第29話 悲劇
「チッ、なんでえ、戦闘はねえのかよ」
スレイヤーが舌打ちした。
「そうがっかりするなよ。そのうち嫌でも敵さんと戦うことになるさ」
ダフマンも自分を慰めるように呟いた。
このときグローク人将兵の心を満たしていたものは九割の失意と一割の安堵だった。
「こら! まだ気を緩めるな。敵はまだ撤退したわけじゃないんだぞ」
ソコロフの怒声が弛緩しかけた艦橋内の空気を引き締めた。
「駆逐艦にバルバロイの地表まで接近して調査するよう伝えろ」
ウォーケンが下命してから一時間も経たないうちに、派遣した駆逐艦から次々に報告がもたらされた。
「なに、生命反応が確認されないだと?」
ヴォルフが驚くのも無理はなかった。
あの星には民間人だけでも二十万人ほど住んでいた。それがこちらに気付かれることなく雲散霧消してしまったのだ。作戦が同盟側に遺漏していたことは明らかだった。だが二十万もの民間人を伴うとなると、かなり大規模な輸送船団を編成しなければならない。連邦の情報網がこれを見逃すことは考えにくい。ではどのようにして、この星から二十万もの人間が消えうせたのか?
「いずれにせよ、敵に逃亡されたことは間違いありません。どうします、無線封鎖を解除して、このことをグールト提督に報告しますか?」
ヴォルフがウォーケンに催促した。
「ああ、そうしてくれ。まさか敵と戦わずして帰還するとはな」
「兵も皆そう思っているでしょう。とんだ肩透かしを喰らいましたな」
グレイがコンコルドに連絡を取ると、まもなく司令官席のビデオスクリーンにグールドの顔が浮かび上がった。
「残念ながら敵を取り逃がしました。バルバロイは蛻の殻です」
ウォーケンの報告を受けたグールドの顔が憤怒に染まった。
「貴官は居眠りでもしていたのかね? 目の前の大魚を取り逃がすとは」
「我々が侵攻を開始する以前に敵はバルバロイを脱出していたと思われます。でなければどうやって二十万もの民間人を我々の目に触れることなく後送できたのです?」
グールトは口端を歪めて押し黙った。そして数秒の沈黙の後、
「貴官は本作戦が敵に遺漏していたと言うのかね?」
「その可能性は否定できません。情報戦に関しては、敵の方が一枚上手ですから」
戦力の上では連邦の方が有利であるにも拘わらず、緒戦で敗北を喫することが多いのは、同盟が情報戦で有利に立っているからに他ならない。連邦が情報を軽視する傾向を、ウォーケンは以前から苦々しく思っていた。バルバロイ無血占領といえば聞こえはいいが、今回の作戦も事実上失敗に等しかった。国民の大半が軍部の発表を知って完勝したと勘違いするだろうが。グールトは作戦指揮官として何らかの栄誉に属することができるだろう。むろん彼とてそのことは計算済みだ。
「ここに留まっていても仕方がない。軍事施設を焼き払ってから帰還するとしよう」
ウォーケンは目を剥いた。
焼き払うということは即ちバルバロイに核ミサイルを撃ち込むということだ。軍事施設以外にも多くの土地が焦土と化すだろう。それは到底承服しかねる命令だった。
「閣下、お待ちください。この惑星には大小ニ十余りの軍事施設が確認されております。そこに核ミサイルを撃ち込めば環境に重大な影響を及ぼします。地球型の豊かな自然に恵まれた星です。このままにしておくのが賢明かと」
「我々にとって、この惑星は戦略上の意味をなさない。ここに駐留する必要がない以上、再び敵に利用されないように破壊してゆくのが賢明ではないのかね?」
「後世代のために豊かな自然を残すことも、我々の使命ではありませんか? この宇宙に惑星改造なしに住める星は数えるほどしかありません。多くの惑星が惑星改造の結果、何らかの後遺症に苦しんでいます。惑星バルバロイは後世に残すべき人類の宝なのです」
「それは政治家や環境保護団体の仕事だ。我々軍人の仕事ではない。君は父親譲りの演説の才を持っているようだが、自分が軍人であることを忘れてはいないかね?」
「これは職責を超越した人類すべての使命と考えます。ぜひ、ご再考を」
グールトは拳で指揮卓を叩いた。
「いい加減にしたまえ! この作戦の指揮官はわたしだ。命令には従ってもらう」
軍人に上官の命令を拒否する権利はない。それがどんな理不尽な命令でもだ。
ウォーケンは苦渋の想いを噛みしめながら、前衛部隊を指揮するブレンデルに核攻撃を下命した。
「バルバロイの敵軍事施設を速やかに破壊せよ」
