『は』しか言わない騎士と私 4
「本日もご苦労様でした」
「は……」
アルベールと私は、アルベールからの『は』の返答一文字だけで意思疎通を図ってきた。
今日も変わることのない、そんな一日だった。
昨日も今日も、たぶん明日もそうに違いない。
「あの、アルベール」
「は……?」
「…………なんでもない」
「え?」
ん? 一瞬、『は』以外の音が聞こえた気がしたわ。まあ、どちらにしても、一文字だから、誤差範囲だろうけれど。
しかし、それが翌日起こるアルベールの異変の前触れだったことを、私はまだ知らない。
「おやすみなさい」
「は」
軽く会釈をするアルベールを残して、扉を閉める。
……出会った時は、こんなじゃなかった。
私たちのファーストコンタクト、私は覚えているけれど、アルベールはきっと、覚えていないんだろうな。
『あの、もう少し飲みますか?』
そう、はじまりは、そんな会話だった。
***
アルベールは、道端に倒れていた。
行き倒れにしては、妙に身なりのいい青年。
そして、おそらく剣を扱うのだろう、鍛えられた体躯。
そして、淡い金髪が陽光にキラキラと輝いていて、私は素直に綺麗だな、と思った。
その時、アルベールの視線が、真っ直ぐ私に向けられた。
「っ……!」
その青い瞳は、鋭かったけれど、あまりに綺麗で見惚れてしまった。
なぜか、アルベールも私から視線を外すことなく、しばらくの間、私たち二人は見つめ合っていた。
「あ、あの」
「……このご恩は、いつかお返しします」
なぜか、赤い顔をしたアルベールが、私から目を逸らした。
おそらく、暑い日光に当てられてしまったに違いない。
もう大丈夫だと、言って聞かないアルベールに、私は、持っていた水筒を押し付けて、日陰に座らせ、立ち去った。
それだけのことだ。
次に会った時、アルベールは、表情を変えることもなく、「リヒター子爵家三男、アルベールと申します。以後お見知り置きを」と、初対面の挨拶をしてきたから、確実に私の顔など見てもいなかったのだろう。
メキメキと頭角を表したアルベール。
執事のセイグルも認めていたから、腕はかなり立つようだ。
「アルベール、よろしくお願いします」
「は、身命を賭してお仕えいたします」
それが、再会初日の会話だった。
そして翌日……。
早朝の薔薇の世話のため庭に出ると、アルベールが剣を振って自主訓練していた。
「精が出るのね。えらいわ」
「はっ? え……。恐れ入ります」
それが、2日目の会話だ。
至って普通の騎士と令嬢の距離感と言えるのではないだろうか? そうだよね?
そして3日目。
「おはよう、リヒター卿」
「……アルベールと」
「うん? そうね、年もそれほど違わないし。アルベール、今日もがんばってね?」
「っ……?!」
なぜか、アルベールが胸を押さえた気がした。
去っていく私の後ろで、「俺は一体何を言った……?」というつぶやきが聞こえた。
そしてその日の夕方、彼は変わってしまった。
「おつかれ様。活躍は、耳にしているわ。セイグルに認められるなんて、アルベールは、すごいのね」
「は…………」
「……? えっと、おやすみなさい」
「は」
そのまま、恭しくお辞儀をしてきたアルベール。
あの時からだ、彼が私の前では『は』か『は?』しか発さなくなったのは。
「えっと……。そこまで気に触ることしたかしら?」
首を傾げながら、ベッドの掛け布団をめくって、その中に入り込む。
「上から目線で褒めたのがいけなかった?」
その日は、なかなか寝付くことができなくて、寝返りばかり打っているうちに、朝が来てしまった。
物語時間明日のアルベールをお楽しみに(〃ω〃)
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