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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第32話 士気

「回線を開け。向こうの司令官を呼び出すんだ」


 ウォーケンの命令を背中で聞いたグレイは手の震えを抑えることができなかった。

 この一件が先ほどの悪戯にあることは明白だった。相手も敗戦の後だけに苛立ちが募っていたのだろう。まさかこんな大事に発展しようとは。彼は恨みがましい目付きで操縦席を見た。事件の首謀者であるスレイヤーは素知らぬ顔をして口笛を吹いた。


「どうした? 早くしろ」


 ウォーケンに急き立てられてグレイはようやく回線を開いた。やがてビデオスクリーンに一人の男が映し出された。第七艦隊司令R・フォスター中将は部下の不手際を詫びると、


「原因は調査中だが、たぶん主砲の暴発だろう。そちらの被害は?」

「幸い命中はしませんでしたが、味方に殺されたのでは堪りません。以後は事故のなきようお願いします」

「わかった。原因が判明次第そちらに連絡する」


 十分後、両司令官の立場は逆転した。今度はウォーケンが部下の非礼を詫びる番だった。やはりグレイの発した発光信号が相手の怒りを誘発したのだ。ウォーケンは通信を切るとグレイに事の次第を問い質した。


「なぜあんなことをした? 通信機の私用は軍規違反だぞ」

「申し訳ありません。以後、通信機の私用は厳に慎みます」


 ウォーケンは何かを言おうとして、ふとグレイの顔を注視した。

 

「おまえは以前、俺の従兵に付かなかったか?」

「ハッ、一度、当番を仰せつかったことがあります」


 思い出した。同盟側の声明文を公表した翌朝、彼は屈託のない笑顔で部隊への残留を希望した。あの時の目の輝きはどこへ消えたのか? 日々に倦み疲れた目は兵士の存在意義を無言のうちに問いかけてくる。


「わかった。おまえの罪は不問にしよう。以後、気を……」


 ウォーケンは思わず言葉を飲んだ。

 トムソンが二人の間に割って入るや、いきなりグレイを殴り倒した。


「申し訳ありません。わたしの教育が至らなかったばかりに、部下がバカな真似をしまして」


 トムソンは一礼して下がると、今度はスレイヤーに起立を命じた。


「俺の目が節穴だとでも思っているのか?」

「ハア、何のことです? 艦長」


 これ以上の会話は不要だった。トムソンの拳が唸るや、スレイヤーは床に尻もちをついた。


「この者がグレイ中尉を唆したのです。違うか、スレイヤー大尉?」


 トムソンは起き上がったスレイヤー大尉を尻目に、事の次第を幕僚たちに説明した。彼は命令にない発光信号が記録に存在することをチェックしたのだ。この処置に満足したソコロフが喝采の声を上げた。


「なかなかいいパンチじゃないか? 素人とは思えないな。どこで覚えた?]

「若い頃、少々ボクシングをやっておりましたので」


 トムソンは奴隷時代に主人の命令で、賭博の対象となるグローク人同士のボクシング試合に出場した経験があった。負ければ主人は大金を失うのだ。彼はボクシングジムに通って肉体を鍛錬する機会を与えられた。人を殴るのは本意ではなかったが、逆らえばどんなひどい仕打ちを受けるかわからない。結局、彼は主人に損をさせない程度に強くならざるを得なかった。お陰で四十代の今でも若い兵に伍して働けるのだ。憎悪の対象にしかならなかった主人から、思いがけぬ財産を譲り受けていたのだ。これを皮肉と言わずして何と言えばいいのか。


「やるじゃねえか、おやっさんよぅ」


 スレイヤーが薄笑いを浮かべてトムソンと顔を突き合わせた。


「おい、止めろ! 上官を殴ったら営倉行だぞ」


 その喧嘩腰の態度に周囲の者が止めに入ろうとしたそのとき、


「失礼しました、艦長!」


 スレイヤーは真顔でトムソンに一礼すると操縦席に踵を返した。他の者も安堵に胸を撫で下ろしながら、それぞれの部署へ散っていった。ウォーケンは今回の一件を士気向上に利用すべく、通信マイクのスイッチを入れると、艦隊の全将兵に熱の籠った調子で語りかけた。


「諸君、そのままで聞いてほしい。先ほど味方から受けた砲撃は、だらけきった我々に喝を入れるために放たれたものだ。司令官フォスター中将の目には我が艦隊の隊列が隙だらけに見えたそうだ。たとえ安全な航路であっても決して油断してはならない。常に敵襲に備えるのが、軍人の本分というものだ。我々が赴くのは前線であり、輸送するのは大切な補給物資なのだ。古今の戦争を顧みれば、兵站を断たれて自滅した艦隊の如何に多いことか。諸君も戦史の教科書で学んだはずだ。前線で戦う多くの将兵が我々の到着を待ち侘びている。地味ながらも大切な任務であることを、よく肝に銘じてもらいたい。連邦は残念ながら劣勢にあるが、いずれ我が艦隊にも戦闘の機会が巡ってこよう。そのときは諸君に大いに活躍してもらう」


 第六感が囁いたのだろうか? 一時間後、その予測は早くも現実と化した。

 ウォーケンは作戦本部から送られてきた一通の命令文に目を通すなり、


「諸君、吉報だ!」


 あの冷静なウォーケンが珍しく声を弾ませた。


「第五四戦隊は惑星グラスタに到着しだい第三艦隊の指揮下に入るべし」


 この命令文が全艦隊に通達されるや、すべての将兵が歓呼を以て応えた。

 第五四戦隊は輸送任務を解かれて最前線に留まることになったのだ。これはグローク人将兵が初めて実戦に投入されることを意味する。いよいよ彼らの勇気と信念が試される時が来たのだ。

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