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前史4

 辺境星域では宇宙歴一八〇〇年代に入っても、依然大農園(プランテーション)を維持するために奴隷制度の維持に固執し続けた。だが中央星系では重工業の発達と共に、自由な労働を基本とした資本主義社会が拡大されつつあった。こうして銀河合衆国連邦では各星系それぞれに個別の憲法を持ちながらも、連邦憲章の元に統合された一つの国家の枠内で、中央と辺境という互いに異なる経済制度、すなわち前近代的な大農園奴隷制度と近代的な資本主義制度に基づいた個別の社会が誕生した。これが分裂から戦争へと国家を二分する危機を醸成する母体となった。当然、抗争は中央と辺境の星域の争奪という形を取り、国家の分断を恐れた中央政府が辺境に妥協することで事態の収拾を試みた。座標軸三十六度三十分に自由星系と奴隷星系の境界線を設けたのだ。これが一八二〇年に制定されたセザール協定である。経済学者マルベルクは「この妥協的措置は辺境の奴隷所有者の中央政府に対する侵食作用を誘発するだろう」と書き記している。

 その言葉の示す通り、結局、セザール協定は中央の辺境に対する防波堤とはならなかった。なぜなら辺境星域は人類の進出できる限界といわれている宙域まで広がっており、それ以上生活圏を拡大しようとすれば、星域の外郭を包む異常な重力場と超高圧のガス雲を通過せねばならず、現在の人類の科学では、それらの悪条件に耐える宇宙船を造ることは不可能だったからだ。大農園と奴隷制度を拡張することで築かれた辺境星域にとって、これらの地理的条件はもはや存在基盤そのものを脅かす桎梏以外の何ものでもなく、その眼は必然的に中央星系へと向けられた。


 宇宙歴一八五四年、中央政府は高まる辺境の領土拡張意欲に更なる譲歩案を示した。

 カルサス=ブロイラス法案がそれである。諸星系の奴隷制採否の決定は、その星系の住民の意思に委ねるという、事実上セザール協定を反故にする法律だった。だが新たに発布されたその新憲法さえも、すぐに辺境の奴隷制寡頭権力の手によって骨抜きにされた。その好例が宇宙歴一八五七年、一人の奴隷とその所有者の係争が奴隷制反対勢力と奴隷制擁護勢力の社会的対立にまで発展したJ・ハットン裁判である。最高裁判所は次の三つの理由によりハットンの解放奴隷の身分を求める提訴を却下した。

 第一にグローク人奴隷並びにその子孫は所有者の財産であり、依って連邦の市民権は認められておらず、ハットンは連邦裁判所に提訴する権利は与えられていない。

 第二にハットンはイルミスタ星系の市民ではないので、連邦裁判所に本件における管轄権がない。彼がたとえ一時的にせよ自由星域であるイルミスタ星系に住んでも、再びセザール星系に帰ってきた以上、同星系の法律に服して奴隷身分として扱われるべきである。

 第三に連邦議会は連邦の諸星系に奴隷制度を禁止する権限を有していないので、彼がセザール法の定める自由地域に住んでいたという事実は自由身分を保護するものではない。従って奴隷財産は銀河連邦の全域で保護されなければならない。

 この判決を聞いた多くの奴隷保護団体が各星系で抗議デモを行った。この裁判に係わる多くの者が辺境出身者で構成されていたことを考慮すれば、その判例が今後どの階層に有利に働くかは誰の目にも明白であった。

 ここに至り辺境の侵食作用に対する中央の忍耐は限度に達したといえよう。中央星系では反奴隷感情が急激な高まりをみせる中、あの穏健なランベルトでさえ、「銀河連邦という統一国家は半分奴隷、半分自由の状態」では存続できないことを断言し、こうした分裂状態を防ぐために、奴隷制度の縮小廃止を強く世論に訴えねばならなかった。

 同じ共和党のG・スチュアートは、「それはお互いに敵対し耐え忍んできた力の間の、どうにも抑え切れぬ軋轢である。それは連邦が全くの奴隷所有国家となるか、それとも全くの自由労働国家となるかな、そのいずれかを意味するものである」と述べている。

 正に中央と辺境は一触触発の危機を迎えていた。そして両者の対立は共和党議員K・ランベルトの大統領就任で頂点に達したのだ。それは連邦からの辺境諸星系の離脱という形となって表われた。まず口火を切ったのは後に同盟の盟主となるスタリウス星系だった。これは奴隷制度を擁護する民主党が選挙で敗れた場合、奴隷制寡頭権力を中枢に据える他の辺境諸星系が行動を共にすることを密約した上での分離宣言だった。

 翌年の二月一日までにミスト二ア、フロアスタ、アマルクス、ギル二クス、ルイジモンド、テキスサートの辺境六星系がこれに従った。二月六日には宗主国であるスタリウス星系の惑星シぺリスに諸星系の代表が集い、ここに辺境同盟の成立と連邦に対する宣戦を布告した。辺境同盟初代大統領R・オースチンは公然と奴隷制度を認める憲法を採用した。そして同日、早くもヴァ―クレム星系で同盟軍の攻撃が開始された。同盟軍艦艇二万隻が同星系に駐留していた連邦軍艦艇八千隻を完膚なきまでに叩き潰した。後に「ヴァークレムの奇襲」と呼称されるこの戦闘を皮切りに、不意をつかれた形の連邦軍は緒戦で次々と敗北を喫し、軍の総司令官を兼任した大統領ランベルトは止むなく戦線の後退を決意。これによりヴァークレム、ノーカサス、アーバンシー、サラスの四星系が敵の統治下に入り、以後、同盟軍の構成星系として連邦軍と戦火を交えることとなる。ここに辺境十一星系と中央二十三星系との間に長期に渡る銀河大戦の幕が切って落とされたのである。

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