『は』しか言わない騎士と私 6
「…………は?」
それは、彼ではなく私の口から漏れ出した音だ。
かわいすぎる。その笑顔に、王国中の令嬢が恋に落ちるに違いない。
(だ、誰かと私を間違えた?)
熱があるのだ、その線が濃厚だ。
そう私は、結論づける。
「あの……」
「どうして……」
その瞬間、変化したアルベールの表情は、あまりにも切なかったから。
その時の私は、まだ、アルベールが見せた表情が、三年もの間、私の心を蝕むなんて知らなくて。
踏み込むべきではなかったのかもしれない。明らかに何かを抱えて訳ありの彼に。
「……アルベール」
「……」
眠ってしまったのかな? 苦し気な息遣い。
これだけ高い熱だ、うわ言くらい、誰だって言うよね。
「そう、誰だって……」
ほんの少しだけ、と言い訳して髪をなでる。
そして、なぜか私の手に擦り寄ってきて、ふにゃりと笑った顔に息をのむ。
悪いことをしてしまったように感じて、そっと手を引っ込めようとすると、手を掴まれた。
起こしちゃった……。
完全に、眠ってはいなかったらしい。
うるんで焦点が合っていない瞳が、私を見つめた。
顔が赤い。本当に熱が高いから、お医者さんに来てもらったほうがいいだろう。
「お医者さん、呼んでくるから」
「――――行かないで」
「え? その……」
「そばにいて欲しい」
上目遣いの破壊力が、ものすごく高い。
だって、いつもの冷たすぎる瞳との、温度差が大きすぎる。
どうして、いつも私とは会話すらちゃんとしてくれないくせに。
普段いったい誰に、そんな顔を見せているの。
私に関係ないのは、分かっているけど……。
「……は」
息が苦しくて、言葉を発することが出来ない。
口からようやく漏れ出したのは、小さな息だけだった。
そして、今度こそアルベールは眠ってしまったらしい。
私の手を、子どもみたいに握ったままで。
熱い手を振り払うことが出来なくて、私はアルベールが眠るソファーの横に座り込んだ。
そういえば、不思議だった。
先日起こった、ある事件の後に、アルベールは、私の護衛として選ばれた。
その時に、アルベールの経歴書を見たけれど、驚くほど華々しいものだった。
王立騎士養成所を首席で卒業し、王立騎士団に入って頭角を現したアルベール。
そのまま、出世していけば王族の近衛騎士にだって、騎士団の上層部にだって入れると言われていた。
それなのに、ある突然、王立騎士団を辞職して、辺境伯家の騎士団への入団を志願。
実力派の若手騎士が、魔獣との防衛ラインでもある辺境伯騎士団に志願すること自体はある。
けれど、最前線で戦うはずの辺境伯騎士団に所属していながら、アルベールの位置づけは、私の護衛騎士という微妙なものだ。
「…………私の護衛なんてしていたら、アルベールのしたいことが出来ないのでは」
早朝から、私が眠るまで付き従っているアルベールは、訓練だって欠かさないというのは執事のセイグルからの情報だ。今回のことだって、過労がたたったに違いない。
離してくれない手と、いつものアルベールが、私の頭の中をぐるぐると混乱させる。
もうすぐ、辺境伯領は今まで起こったこともない大災害に見舞われてしまうことも。
アルベールと三年もの間、離れることになることも。
そのあとの再会も、まだ私はあずかり知らない。
次回、アルベールsideの混乱と動揺をお楽しみに(*'▽')
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