第33話 晩餐
その夜、主計課の計らいにより、豪華な食事がテーブルを飾り立てた。この不意打ちともいえるメニューに、誰もが気色を浮かべてテーブルに飛びついた。
「おい、俺たちゃ、いつからお偉いさんになったんだ?」
グレイが目を丸くするのも無理はない。高給レストランで饗応されるようなメニューが並んでいるのだ。多くのグローク人にとって初めて口にする料理ばかりだ。輸送船の連中が軍上層部に支給する食材を供出してくれたお陰だった。
「おっ、こいつはシャトレーゼ産の牛肉だぞ」
ダフマンは久し振りに最高級牛肉に舌鼓を打った。
グローク人兵士でこの味を知っているのは、恐らく彼一人だろう。
「いいよな、おまえは毎日こんな美味いもんを喰っていたんだから」
グレイは食事の手を休めて呟いた。
「これ一枚でいくらすると思う? 一〇ぺスタだ。俺が会社から貰っていた給料でもそうは食えない」
ダフマンは役職に比べて給与額が少なかった。
身内には厳しくが父親の方針だった。
「このステーキ一枚で、俺らの給料ほとんど飛んじまうな」
グレイが相槌を打った。
「みんな、こんな美味い肉を食うのは初めてだとよ。おまえ、なぜそんな恵まれた環境を捨ててまで兵隊になったんだ?」
スレイヤーは料理の味に無頓着なのか、食事の手を休めることなくダフマンに話しかけた。
「グローク人の大儀のため。そして親友のため。まあ、そんなところだ」
口にするのが恥ずかしいように思える。特に前者の大儀という言葉は。後者の比重が圧倒的に重いことをダフマンは自覚していた。彼は以前から会社の利益を何らかの形でグローク人社会に還元したいと考えていた。が彼個人が兵役という形でグローク人社会に貢献するなど考えもしなかった。もしウォーケンがこの部隊の指揮官にならなければ、自分が兵役に志願することなどなかったはずだ。人は職種が違えば自ずと社会に貢献する形も違ってくる。戦争と共に増長してきた軍人を、彼は必要悪として嫌悪していた。軍隊に入る前の自分は今の自分を認めようとはしないだろう。
「おまえも変わっているな。周りはみんな食い詰めた奴ばかりなのに」
スレイヤーの言うことは尤もだ。
ダフマンは苦笑せざるを得ない。
「おやっさんもその口だろ? 奴隷解放のための戦いだって」
グレイがダフマンに尋ねた。
トムソンは公用のため不在だった。
「確か同じ名前の奴隷解放運動家がいたな」
ダフマンは”北極星”の社説を思い出した。
同一人物だろうか? 仲間内で彼の過去を知る者は誰一人としていなかった。
トムソンが中央星系に逃亡したのは二十五歳の時だった。それから十数年の間にいくつかの奴隷解放運動に携わってきた。カーソンやべリックなどの著名な運動家の下で働いていたことが、無私の精神とリーダーシップを育む土壌となったのだ。彼がダフマンと共にグローク人代表として上層部から意見を求められることが多いのも、その経験と人格を鑑みれば当然のことといえた。彼は現在グローク人ただ一人の大佐だが、その異例の出世に口を挟む者はいなかった。
「奴隷解放のために戦いたいなんて言うやつは、人類に劣らぬ恵まれた生活をしているからさ。貧乏人は他人を思いやるゆとりがねえから、大儀に殉じようなんて考えねえもんさ」
スレイヤーは自分を育んだ環境だけを直視している。視野の狭い見識は概ね反定立を欠いている。豊かな生活をしているグローク人だって大儀のために殉じようとはしないだろう。まあ、ダフマンのような例外もいるが。
クロウはフォークに刺した肉片を見つめながら、一人静かにそんな想いを巡らせていた。彼は近頃寡黙になった。かつての華やかなりし芸人時代が遙か昔のように思われた。猿と二人きりの放浪生活が懐かしい。戦争が終わったら、また芸人に戻ろうか。こんなことを思い出すのも集団生活に飽きたからかもしれない。
「俺も余裕だな。戦後の生活を考えるなんて。明日をも知れない命なのに」
クロウの独り言に他の三人は思わず食事の手を止めた。
「おい、縁起でもねえこと言うなよ。俺らはまだ死ぬと決まったわけじゃねえんだ」
スレイヤーの言うことは珍しく正論だ。未来は死を乗り越えたところにある。
「そうか、俺は死なんか恐れちゃいねえんだ」
クロウはようやく気がついた。臆病な自分が軍に身を投じたのは給料に惹かれたせいじゃない。連邦の掲げる大儀と自分の愛する自由が等価で結び付いているからだ。放浪生活を愛するがゆえに自由を愛す。平等という観念は個人が自由という土台の上で育まねばならない。国家が自由を保証すれば、後は個人の裁量で上下関係を築いてゆくだけだ。自由と平等の価値を決して履き違えてはならない。前者は後者を遙かに凌ぐのだ。
「意外だな。俺にも命をかけて守るものがあったなんて。やはり軍人になってよかったのかもな」
クロウは満足げに頷くと再びナイフとフォークを動かし始めた。
「おい、どうした? おまえ、今日はやけにぼんやりしてねえか?」
スレイヤーはからかうようにクロウの顔を覗き込んだ。
人間の行動にはすべからく理由を必要とする。スレイヤーの場合、背中の傷の復讐に安定した給料を足して命知らずの心臓で割ったら軍人という答えに辿り着いた。彼が理性を軽んじる人間であることは衆目の一致するところだ。その野蛮な言動を侮蔑する者は少なくないが、彼はその批判すらも自慢の種にしている節がある。攻撃的な性格は時として優秀な軍人の資質となりえる。先陣を名誉とする者は先陣を恐怖する者より遙かに軍人向きといえよう。彼は”服従”という言葉に対して過敏に反応した。奴隷時代に培われた反抗心が頭をもたげるのだろう。従兵当番を拒否して三日ほど営倉に入れられたことがある。第五四戦隊の人類将官は概ね従兵に手間をかけさせなかった。だから従兵は楽な任務としてグローク人兵士に歓迎されていた。ところがスレイヤーは違った。
「人の世話をしにきたんじゃねえ。戦いに来たんだ!」
以後、彼が従兵に命じられることはなかった。この一件は多くのグローク人に忘れられた奴隷時代を想起させた。彼は身を以てグローク人兵士の進むべき方向を明示したのだ。
「さて、飯も食ったことだし、士官室へ行って遊んでくるか」
グレイはこれから自身に多くのことを書き込まねばならないグローク人だ。トムソンが意見を言えばそれを正しいと思い、ダフマンが反論すればそれを正しいと感じてしまう。十九歳という若さと、つい二年前まで奴隷であった事実が経験と知識を乏しいものにしていた。彼にとってトムソンやダフマンは人類同様の異人種といえた。少なくとも入隊以前の自分の周囲には見当たらなかったタイプのグローク人だ。その斬新な人間関係が人生最大の飛躍の契機となったのだ。軍に志願した自分の決断は正しかった。早急に決断を下せるのも若さゆえか。これから死地に赴こうというのに、死という観念は未だ遠い彼方にあった。
”最後の晩餐”と言っては大袈裟か。豪華な食事を前にして、聖書を手にする者は等しくその場面を想起した。食後、多くのグローク人が自分の人生に思いを馳せた。自由時間になっても話に興じる者は少なかった。




