第07話 着任
ウォーケンは惑星キールに着任してひと月この方、海軍司令部に設けられた第五四戦隊の執務室で雑務と取り組んでいた。やるべきことは山ほどあった。何しろ艦隊の乗組員の多くをグローク人が担うのだ。彼らに優秀な訓練教官をつけて教練するのが最大の課題となるはずだ。
グローク人の志願兵に関しては、既に予定数を上回る人員が集まり、面接と体力試験で約九万人を正規軍の兵卒として採用した。その中にはダフマンのように真剣にグローク人の将来を考えて志願した者もいるが、多くは衣食住と給金を目当てに集まった就職気分の者が多かった。彼らは現在キールの各所に設けられた海兵団に分散配置されている。
艦船に関しては予定数の五百隻は確保できる目途がついたものの、いずれも艦齢三十年を超える旧式艦ばかりで、名目は戦艦でも実質的には練習艦に識別される代物だった。艦政本部にかけあうと、訓練期間を終了するまでに暫時新鋭艦と入れ替えてゆくと返事があった。暫時というところが引っかかるが、そこは艦政本部の誠意を信じるしかあるまい。
大統領の肝入りで編成された部隊だ。役立たずで終われば、それこそ大統領の面子は丸潰れということになる。もし艦政本部が約束を守らなければ、軍の最高司令官である大統領に直接掛け合うという手もある。父親の権威を傘に着るというのは気が引けるが、ともかくウォーケンとしては自分の艦隊が他の艦隊と差別されるようなことは一切拒否するつもりであった。
艦隊司令部の人事については、ウォーケンの望む人材が揃えられた。
参謀長のカール・ヴォルフ大佐は三十五歳という若さに似合わぬ思慮深い人物で、勇戦に走りがちな自分を補佐するには打ってつけの人物のように思われた。三年前の少佐時代には、彼の下で幕僚を務めていたが、今では階級で自分の方が彼を追い越してしまった。かつての部下の下で働くのは嫌ではないかと、ウォーケンが慮って尋ねると、彼は真剣な表情で「あなたのような勇将の下で働けるのは光栄です」と、むしろ幕僚に加えられたことを喜んでいるようだった。
参謀のグレゴリー・ソコロフ中佐は三十歳のいわゆる叩き上げの実戦派タイプの軍人で、特にグローク人の新兵教育には欠くことのできない人物となるだろう。グローク人新兵には鬼教官と映るだろうが、後でその教えが自身の命を救うことを、彼らは身を以て知ることとなるはずだ。
ウォーケンは自身の部下に対する優しさが、しばし戦場において裏目となることを経験してきた。彼なら自分の欠点をよく補ってくれるはずだ。
「お任せください。あのグローク人の新兵どもを必ず連邦一の兵士にしてみせます!」
彼は挙礼する代わりに、自身の分厚い胸板を拳で叩いた。
また艦隊副司令には第一艦隊の参謀長アルフレート・ブレンデル少将が選任された。もう六十歳に手が届こうかというこの古参の人物は、開戦以来敗北の続く連邦軍において、既に小さいながらもいくつかの勝利に貢献してきた。その迅速を以てなる艦隊運用術は名人との評判が高く、階級が同じ少将であることを考えれば、これは望外の人事と言えた。彼にしてみれば戦隊副司令などという地位は降格に等しく、ハドソン大将の後押しがなければ実現不可能な人事と言えた。しかも若い自分の方が先任である。不服なら忌憚なく申し出るようブレンデルに伝えると、彼は顎に手を当てて黙考しながら「湾内に居座って何もしない第一艦隊より、ずっと働き甲斐のある部署となるでしょうな、この艦隊は……」
ブレンデルも快くウォーケンの下で戦うことを承服した。
ロードバックは昇進して中佐となって惑星キールに着任した。
これもウォーケンが人事局に掛け合った結果だが、人手不足の世の中でなければ、わずか四か月間で少佐から中佐へ昇進などあり得ぬ話だ。彼も幕僚の一人としてウォーケンを補佐することになる。いずれは指揮官として一部隊を任せたいと考えている。彼はそれに見合うだけの能力を有している。これは友人としてではなく、上官としての見識だった。
「共に戦おうという夢がようやく叶ったな。またガキの頃のように思い切り派手にやろうぜ。なあ、ウォーケン」
ロードバックは着任報告を済ますなり、いきなりこう言い放った。
「おいおい、これはガキの喧嘩じゃないんだぞ」
ウォーケンは呆れつつも顔を綻ばせた。
ともかくこれで戦隊司令部の陣容は整った。明日からようやく講義実習に取り組める。だが相手はすべて一から始めなければならない素人の集団だ。彼らグローク人には一刻も早く教官の教えを覚えてもらわなければならない。普通、新兵は海兵団で五か月の訓練期間の後、各艦隊に配属されるのだが、グローク人を教練するのは初めてのことでもあり、ウォーケンには七か月の猶予が与えられていた。だがグローク人が人類に劣らぬ人種であることを証明するには、人類と同じ訓練期間で彼らを優れた兵卒に仕立てなければならない。遅くとも五か月間で訓練を終え実戦に参加すること。これはグローク人部隊である第五四戦隊に課された最初の関門であった。




