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銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に  作者: 風まかせ三十郎


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第06話 父親

「兵士の間には厭戦気分が高まっている。勝利こそが兵士の士気を鼓舞する最高の妙薬だ。小さな勝利でもいい。敵の前線の一角に風穴を開けなければ……」


 ウォーケンの意見にロードバックが頷く。


「連邦議会は半年後の選挙のために大戦果を欲している。軍閥のホイットマンが首班を務める議会だ。軍部も彼らを支援するために大掛かりな作戦を立案するかもしれない。敗北の汚名をそそぐチャンスだぞ。ウォーケン」

「敗北、それはどういうことだ? コンコルディア星域の戦いは負けだったのか?」


 ダフマンが驚いた表情で話に割り込んだ。

 ロードバックはシャンパンを一気に飲み干すと、


「ああ、そうさ。最近の軍部の発表は嘘か大袈裟と思ってまず間違いない。戦況が不利になれば戦果を歪曲して発表するのは古今東西変わらないことさ。歴史を俯瞰してみれば敗戦の予兆といえなくもないが」

「なぜグローク人は兵役に志願できないんだ? これは人類同士の戦いではなく、グローク人が自由を手にするための戦いなんだ。それなのに……」


 ダフマンのグラスを握る手が震えている。

 正義感の強い彼のことだ。兵役が赦されれば喜んで銃を取って戦うだろう。新設される第五四戦隊のことを知ったら、彼はグローク人最初の志願兵となるかもしれない。これは軍機蜜に属することなので、たとえ親友相手でも公言できなかった。


「軍も人手不足なんだ。いずれグローク人にも出兵の機会があるかもしれない」


 ウォーケンはグローク人部隊のことを、ダフマンにそれとなく示唆した。

 ダフマンがウォーケンにグラスを捧げた。


「そのときはぜひ君の指揮下で戦いたいものだ」

「俺もおまえの指揮下なら死んでも悔いはないよ」


 ロードバックもダフマンに倣って、グラスをウォーケンに捧げた。

 ウォーケンも自身のグラスを二人のグラスに重ね合わせた。

 

 パーティーはそろそろ終焉を迎えようとしていた。

 華やかだった大広間にも、お喋りに飽きた人々の沈黙が広がりつつあった。

 

「お坊ちゃま」


 ウォーケンは呼ばれるままに振り向いた。

 この呼び名を赦されているのは唯一人。執事のセバスチャンだけだ。

 

「いい加減、お坊ちゃまは卒業したいのだが」


 何度もそう言って注意を促したのだが、彼は一向に改めようとしなかった。

 二十七歳にもなってお坊ちゃまか……。

 ウォーケンはさすがに苦笑を禁じ得ない。

 セバスチャンが言葉を継いだ。


「父上様がお呼びでございます」


 父トーマスは大広間の奥のソファーから、ジッとこちらを見つめていた。

 

「なんです? 父さん」


 ウォーケンが歩み寄ると、トーマスは一通の電報を差し出した。

 

「作戦本部からおまえ宛に届いた電報だ。四月三十日付けでツーロンの司令部に出頭せよとの命令だ。どうやらグローク人部隊を編成する準備ができたらしい」

「ご存じだったのですか?」

「むろんだ。この計画を大統領に提案したのはわしだからな」


 父は驚く息子に新聞を手渡した。

 べリックの「北極星」の社説だ。


「そこを呼んでみろ。グローク人から大統領への嘆願書だそうだ」


 ウォーケンは指示されたところに目を通した。


”両手が必要なときに片手だけで戦うべきではない。今は貴下の黒い手を縛ったままにしておいて、貴下の白い手だけで戦うときでは断じてない”


 父が裏で画策したのだ。

 べリックの社説なら多くのグローク人が賛同するだろう。


「どうだ、時宜を得た提案だと思わんかね?」

「父さんのお陰で、俺は大任を背負う羽目になりましたよ」

「提案した者も責任を負わねばならんのでな。作戦本部長に言われたよ。なにも息子の命を担保にすることはあるまい、とな」

「父さんが、ハドソン大将に?」


 ウォーケンは一瞬、言葉を失った。

 そんな息子の顔を、父は厳しい目で睨みつけた。


「おまえは政治の贖罪の山羊(スケープゴート)にされたのだ。恨むか? この父を?」

「いえ、やりがいのある任務を与えられて、むしろ光栄です」


 父の顔に初めて笑みが浮かんだ。


「これでグローク人部隊のことは規定事項となった。もはや隠し立てすることもなかろう。このことを皆の前で発表する栄誉に預かりたいのだが」

「ええ、喜んで!」


 トーマスはソファから立ち上がると、衆目を集めるため咳払いをした。

 取り巻きの者が彼に目を向けると、それはさざ波のように大広間の人々に伝播した。

 彼は賓客たちの視線が、すべて自分の向けられたのを知ると、


「ここで皆様に重大な発表を行いたいと思います。今度、我が連邦軍において、グローク人による初の戦闘部隊が結成されることとなりました」


 大広間が人々の歓声でどよめいた。それはグローク人の戦闘能力を訝る声でもある。


「彼らに武器が扱えるのか?」

「彼らに軍規が守れるのか?」

「彼らに秩序立った行動がとれるのか?」


 トーマスは片手を上げて、賓客のざわめきを押さえた。


「その部隊の指揮官に、我が息子クリストファーが選ばれることになりました。これはどんな重責にも勝る難事となるでしょう。どうか彼が、我がウォーケン家の誇りと名誉にかけて職責を全うするよう、皆様も心から祈ってやっていただきたい」


 父と握手を交わすウォーケンに、賓客たちは盛大な拍手を惜しまなかった。

 彼らはウォーケンの前に蝟集すると、口々に賞賛の言葉を投げかけた。

 そんな人垣を縫ってダフマンが興奮も露にウォーケンに握手を求めた。


「君のグローク人最初の部下だ。ウォーケン、よろしく頼む!」


 ロードバックがウォーケンの肩を叩いた。


「俺もおまえの部下となって戦いたい。ぜひ人事局にかけ合ってくれ」


 この発表は少将昇進以上の喝采をウォーケンに齎した。

 だがその裏には多分に同情と憐憫が込められている。それが困難となって自分に降りかかることを、ウォーケンは漠然と感じていた。

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