りたし」悪質なユーモアだ。グローク人は畜生同然というトムソンの言葉が思い出される。ウォーケンはその返信を怒りに任せて握りつぶした。

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