第10話 戦友
スレイヤーは自分の座を占めると、徐に衣嚢から派手な装飾の箱を取り出した。
ダフマンの口元に笑みが浮かんだ。
中身は見なくともわかる。それは彼自身、ついこの間まで愛煙していたスタリウス産の高級葉巻だった。
スレイヤーは葉巻に火を点けると美味しそうに紫煙を吐き出した。
所在なげに横たわっていた周囲の者が鼻孔を刺激されて、思わず上体を起こした。
グレイが物欲しげな目つきで尋ねた。
「なんだ、それ? スタリウス産の葉巻じゃねえか。どうして手に入れた? もう支給金は使い果たしちまったんだろ?」
ダフマンが心中で呟いた。
万引きしたのさ。それ以外、どんな手がある?
スレイヤーは無言で葉巻を一本、グレイに投げ与えた。
「おっ、すまねえ」
グレイは葉巻を拝むように受け取ると、ランプの炎で火を点した。
「うーん、さすがに上物は違う」
彼は紫煙を吐き出すと満足げに呟いた。
スレイヤーはクロウやトムソンにも葉巻を投げ与えた。
二人は礼を言って受け取ったが、ダフマンだけはその恩恵を被ることができなかった。
無視されるだろうとは思っていた。スレイヤーは何かというと、ダフマンに食ってかかる性癖があった。初めて言葉を交わした折にも、「おまえ、人類みたいな話し方をするな。気に入らねえ」と難癖を付けられた。最下層の奴隷であったスレイヤーは、ダフマンから上流階級の匂いを感じ取って敵視したのだ。
ダフマンもこういう手合いは苦手なだけに、これから先が思い遣られる。
クロウが紫煙を燻らせながら遠い目をして呟いた。
「久しぶりだな、この味は……。昔、ご主人様に頂いたことがあったが、それまで自分たちの栽培していた物が、こんなにうめえものだなんて知らなかった」
そして指に挟んだ葉巻を繁々と見つめると、
「こいつをパンジーにも吸わせてやりたかったな」
「誰だい? そのパンジーって」グレイが尋ねた。
「死んじまった俺の相棒さ」
「なんだ、猿でも煙草を吸うのか?」
「ああ、バナナより好きだった」
天幕内に笑い声が響いた。
だがダフマンだけは笑う気になれなかった。
グレイとクロウの間に交わされた会話の最後の部分は、かつて人類がグローク人を揶揄するために口にした言葉そのままだった。
トムソンは口元に薄ら笑いを浮かべただけだった。
彼は字が読める数少ないグローク人の一人だ。ダフマンの見たところ、同年齢の人類に劣らぬ学識と良識を備えているように感じられる。あるいは自分同様、この言葉の内実を知っているかもしれない。
スレイヤーが得意げに言った。
「おい、ほしい物があったら俺に言いな。休暇の時、安く仕入れてやるからよ」
トムソンが厳しい目で睨んだ。
「おまえ、外出するたびに身に付ける物が高級になってゆくな。そのコートと靴、どこで仕入れた? 安く手に入れたんだろ? 教えてくれよ」
軍の支度金くらいで高級品をそうそう揃えられるわけがない。
トムソンは彼の入手方法に敢えて釘を刺したのだ。
もう、窃盗はするなと……。
トムソンの言うところを理解したのだろう。スレイヤーは葉巻を揉み消すと嫌らしい笑みを浮かべた。
「中央じゃグローク人といえども万引きくらいじゃ殺されねえって聞いたからよ。見つかったところで、せいぜい営倉送りになるのがオチさ。気にするこたぁねえよ」
「おまえも給料目当てで志願した口か……」
トムソンが呆れたように呟いた。
「それのどこが悪い? 給料が出なきゃ、誰も軍隊に志願なんてしねえぜ」
「俺は自由を得るために主人に大金を支払った。それほど自由は価値あるものと思ったからだ。その後、裸一貫から出直して、なんとか人並みの生活ができるようになった。今の俺を支配するのは社会の法だけだ。この自由の価値を辺境の奴隷にも分け与えてやりたい。そう思って俺はこの部隊に志願した。確かにおまえの言う通り、金は大切な物だ。だがそれに勝るものがこの世に存在することも、また事実なんだ」
「俺にとって金より大切なものといゃ、命くらいなものだ。大儀なんて糞くらえだ!」
「衣食住に給料さえもらえればそれで満足か。だが実戦に参加すれば、それらと命を引き換えにする者が必ず出てくるんだ。むろん、この部隊からも同様の者が出るだろう。おまえさんがそのお仲間にならないという保証がどこにある?」
「ヤバくなりゃ逃げるまでさ。俺は辺境の厳しい追跡の手を逃れて中央まで逃げて来たんだ。いざとなりゃ、どさくさに紛れて軍隊を脱走するくらい……」
トムソンが不意に指に挟んだ葉巻を突き付けた。
「知らんのか? 連邦軍だって脱走兵は銃殺と決まっている」
「……」
スレイヤーが押し黙った。
「ハハッ、それじゃ農園と少しも変わんねえな」
クロウが笑い声を上げた
「明日から始まる教練だって、農園の重労働よりきついかもしれねえ。なんせ、うちの司令官の意気込みときたら、これからひと儲けを企む農場経営者以上だからな」
ダフマンが反駁した。
「司令官の志は公に基づいたものだ。決して私心に基づいたものではない」
クロウにしてみれば軽い冗談のつもりだろうが、ダフマンには友人が侮辱されたとしか聞こえなかった。
「さあてな、そいつはどうかな? 軍人が政治家以上の詭弁を弄した例は過去にいくらでもあるからよ。正義を振りかざす者には気を付けろ。これはご主人様が教えてくれた貴重な教訓だ」
クロウの言葉尻に、スレイヤーの笑い声が被った。
「丸眼鏡、こいつの言う通りだぜ。頭から人を信じたら、それこそ天罰が下らあ」
トムソンが真顔で口を挟んだ。
「あの司令官を信じられんとはな。おまえも哀れな奴だ。いいか、一つだけ注意しておく。軍規違反を犯したら厳罰は覚悟しろ。自分に厳しい人間は他人にも厳しいからな。せっかく採用してもらったんだ。せいぜい除隊や銃殺にならないように気を付けるんだな」
彼は葉巻の火を揉み消すと、スレイヤーに背を向けて横になった。
「フン、聞いたような口きくんじゃねえよ。おやっさんこそ、戦場に出る前に退役願いを書く羽目になるんじゃねえのか。なんせ、そのお歳だからよ」
スレイヤーの嫌味に、トムソンが背を向けたまま答えた。
「徴兵と志願の違いが精神力となって、俺の体力を補ってくれるはずだ」
「そりゃどういうことだ?」
「他人から与えられた使命と、自ら求めた使命の違いだ」
グレイが遠慮がちに口を挟んだ。
「おやっさんの言ってること、俺にもよくわかんねえな」
「おまえたちにもわかる日が来るかもしれん。人生と前向きに戦っていればな」
「チッ、お説教はもう沢山だ。これだから年寄りは……」
スレイヤーは苛立ちを押さえるように二本目の葉巻に火を点けた。
ダフマンにはトムソンの言うことが何となくわかるような気がした。
ダフマン社の部長という優良な地位よりも、海軍の一兵卒という劣悪な地位により誇りを感じていたからだ。父から与えられた地位と、自分から手にした地位の違いからだろうか? 会社の仕事にも働き甲斐を感じてはいた。が、命を賭してまでやることが出来ただろうか?




