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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第19話 兵科

 トムソンの武勇伝はその日のうちに全部隊に知れ渡り、彼は早くも他のグローク人兵士から一目置かれる存在となった。実戦で活躍したのならいざ知らず、たかが演習で活躍しただけでこうも持て囃されようとは……。戦友たちがそのことを口にするたびに、彼は歯痒い思いを笑いでごまかした。むろん、その夜は天幕でも彼の昇進が話題となった。


「やったな、おやっさん。どうだい、グローク人兵士の出世頭になった気分は?」


 クロウがそう尋ねると、トムソンは軽く手を振った。


「連邦軍に兵曹長なんて掃いて捨てるほどいるんだ。そんなに騒ぐことじゃない」

「でも司令官自ら階級章をくれたんだぜ。これもおやっさんの活躍が認められたからだろ」


 グレイの言葉にクロウも同調した。


「そうさ、司令官も感心してたもんな。おやっさんの才覚にはよ」


 天幕にいる者の脳裏に等しく昼間の光景が蘇る。

 トムソンは部隊全員の前でウォーケンから直に階級章を手渡されたのだ。彼の栄光はグローク人すべての栄光でもあった。我々も人類に伍して立派に戦うことができる。自信が彼らの戦意を更に飛躍させるだろう。それは民族自立を促す意識の芽生えでもあった。

 彼はその場で中隊長に抜擢された。人類の最下級の教官と同等の立場となったのだ。本来なら中隊長は大尉の者が任命されるので、まだ階級との間には歴然とした差があるのも事実だが……。


「卒団するころにはおやっさんとダフマンは士官当確だな。ところでおやっさんは専攻課程で何を学ぶ気だい?」


 グレイの質問にトムソンは徐に顔を上げた。


「俺は運用科を選択しようと思っている。もっと艦のことを知りたいからな」


 運用科とは艦内整備に関する諸事一切を取り仕切る部門で、この部署に所属する者は艦内機構にもっとも精通しているといえた。砲術、ミサイル、航海、機関、電信、主計、医務などの専門分野に比べて地味な分野であり、海軍内でも”何でも屋”という隠語が罷り通っていた。だがその言葉通り、器用に動く手と機転のきく頭が要求される部署でもある。


「また地味な科目を選択したな。まっ、おやっさんにはお似合いか……」

「そういうおまえは何を選択するつもりだ。兵卒で終わる気はないんだろ?」


 グレイはしばらくの間、口を閉ざして黙りこくっていたが、やがて縋るような眼差しでトムソンを見た。


「俺はいったい何をやったらいいのかな?」

「ハハッ、バカか、おまえは?」


 スレイヤーが笑い声を上げた。

 グレイがムッとして言い返した。


「じゃあ、おまえは何をやる気だよ。字だってろくに読めねえくせに」

「航海科だ。俺の操艦技術は教官たちのお墨付きでね。専門用語さえ覚えれば航海科へ入れてくれるんだとよ。悪りいな、楽して先に出世しちまって」


 グレイはフンと鼻を鳴らすと、質問の矛先をクロウに向けた。


「あんたはいったい何を選択するつもりだ?」

「機関科だよ。手先が器用なんでね。理由はそれだけさ」

「そういえば銃の分解組み立ては、おまえが一番だったな」


 トムソンがふと思い出したように呟いた。


「ダフマンは砲術科に進むって言ってたし。俺だけか、この天幕のメンバーで兵卒止まりなのは……」


 グレイは未来を思い煩い膝を抱えて嘆息した。

 

「上層部の思惑としちゃ、まず志願者を全員受け入れて、それから適性を見ながら徐々に(ふるい)にかけていくつもりだろう。どうだ、どこかの専攻課程に入ってみては? ここは試験より実技を重視する部隊だ。字さえ読めれば、他の部隊と違って可能性はいくらでもある」


 トムソンの励ましにグレイはようやく顔を上げた。


「そうだな、俺も一つ、何かに挑戦してみるか」


 スレイヤーが身体を起してトムソンを見た。


「おやっさん、あんまり無責任なことを言って若者を惑わすなよ。おい、グレイ。希望なんてのはな、実現しないものと相場が決まってるんだ。今のうちに諦めるんだな」

「じゃあ、あんたの航海科ってのはどうなんだ?」

「俺の場合は教官のお墨付きだ。おまえとは違うよ」

「おい、スレイヤー、口を慎め。それからグレイ、あいつの言うことは気にするな。初めから諦めていたんじゃ、なんだって実現しないのが当然だろ? まずはやってみることだ。それからでも諦めるのは遅くはない。特におまえのような若者はな」


 トムソンはまるで自分の子を諭すようにグレイに話しかけた。彼は気付いていたのだ。もし自分の子が生きていれば、恐らくグレイくらいの年頃になるはずだ、と。久しく眠っていた父性がようやく目を覚ましたのかもしれない。


「ところでダフマンはどうした? 今日は歩哨当番じゃねえだろ?」


 クロウの質問にトムソンが応えた。


「あいつなら司令部に出向しているよ。明日の演習に備えて、中隊長の心得なるものを教わるんだ。演習が終わったあとで疲れてるんだろうが」

「人類の士官の中でただ一人のグローク人下士官とは……。あいつも苦労してんだろうな」


 クロウの同情をスレイヤーは鼻で笑い飛ばした。


「知らねえのか? あいつはここの司令官と幼馴染だぜ。司令部幕僚の中佐ともだ。今頃は仲良く酒でも呑みながら、昔話に花でも咲かせてるんじゃねえか?」

「ほんとかよ、その話」


 グレイの疑惑は他者の疑惑でもあった。

 皆の耳目がスレイヤーに蝟集した。


「ああ、本当だぜ。本人から聞いたんだ。間違いねえよ」

「羨ましい話だぜ。それじゃ出世は思いのままだ」


 クロウの嫉妬心はグローク人部隊の大きな問題となりつつある。上官は部下を統率するために、より強い規範を求められるだろう。

 トムソンが口を挟んだ。


「縁故は関係ないだろう。俺たちゃみんな見たはずだ。ダフマンが教官に銃床で殴られても、司令官はそれを当然のごとく眺めていたじゃないか。それにダフマン自身も精神的にタフになったしな。初めは訓練について来れずに途中で辞めちまうじゃないかと思ってたが、あいつは立派にやり遂げた。ただのインテリ坊やなら中隊長になれなかったろう。人選に関しては公平だと俺は思うよ」


 クロウが口端を歪めた。


「自分がグローク人の出世頭だから、そんなことが言えるんだ」


 トムソンがニヤリと笑った。


「そうか、すっかり忘れてた。俺はおまえらより偉いんだったな」

「あっ、まずいこと言っちまったなぁ。これからは上官として敬うから、酷な命令はしないでくれよ」


 クロウのぼやきに一同は笑い声で応えた。

 元芸人のご愛敬とでもいおうか。彼はこうして奴隷時代に主人と良好な関係を築いていたのだろう。戦場の緊張を癒す一服の清涼剤。彼はどの艦に配属されても上官や同僚から愛されるだろう。

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