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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第12話 物資

 ロードバックはいくつかの杞憂すべき問題を抱えていた。

 その一つは課業が始まったにも拘わらず、兵卒に必要な支給品が何一つ届いていないことだ。銃や短剣は海兵団を卒業するまで貸与されるのだが、品不足を理由に未だ未納のままだ。私服姿の部下が泥塗れになって訓練している光景を見ていると、彼はせめて軍服だけでもと補給部に怒鳴り込みたくなる衝動に駆られるのだ。


 三日前にこんなことがあった。

 その日の夕刻、第五四戦隊司令部に地元警察からグローク人兵士一人を窃盗の容疑で逮捕したと連絡が入った。容疑者の名はD・スレイヤー。デパートで靴を盗もうとしたところを警備員に取り押さえられたという。彼の身柄はすぐに軍の管轄下に移された。犯行が軽犯罪だったこともあり、三日間の営倉入りという軽い処罰で済まされた。

 ロードバックはスレイヤーの靴を見た。靴底が半分ほど剥がれて紐で縛ってある。日々繰り返される分隊行進のせいで靴底が破れてしまったのだ。聞けば穴の空いた靴を履いている者は少なくないという。牛革で造られた丈夫な軍靴なら、こんなことはないのだが……。


 不足しているのはそれだけではなかった。

 戦闘艦を機能させるべき砲術、航海、機関、運用、主計などを教える教官も、派遣された人数は必要数の半分にも満たなかった。そのため本来なら佐官が当たるべき職務を下士官が代行することになり、果たしてこれで満足な軍隊教育ができるのかと不安視せずにはいられなかった。また第五四戦隊はコンコルディア会戦の残存艦に新鋭艦を加えて編成されることになっていたが、司令部の艦船名簿にはまだ予定の五分の一も艦名が記載されていなかった。第五四戦隊の兵士が海兵団を卒業するまでに、一戦隊を構成する二千隻もの艦艇を揃えることができるのか? 上層部がこの部隊のことを本気で戦力として考えているのか? と勘繰ってしまうような状況だった。むろんウォーケンも補給基地に備品を供出するよう要請しており、一か月以内に届けるという内諾を得てはいたのだが……。


「一か月と言ってきましたか。では早くともあと三か月は待たねばなりませんな」


 ブレンデルがいみじくも看破したように、一か月経っても補給部からは何の音沙汰もなかった。練習艦はぼちぼち集結しつつあったが、課業を一通り覚えなければ何の役にも立たない。結局、最初の一か月は分隊行進と各科目の講義に充てられた。講義に関しては、教官の数が足りないということで、首脳部の幕僚が総出で各海兵団の兵舎に出向した。ウォーケン自身も専門分野である航海術をグローク人に講義した。司令官自ら抗議するとあって、彼の教室はいつも満席だった。自らの意思で受講しただけに、講義中に居眠りする者は皆無に等しかった。


「午前中の講義だからですよ。午後だとそうはいきません」


 ソコロフが午後の講義で運用を教えているときなど、午前の分隊行進の疲れで居眠りする者が続出した。彼が堪り兼ねて机をバンバン叩いても焼け石に水。本人にその気はなくとも、ついうとうとと舟を漕いでしまうのだ。


「まあ、わたしにも覚えのあることですが……」


 ソコロフが照れ笑いを浮かべた。

 ウォーケンも笑いながら頷いた。自分にも同様の経験があることを思い出したのだ。


 各教官のグローク人生徒に対する評価は概よかった。彼らの真摯な態度を見ているうちに、ウォーケンは彼らに少しずつ光明を見い出していった。第五四戦隊を連邦最強の部隊にする。彼らなら自分の期待に応えてくれるはずだ。が、教える側の不備で課業が進捗しなければ、彼らの熱意も空回りして士気の低下につながる恐れがある。そろそろ実戦を想定した新しい課業に移行する必要がある。これは彼に限らず司令部の誰もが考えていたことだ。まず実戦訓練の必要性を提案したのは参謀長のヴォルフだった。


「分隊行進はもう十分でしょう。そろそろ陸戦を経験させては?」


 むろんヴォルフも軍服や銃なくして野外演習ができないことは知っている。幕僚たちの顔が一様に曇った。誰かが補給部にかけ合わねばならない。この難事に真っ向から受けて立ったのがソコロフだった。


「野外演習をやるのであれば、必要な物を取り揃えましょう」


 ソコロフが不敵な笑みを浮かべて請け負った。

 ウォーケンが頷く。


「では貴官には惑星ノリントンの補給基地まで行ってもらおうか」

「ハッ、了解しました。必要な物資は倉庫を襲撃してでも頂いてきます」


 ロードバックが座席から立ち上がった。


「ぜひ俺も同行させてくれ。相手は物資の横流しをしてるって噂の司令官だ。片っ端から調査して秘匿物を暴き出してやる」

「秘匿物か。あまり手荒な真似はしてくれるなよ」

「そこは相手の出方次第さ。これ以上、部下を放っとくわけにはいかないからな」


 二人は軍港に待機した五隻の練習艦を引き連れて惑星ノリントンに出港した。


「大丈夫ですかな? あの二人に任せて」


 ヴォルフが困惑した表情で呟いた。


「まあ、楽しみに待とうじゃないか」


 ウォーケンは口元に笑みを浮かべて二人を見送った。


 ■■■


 一週間後、五隻の練習艦は九万人分の軍服と軍靴、それに銃や弾薬を満載して帰投した。

 

「ほう、上首尾だな。相手の司令官もなかなか話がわかるじゃないか」


 ヴォルフはうず高く積まれたコンテナを眺めながら満足げに呟いた。


「最初は品不足だとか、あっても前線の部隊に優先的に回さねばならないとか言って、物資の供出を拒んでいたのですが、その後、ロードバック中佐の調査で、横流しした物資の搬入先の倉庫を突き止めまして。先方には無許可で、乗組員全員で担ぎ出してきた次第で……」


 ソコロフが申し訳なさそうに頭を掻いた。

 ロードバックが思わず笑い声を上げた。その態度が余りにもわざとらしかったからだ。

 ヴォルフが真顔で尋ねた。


「司令官に無許可で物資を搬出したのか」

「ええ、まあ、秘匿していた物資ですので、表沙汰になれば軍法会議は必至です。先方もとやかく言いますまい」


 ヴォルフが背後にいるウォーケンを振り返った。


「どうします? 今後、我が部隊は補給を受けられなくなるかもしれません」


 ロードバックが書類の束を提示した。それは横流しした軍事物資の帳簿だった。


「その心配は無用です。この証拠書類を提示すれば、先方は速やかに物資を供出してくれるでしょう」

「ほう、どこでそんなものを?」


 ヴォルフが感嘆して呟いた。


「まあ、蛇の道は蛇ということで。できれば不問にしていただければ……」


 ロードバックが極まり悪そうに返答した。その傍らでソコロフがこれ見よがしに拳を手のひらにパンと打ち付けた。

 なるほど、補給基地の主計課長を恫喝したのだな。まあ、相手も脛に傷持つ身、問題にはなるまい。

 ウォーケンは満足そうに呟いた。


「素晴らしい許可証だ。今後、我が部隊は優先的に物資の補給を受けられるぞ」


 これらの補給品が全将兵に行き渡れば、明日から射撃訓練や操艦訓練に入ることができる。

 教練はようやく本格的な段階へと移行した。

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