ニ十分後、バルバロイを包囲した前衛部隊から一斉に核ミサイルが放たれた。
艦橋にいる者すべてが息詰まる思いで地表に伸びる青白い光の尾を見つめていた。これでこの惑星も人の住めない不毛の土地と化すのだ。着弾の瞬間、ウォーケンは思わず双眼を閉じた。バルバロイの地表を青白い閃光が覆い尽くした。一か所、二か所、三か所……。各地で次々に青白い光球が膨張してゆく。やがて地表の多くの部分を光球が埋め尽くし、惑星バルバロイは一つの巨大な白色矮星と化した。その美しくも儚い光景を、誰もが沈痛な面持ちで見守っていた。そこで繰り広げられる地獄と化した光景を想像しながら。やがて灼熱の光は消滅し、後には灰色に渦巻く雲海だけが残された。
グレイはようやく通信機が明滅しながら着信音を発していることに気が付いた。眼前の光景に気を引かれつつヘッドホンを着装すると、相手の緊迫した声が鼓膜を破らんばかりに鳴り響いた。
「提督、前衛部隊より緊急連絡です!」
ビデオスクリーンにブレンデルの緊張した顔が浮かび上がった。
「バルバロイから脱出したニ十隻の民間船を拿捕しました。いま部下を臨検のため向かわせてます」
「なに? バルバロイに民間人が残っていたというのか?」
ウォーケンは愕然として息を吞んだ。
これはあってはならないことだ。バルバロイが無人と思えばこそ核攻撃を下命したのだ。もし民間人の存在を確認したら、たとえどのような状況下に於いても核攻撃など下命しなかったはずだ。
「生命反応はなかったはずだ。数名単位ならともかく、数百、数千単位の生命反応を探知できないはずがない」
「部下が民間人の代表と称する者を連れてきました。バルバロイ政府の議員だそうです。その者と直接話された方がよろしいでしょう」
まもなく片眼鏡をかけた老紳士がスクリーンに現れた。彼は知っていることはすべて話すと明言した。重苦しい雰囲気の中、ウォーケンは尋問を開始した。
「なぜバルバロイに留まっていたのです? 軍と共に脱出したのでは?」
「軍と共に脱出したのは政府要人と軍関係者だけです。彼らは市民を守る義務を放棄して、自分たちだけでさっさとこの星から逃げ出したのです」
彼は議員としての職責を果たすため、民間人と共にバルバロイに残ったという。連邦軍に対する協力的な態度の裏には、同盟軍に対する義憤が隠されていた。
「我々がこの惑星を調査したとき生命反応は確認できませんでした。結局、民間人はどこへ逃げたのです?」
このときウォーケンの心は恐怖の予兆に震えていた。
老議員の目に涙が光った。
「多くの者が地下の防空壕へ逃れました。軍の連中が、この星は軍事拠点としては価値がないから、地下に隠れてさえいれば、敵は何もせずに引き返してゆくと……」
「地下か!」
ウォーケンは呻吟して天を仰いだ。
厚い岩盤の下に隠れていたのでは生命探知機も用をなさない。彼は数万、数十万もの無辜の市民を一瞬にして葬り去ってしまったのだ。
「すぐに救護班を編成して救助に当らせます」
老議員は力なく首を振った。
「まず生存者は皆無でしょう。自分たちはあなた方が攻撃する前に脱出したので何とか助かりましたが……」
「脱出した者の数は?」
「さあ、混乱の中で乗せられるだけ乗せましたので、一隻当たり五千として、まあ、十万ほどでしょうか」
「……半数か」
「あなた方が攻撃する前に投降していれは……。悔やんでも悔やみきれません」
ウォーケンは通信を切ると苦渋に顔を曇らせた。
艦橋は重苦しい沈黙に包まれた。
「これは戦争じゃない。集団殺戮だ。俺たちは無辜の市民を殺してしまったんだ」
ダフマンの衝動にも似た叫びをスレイヤーが聞き咎めた。
「都合のいい方に尻尾を振ろうとするからこうなるのよ。あいつらにとっちゃ奴隷制度の存廃なんて二の次なんだ。要は自分の身さえ守ってくれりゃ連邦だろうが同盟だろうが、どちらに味方しようがかまわねえ。まあ、自業自得だな」
「彼らの多くが土地に縛られた人間だ。国策に従事する以外、どんな生き方がある?」
「ハン、バカな奴らだ。土地を捨てずに命を捨てたか。農園主にはお似合いの最期だぜ。俺たちを酷使した報いだ。ハハッ、ざまあみろってんだ!」
「あの炎の中には俺たちの仲間も大勢いたんだろうな」
グレイが誰ともなしにそう呟くと、さしものスレイヤーも口を噤んだ。
雲間から覗く荒廃した大地がビデオスクリーン一面に映し出された。




