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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第08話 訓示

 第五四戦隊の結成式に際して、ウォーケンは次のような訓示を述べた。


「九万人のグローク人兵士諸君、わたしは諸君が自らの意思で志願してくれたことを誇りに思う。諸君の国を想う心は必ずや歴史に貴重な一歩を記すことになるだろう。人類初のグローク人兵士として、そして宇宙最強の兵士として……。奴隷から英雄となるのだ。諸君は蔑視から解放されて尊厳を勝ち得るのだ。これは人類にグローク人の能力を示す絶好の機会となるはずだ。この戦争の帰趨は諸君の奮闘にかかっていると言っても過言ではない。今や民主主義は同盟により蹂躙されつつある。連邦の敗北は奴隷制度の完全なる復活を意味し、諸君を再び家畜と同様の地位に引き下げることになる。諸君は欲するか? かつての屈辱に満ちた歴史の再来を! 先祖たちが歩んだ茨の道を! わたしはこの目で多くの戦友が宇宙に散華するのを見た。彼らは諸君の人権を民主主義の下に擁護するために戦死したのだ。彼らは命を代償にして、諸君を同胞と認めたのだ。諸君は彼らの誠意に応えなければならない。国家が存亡の危機に瀕している中、諸君は民主主義を守る貴重な戦力となるはずだ。一日も早く戦場で敵と砲火を交え、同盟の帝国主義を打倒し、民主主義の大儀の下に国家を再び統一するのだ」


 ウォーケンの目には欠伸をするグローク人の姿がちらほら映った。

 無理もない。彼らに必要なのは個人の権利なのであって、国家のイデオロギーではない。自分自身ですら、いま語っている言葉に違和感を感じるのだ。大儀を信じて戦場へ赴く者は少ない。彼らの多くが愛する者を守るために戦うのだ。


「同盟の隔離政策者共が諸君を再びバーナード星系へ移植させようとしているが、諸君は連邦を祖国として生まれ育った市民なのだ。声を大にして永住権を主張せよ。だがそれが許されるのは、発言の自由が認められる連邦だからこそなのだ。平等を保証する連邦においてこそ、諸君は人民として存在が許されるのだ。もし同盟において諸君が奴隷から解放される日が来るならば、それは市民権を剥奪され連邦星域から追放されることを意味するのだ。いずれにせよ同盟がこの国の覇権を握れば、諸君は永遠に人類と対等の地位に立つ機会を失うだろう。分離なき平等こそグローク人が命懸けで守るべき大儀なのだ。これはグローク人の先兵たる諸君に課せられた義務である。諸君の双肩には連邦の威信が……」


 不意にウォーケンの言葉が途切れた。

 一〇秒、二〇秒、三〇秒……。

 グローク人聴衆の間にざわめきが起こる。

 ウォーケンは壇上に置いた草稿を握りつぶすと、再び会衆を俯瞰した。


「いや、言い直そう。グローク人の未来が賭かっている! これは連邦対同盟ではなく人類対グローク人の戦いなのだ。グローク人なら誰でも知っているはずだ。連邦内にもグローク人を蔑視する者がいることを! 諸君を再び奴隷の地位へ追い落とそうとする者がいることを! 我々は内なる敵にも勝たねばならない。彼らを見返してグローク人が人類と対等の地位を築くには勝利こそが必要なのだ。自らの手で栄光をつかみ取れ! 諸君はグローク人を代表する者であり、後に続く者の礎となるべき存在なのだ。わたしは第五四戦隊を連邦一の精鋭部隊にするつもりだ。だから怠惰や怯懦(きょうだ)は許さない。わたしが部下に求めるものは勇気と信念だけだ。無論、教練は他の人類部隊より厳しいものとなるだろう。危険な任務も敢えて率先して引き受けるつもりでいる。これをグローク人に対する差別と考える者は、今からでも遅くはない。退団を許可する」


