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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第28話 初陣

 もし兄さんがこの手紙に目を通しているとすれば、それはきっと戦闘艦の窓から星々のきらめきを眺めながらだと思います。出撃の事、父さんから聞きました。軍事機密を事前に漏らすなんて、父さんらしくもない。平静を装ってはいても、やはり内心は不安なのでしょう。あるいはわたしにも肉親の死を覚悟するよう求めたのかもしれません。今までは事後に知らされていたので、こんな不安は抱かずに済んだのですが。兄さんの苦労が偲ばれます。グローク人の兵士としての資質に懐疑的な人は少なくないようです。新聞やテレビ、ネットなどで第五四戦隊は海軍のお荷物という批判をよく聞きます。グローク人兵士は兄さんに対して忠実でしょうか? 彼らが皆ダフマン氏のように謹厳実直であれば、わたしも安心できるのですが。高給目当てのごろつきも多いとのこと。彼らが奴隷解放という大義のために命を投げ出すとは思えません。負け戦と分かれば、すぐに軍を脱走するかもしれません。一度の敗北で部隊は瓦解するだろうと予測する者もいます。一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた獅子の群れを倒すという、あの(ことわざ)だけが今のわたしを支えています。兄さんが無事に帰還するまで、わたしは落ち着かない日々を送りそうです。父さんと兄さんは一緒になって、わたしから日々の楽しみを奪い去ったのです。昨夜も友人のパーティーに招待されましたが、大勢の殿方に声をかけられても心は上の空。結局、ワルツ一曲踊ることなく帰宅してしまいました。殿方の中には医者や弁護士など、将来を嘱望された方も大勢いたとのこと。兄さんのせいでわたしは大切なチャンスを失いました。この代償は兄さんが帰郷した折に埋め合わせしてもらうつもりです。我が家で主催するパーティーの舞踏会では、ぜひわたしを最初のパートナーにお誘いください。それでわたしを心配させた罪は帳消しにします。無事なる帰還と大いなる戦果を故郷より祈りつつ……。

 PS 人は人生の岐路に立たされることで成長するようです。父さんの操り人形と言ったこと、今のうちに謝っておきます。兄さんは自分の意思で軍人になったのですから。


 あの強情な妹も手紙では素直になれるらしい。

 ウォーケンは苦笑を浮かべると、手紙を四つ折りにして胸のポケットに仕舞い込んだ。

 ヴォルフが航路図を映し出したディスプレーから目を離すと、


「提督、まもなく第二一戦隊との合流地点に差しかかります」

「わかった。連絡艇(シャトル)の用意を」


 一時間後、第五四戦隊は第二一戦隊と合流した。

 M(モートン)・グールト提督はミスト二ア星駐在武官、作戦本部参謀などを歴任した官僚タイプの典型的な軍人で、階級はウォーケンと同じ少将だが、彼の方が先任なので本作戦の指揮官に任命された。彼は第五四戦隊の幕僚を旗艦コンコルドの作戦室に招き入れると、さっそく作戦の打ち合わせに入った。


 おや?


 ウォーケンは脇から書類を差し出した毛むくじゃらの手に目を奪われた。


「うちの艦隊でも一部グローク人を採用しているのだ。奴隷上がりだけあって、従兵としては役に立つ」


 グールトは明らかにグローク人を過少評価している。彼は第五四戦隊の幕僚が一様に眉を顰めたことに気付かなかった。


「ところで今回の作戦だが、作戦本部は我々に作戦案を一任してきた。わたしとしては艦艇数の差を考えて、正面から正攻法で決戦を挑んでもよいと思うのだが……」


 グールトの作戦案にウォーケンが口を挟んだ。


「閣下、お願いがあります。ぜひ我が艦隊に先陣をお命じください」

「ほう、貴官は手柄を独り占めする気かね?」


 グールトが皮肉を口にするのも無理はなかった。第五四戦隊だけでも敵に倍する兵力を有している。二艦隊で攻めるより損害は増えるだろうが、結果的には勝利を手にすることができるはずだ。彼も腹の中では第五四戦隊を邪魔者と考えていた。


