第14話 射撃
課業は既に二か月目に入り、模擬弾から実弾による射撃訓練へと進捗していた。
海兵隊から派遣された特務教官は、小銃を掲げると射撃手の信条なるものを披瀝した。
「これは俺の小銃だ。これと同じ物はいくらでもあるが、これこそ俺の小銃だ! この小銃は最良の友であり、我が命なのだ。人間と同じなのだ。その弱点、長所、部品に精通し、風雨や天災から守ってやれ。自分と同じようにこの小銃も身綺麗に、いつでも使えるようにしておけ。お互いの分身となるように……。俺は神にかけて誓う! この小銃と俺が祖国を守るのだ。敵を撃ち倒し自分自身の命を守るのだ」
分隊は射撃場へ到着すると、さっそく各班に分かれて射撃訓練に入った。
兵士は射撃の得点により、特級射手、一級射手、二級射手に分類される。標的までの距離は三百メートル。標的に命中すると、その位置によってコンピューターが得点を弾き出して掲示板に表示される。
グレイが実弾射撃を行うのはこれが初めてだった。
ぎこちない手つきで銃を構えると、標的に狙いを定めてトリガーを引いた。
直後、視力5・0の双眼が訝し気に見開かれた。弾は標的のど真ん中を貫通していた。
「次、早く撃て!」
教官の命令に従って再び銃を構える。発射された弾丸は再び標的の中央を貫いた。
「やったぞ!」
グレイは跳び上がって喜んだ。
二度の最高得点がまぐれ当りでないことを確信したのだ。
「射撃なんて、まるで子供のお遊びのようなもんさ!」
背後に居並ぶ戦友たちに向かって叫んだ。その傍らに射撃教官が立った。
「貴様、もう一度やってみろ」
言われるままに再び銃を構えて発射した。弾は標的の中央をわずかに逸れた。
教官が叫んだ。
「もう一度!」
グレイは思わず教官の顔を見た。
彼は前を向いたまま「なにをしている、早くせんか!」と怒鳴った。
俺は教官に睨まれている。
分隊行進のとき、贖罪の山羊にされた悪夢が蘇る。
銃を握る手が震えてきた。次弾は標的の外周にかろうじて孔を穿った。
「次!」
「次!」
「次!」
教官の号令に従って撃ち続けたものの、残りの弾は彼の焦燥を見透かしたかのようにすべて標的を逸れた。
弾倉が空になっても、教官の指示が止んでも、グレイはトリガーを引き続けた。
教官が彼を睨んだ。
「戦場は常に死と隣り合わせだ。子供の遊びだなんて言ってると死ぬことになる。覚えておけ」
教官が去った直後、グレイは肩で深いため息をつくと、その場にへたり込んだ。そして銃を支えに地面ばかり見つめていた。
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ダフマンは小銃に弾倉を装着すると、久し振りに実弾を扱う感触に腕を振るわせた。
いよいよ彼の班の順番がやってきた。二十名が横列体形に並ぶと、合図に従ってそれぞれの標的を狙い撃った。弾丸が銃声と共に次々に標的を撃ち抜いてゆく。最初は立ち撃ちから始まったが、これは身体を固定することが難しく、命中精度の最も低い撃ち方だった。だが狩りで馬上から獲物を狙い撃っていたダフマンにしてみれば、これこそ普通の手練れた撃ち方で、一年ぶりの射撃にも拘わらず分隊一の高得点を上げることができた。最初は銃の反動が予想以上に大きく戸惑ったが、すぐに反動分だけ銃口を下へずらして撃つようにすると、標的を的確に撃ち抜くことができた。続く膝撃ちと寝撃ちでも、鳥を狙い撃つ要領でやってみると、これまた分隊一の高得点となり、彼は総合得点でトップとなって、教官より特級射手として顕彰された。分隊行進ではさんざん赤っ恥をかかされたが、射撃訓練で汚名を挽回したのだ。
「相手が動かないだけ狩りより楽さ」
ダフマンはそう言って仲間の賞賛をはぐらかした。
以後、彼は教官の右腕となって各分隊の射撃を指導することになる。だが彼が自尊心を保てるのは射撃の時間だけだった。格闘技の試合では中年のグローク人にさえ散々投げ飛ばされた。銃剣の練習では巻き藁に向かって着剣した銃を構えて突進するのだが、その動作が教官の目には余程緩慢に映ったのだろう。その場で何度も蹴り倒された挙句、胸倉を掴まれて引きずり起されると「さあ、その銃剣で俺を突いてみろ!」と命じたのだ。
ダフマンは戸惑った。
まぐれでも刺されば命取りになる。
「どうした、出来損ないの猿! 悔しければ俺を突け!」
ダフマンが及び腰で銃剣を突き出すと、教官は片手でたやすく払い除けた。
「どうした? 猿のお坊ちゃん。金持ちの親父がいないと何もできないのか!」
ダフマンは突発的な怒りに駆られて銃剣を力一杯突き出した。だが教官はサッと身をかわすと銃身を掴んで銃を奪い取った。直後、銃床がダフマンの腹に食い込んだ。
「なんだ、そのへっぴり腰は! そんなことで敵が倒せるか!」
訓練の様子を見守っていたウォーケンは思わず教官を呼び寄せた。
「少しやり過ぎではないのか?」
「彼は提督のお知り合いですか?」
ウォーケンは一瞬、言葉に詰まった。
「ああ、幼い頃からの友人だ」
「彼は精神的に成長する必要があります。このまま戦場に出れば、もっと苦労することになるでしょう」
教官の判断は的確だ。ここで私情を挟めば、たぶんダフマンは戦場で使い物にならなくなる。
「もう下がってよろしい」
教官が敬礼して引き下がると、ウォーケンはダフマンを無視して背中を向けた。
「ちょっと待ってくれ」
振り向くと、ダフマンが脇腹を押さえて立っていた。
「上官と話すときは、まず許可を得るように」
軍隊にいる限り自分は司令官であり、彼は一兵卒に過ぎない。ここでは友人のごとく振舞うのは許されない。
「あの、お話があるのですが……」
「許可する」
ダフマンはかつての友人が自分を冷たい目で見下すのを見た。
「もう、ここでやっていく自信が……」
「では除隊願いを出すように。理由が認められれば許可しよう」
ウォーケンは呆然と佇むダフマンを残してその場を立ち去った。
その様子を見守っていたロードバックがウォーケンに食ってかかった。
「おい、なんだ、ありゃ? 俺たちゃ友人だろ? 少しは励ましてやっても……」
「ここは軍隊だ。俺たちは友人である以前に上官と部下だ。そのことを忘れるな」
公私混同して部下の扱いに公平を欠いてはならない。
ウォーケンは厳しい表情でロードバックを睨んだ。
「ここが嫌ならダフマンと共に去るがいい」
ロードバックは去り行くウォーケンの背中を無言で見送った。
彼は自分の軽挙を恥じた。そして最後までウォーケンと共に戦い抜くことを心に誓った。




