『は』としか言わない騎士と私 3
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アルベール・リヒターは、辺境伯領で、その優秀さと並んで寡黙な騎士として有名だ。
騎士団では、最低限の会話をきちんとこなし、令嬢たちに話しかけられれば、最低限の返答をするらしい。
もちろん、騎士としての挨拶だって、完璧だと噂で聞いたことがある。
『王立騎士団、アルベール・リヒター、この剣に誓いミラベル様をお守りいたします』
『まあ…………』
もちろん、先ほどの会話は、私の妄想だ。
私は、彼がまともに会話をしているのを、聞いたことがない。嫌われている。
「アルベール、少し街に視察に行くわ」
「……は」
そう伝えると、本当に表情筋が心配になってしまうくらい無表情にアルベールが返事をした。
確かに、多くを語る護衛騎士は嫌われるかもしれない。
だから、辺境伯令嬢とその護衛騎士として最低限の会話は、これで成り立っていると言えよう。
――――え? 本当に?
馬車に乗り込もうとすれば、当たり前のように私に手が添えられ、羽のように体重が軽くなったのかな? と思うくらい軽やかに馬車に乗り込むことが出来た。
絶妙の力加減だ。やはり、マスター級の騎士は違う。
護衛としての腕だけでなく、完璧すぎるエスコート。アルベールは、騎士の中の騎士なのだろう。
今日は、苦しいコルセットもつけず、街によくいる女の子のようなファッションに身を包んでいる。
流行を取り入れている、最近は海のような青い色が流行っているらしい。
私も、袖に控えめに飾られたリボンに、青色を取り入れた。
「あ…………。きれいな髪留め!」
街中で私が目を止めたのは、露店に並ぶ髪留めだった。
もちろん、辺境伯令嬢が身に着けるような代物ではないことは理解している。
でも、そのうちの一つは、アルベールの瞳の色をしたガラスのビジューがついていて、とても心惹かれる。
「お嬢ちゃん。彼氏とデートかい?」
「えっ、あの」
(そんな風に見えるのかな?!)
「…………は?」
(…………ですよね~)
たしかに、街を歩いていても違和感のないように、最近街で流行っているワンピースに身を包んだ私は、庶民に見えることだろう。
だから、そんな氷点下の瞳を、露店のご主人に向けてはいけません。アルベール……。
「…………」
「アルベール?」
固まってしまったご主人を一瞥し、言葉を発することもないまま、私の袖口に飾られたリボンを目にしたアルベールが手にしたのは、たった今見つめていた青いビジューが付いた髪留めだった。
その髪留めをつまんで、しげしげと袖口のリボンと見比べた後に、値札に書かれた値段にいくぶんか色を付けて、料金を支払ったアルベール。
誰かにプレゼントするのだろうか? なんて、ぼんやり眺めていたら、なぜかその直後、私の髪の毛には、その髪飾りが飾られていた。
「えっ、どうして私が欲しい髪飾りがわかったの?」
「っ、…………」
アルベールから、返答はなかった。
けれど、なぜか私の瞳を真っすぐに見つめる、髪留めのビジューと同じ色をした瞳は、いつもよりも温かさをたたえているように私には思えた。
なぜだろう。今日は、アルベールが異常にかわいく見えるのは。
みなさーん! 私の騎士が、かわいすぎますよ!
「アルベール。うれしい! 素敵な髪留め、ありがとうございます」
その瞬間、なぜかアルベールは大きく目を見開いた。
その瞳を縁どる淡い金色のまつ毛が、思ったよりも長いことに私が気がついた瞬間、その瞳はいつも以上に氷点下になったような気がした。
「あの、アルベール?」
「…………は?」
あ、やっぱり嫌われているらしい。
冷たい瞳に、射すくめられてしまったかのように、私の心臓は時を止めたのだった。
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