「貴官の艦隊は実戦経験がないのであろう? 先陣なら我が艦隊に任せてもらおう」

「お待ちください、閣下」


 ウォーケンには腹案があった。まず第五四戦隊が敵艦隊と砲火を交える。敵艦隊は勝つにせよ負けるにせよ、戦力再編のためにいったん戦場を離脱するだろう。そこを退路に伏せていた第二一戦隊で完膚なきまでに叩き潰す。

 ウォーケンは一通り作戦案を説明すると、


「ぜひ、グローク人に実力を示す機会を与えてほしいのです」


 グールトが苦笑いを浮かべた。


「君は手柄を立てるコツを知っているな。だからこそ、その歳で少将まで出世したのだろうが……」


 あからさまなな嫌味だが、ウォーケンは眉一つ動かさなかった。


「閣下、グローク人の未来をお考え下さい。彼らは誰よりも戦果を欲しているのです」

「では両戦隊で左右から挟撃してはどうかね。その方が損害も少なくてすむ」


 これが最小の損害で最大の戦果を上げる方法だろう。より多くの戦力を集中投下することは兵法の常道だった。だがウォーケンは譲歩しなかった。


「グローク人の実力を世に問う絶好の機会なのです。ぜひ我々に先陣を」

「功に逸る気持ちもわからんではないが……。勝利の機会は最大限に活用すべきではないのかな?」

「我々の敗北は閣下に勝利の栄光をもたらすでしょう」


 グールトの眉がピクリと動いた。


「第五四戦隊が負けるというのかね?」

「その場合、残敵の掃討は閣下にお任せします」


 グールトはグローク人部隊の惨めな敗北を考慮したのだろう。しばし八の字髭を捻って黙考していたが、やがて口元に薄ら笑いを浮かべると、


「では我々は後方でグローク人のお手並みを拝見させてもらうとしよう」

「ハッ、ありがとうございます。閣下」


 ウォーケンはペルセウスに帰還すると、直ちに全将兵に作戦要綱を通達した。彼らは歓呼の声を上げて自らの勇気を奮い起こした。


「よし、やってやるぜ!」


 スレイヤーが拳を突き上げて絶叫すると、艦橋内の全員が熱狂を以て呼応した。真空中を伝播して全宇宙を震撼させるような雄たけびだった。虐げられた者の怒りが闘争心に転化した瞬間だった。このときウォーケンは勝利を確信した。


 ■■■


「惑星バルバロイまであと百光秒」


 レーダー係の緊張に満ちた声が艦橋内に響き渡った。第一種戦闘配置についた将兵たちは固唾を飲んで敵の出方を見守っていた。宇宙空間を計る物差しを使えば、三千万キロという距離は目と鼻の先と言っていい。現在の速度を以てすれば、艦隊はあと一時間でバルバロイの成層圏へ突入する。


「先行させた駆逐艦からの連絡はまだか?」


 ソコロフが苛立った口調で通信士のグレイに問い質した。


「いえ、ありません」


 幕僚たちの間からため息が漏れる。駆逐艦を偵察に差し向けてから既に三時間が経過していた。だが未だ敵発見の報は届いていない。ニ十隻の駆逐艦をバルバロイの周辺に配置して網を張ったのだ。敵に決戦の意思があれば、必ずこの偵察網に引っかかるはずだ。


「こうなれば考えられることは二つ。敵は不利を悟って撤退したか、もしくはどこかに潜んで待ち伏せしているか」


 ヴォルフの提示した二つの可能性に対して、幕僚たちの多くが前者に賛同の意を示した。

 敵に来援がない以上、四倍の相手に決戦を挑んでくるとは思えず、ウォーケンも前者の意見が妥当と判断を下した。


「敵艦隊は既に逃亡したと思われる。第一種戦闘配置のまま現宙域に待機せよ」

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