 ウォーケンの鋭い眼光がグローク人一人一人の顔に注がれる。

 その光に共感する者、反骨心を露にする者、共に背筋を正してウォーケンを見た。


「できうれば勝利の日まで共に戦わんことを……。最後にこの機会に志願した諸君らに、わたしは尊敬の念を惜しまない。以上だ」


 ウォーケンの訓示を直接耳にした一万人のグローク人が、そして各会場で大型パネルを通じて間接的に聞いていた八万人のグローク人が一斉にどよめきを上げて拍手を送った。ウォーケンが人類のためではなく、グローク人のために戦うことを明確に意思表示したからだ。

 ランベルト大統領が大戦初期に大手新聞社の公開質問状に対して、「この戦いにおけるわたしの真の目的は連邦を救うことであって、奴隷制度を救うことでもなければ、それを破壊することでもない。もしわたしが一人の奴隷も解放せずに連邦を救えるのなら、わたしはそうするだろうし、もしわたしがすべての奴隷を開放することによって連邦を救えるのなら、わたしはそうもするだろう」と回答してグローク人を失望させたことを考えれば、ウォーケンの訓示の後半が、彼らに熱狂を以て迎えられたのも頷ける。


「けっこう話の分かる司令官じゃないか」

「俺たちゃ、どうやら理解ある司令官に恵まれたようだな」


 これらがグローク人の彼に対する概の評価だった。

 だが中には、


「政治家じゃないんだぜ。いくら演説が上手くとも戦争が下手じゃ……」

「命がいくらあっても足りないか? 彼は切れ者と聞いているがな」

「敗戦の中で造られた英雄という噂もある。軍のプロパガンタといったところか」

「退団の自由を与えると言っていたぜ。おまえ、そんなに心配なら辞めちまえよ」

「俺たちグローク人が月給一五ぺスタ貰えるんだ。こんな美味しい職業、滅多にねえや」


 それぞれ思惑は違っても、退団した者は一人としていなかった。

 司令部に帰って後、欠員なしの報告を受けたウォーケンは一安心したものの、果たしてどれほどの者が教練中に脱落してゆくのか、一抹の不安は拭えなかった。

 予備兵力はなきに等しく、もし大量の離脱者が出れば艦隊の機能に齟齬をきたす恐れがある。だからといって訓練の手を緩める気は少しもない。彼らを宇宙一の兵士にする。天命にも等しきこの決意に、いったいどれほどのグローク人が理解を示すだろうか……。

 そんなウォーケンの杞憂を見透かしたのように、ヴォルフ参謀長が声をかけた。


「彼らの多くが衣食住と高給目当てに志願した者たちです。ですが被差別民が抱く特有の孤立感が、やがて彼らを固い絆で結束させてゆくでしょう。この連帯感を上手に育んでやれば、司令官の望む宇宙最強の艦隊となるかもしれません。彼らの潜在能力に期待してもいいのではありませんか?」


 ソコロフ参謀が相槌を打った。


「小官もそう思います。彼らの体力は平均的に人類を上回ります。ただ奴隷制度の残滓というのでしょうか。人類に対する劣等感は拭うべくもありません。これが強気の者なら悪態となって、弱気な者なら追従(ついしょう)となって表われます。いずれにせよ、これは軍隊にとって欠点となるべき要素です。取り除くには、彼らに自信を植え付けるしかないのですが」


 ブランデル副司令が口元に笑みを浮かべて呟いた。


「思い出しますな。小官の初陣を……。フロアスタ星系のD・マイヤーの奴隷暴動を鎮圧したときのことです。出撃するときには、もう生きて再びこの地を踏めないのではないかと震えたものですが。その点に関してはグローク人も同様ですよ。彼らも実戦を経験すれば次第に自信を深めてゆくでしょう」


 会議に参加した幕僚の間から含み笑いが漏れた。誰もが自分の初陣を思い出して、多かれ少なかれ彼と同じ感慨を抱いたのだ。勇猛果敢を自他とも認めるソコロフだけは憮然としていたが……。

 ウォーケンは一同を見回すと、


「ともかく左官クラスの人材が不足気味で、予定通り課業を消化できない恐れがある。人事部には教官を派遣するよう要請しているが、返事は例のごとく曖昧なままだ。諸君にも臨時の教官として各海兵団に出向いてもらうことになる。よろしく頼む」


 前途多難か……。


 ロードバックは会議室の末席で独り言を呟いた。

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