『は』としか言わない騎士と私 2
アルベールは、リヒター子爵家出身。
魔力の強いリヒター子爵家は、代々騎士を輩出している。
白い騎士服は、陽光のせいでますます白く、紺色の辺境伯騎士団を表すマントが爽やかな風に揺れる。
こうして立っていると、これほどカッコいい騎士なんて、王都にもいないと思えてくるよね……。
「いいお天気ね? アルベール」
「…………は」
庭園に造られた薔薇のアーチと、テーブルに椅子。
私のお気に入り、のんびりスペースだ。
空はどこまでも青く、同じ色をしたアルベールの瞳は……。どこまでも氷点下だ。
心なしか、周囲の温度が下がったような気がして、私はフルリと震える。
風が吹いてきて、空が急に暗くなった。
てっきり、アルベールの視線があまりに冷たいものだから、体感温度が下がったのかな? と思ったけれど、実際に温度が下がって来たらしい。
「戻りましょうか?」
「……は」
立ち上がると、あっという間に晴天は黒い雲に覆われて、大粒の雨が降り始める。
濡れてしまうな、と思ったとたんに、ばさりと私の頭に何かがかぶせられた。
それは、アルベールのマントだった。
…………どうしよう。なんでこんなに、いい香りがするの?!
違う違う。そうじゃない。マントがなかったら、アルベールがびしょぬれになって……。
それなのに、アルベールは、いきなり私の手を掴むと足早に歩き始めた。
「アルベールが濡れてしまうわ!」
「…………は?」
さっきより温度が下がった気がしたのは、その声音があまりにも冷たかったせいに違いない。
私は、少しだけ震えながら、小走りでアルベールに手を引かれて走った。
こういう時に、庭が無駄に広いというのは問題だ。
アルベールが、玄関の扉を開ける。
玄関に入ったとたん、たくさんの辺境伯家の従業員たちに取り囲まれて、そのままお風呂に連れていかれた。アルベールは、びしょ濡れのまま、私が出てくるまで黙って待っていた。
「え? アルベール、びしょ濡れで何しているの?!」
「…………は」
「さ、さっさと着替えてきて!」
「…………は?」
さっさと着替えてきて欲しくて、アルベールの背中を押す。
アルベールがなぜか抵抗する。
「アルベール殿。お嬢様のお手を煩わせてはいけません」
「………………わかりました」
最後に、執事セイグルにたしなめられると、しぶしぶ、本当にしぶしぶというように、アルベールは着替えに行った。
護衛をしている時間帯、アルベールは私から離れることを、ものすごく嫌がる。
職務怠慢なんて、誰も思わないのに、アルベールは真面目過ぎるのではないだろうか。
それより気になるのは、アルベールは、私には「は」か「は?」しか言わないのに、セイグルとはきちんと会話をしているということだ。
どれだけ嫌われているの、私……。
それなのに、私専属の護衛騎士に任命なんてされてしまって、苦痛ではないのだろうか?
「ね、セイグル……。護衛の件だけれど」
「おそらく変更すると、死者が出ると思われます」
「は。なにそれ、怖い」
穏やかな笑顔のまま、不穏すぎる言葉を発したセイグル。
もちろん、聞き間違いに違いないけれど、私は護衛騎士の交代について考えることを、いったん保留にすることにした。
そのあと、最速かな? というくらいのスピードで、着替えてきたアルベールは、濡れた髪のまま私の後ろに立った。
「ねぇ、アルベール」
「は……」
「ちょっとそこに座って」
「は……?」
持ってきた椅子にアルベールを強引に座らせる。
私は、持ってきたタオルで、アルベールの髪の毛をごしごしと拭き始めた。
アルベールの柔らかい金色の髪の毛が、水滴と一緒に輝いてとてもきれいだ。
「びしょ濡れのままでは、風邪をひいてしまうわ」
「っ…………。は」
拒否されるかな? と思ったのに、アルベールは、黙って拭かれている。
いつも、言葉と視線は冷たさで凍り付きそうなのにもかかわらず、こういう時はなぜか素直なことが多い。
タオルの影のせいか、零れ落ちる雫の反射か、アルベールの口元が少しだけ緩んでいる気がする。
雨に濡れた愛犬を、拭いているような楽しさに、自然と笑顔になる。
だから、ほんの少しだけ、気分が上がって口が滑ってしまった。
「アルベールが風邪をひいてしまったら、私、悲しいもの」
マントを借りた手前、風邪など引かれてしまったら、罪悪感で夜中うなされそうだ。
「………………は?」
その視線は、たぶん真冬の吹雪よりも冷たいに違いない。
そして、その声音も。
それなのに、よっぽど冷え切ってしまったせいか、耳が少し赤いアルベール。
んっと……。いつも鍛えている騎士様相手に、雨に濡れたくらいで、風邪をひかないか心配するなんて、もしかしたら失礼なことだっただろうか?
自分の言葉の配慮のなさに、若干の申し訳なさを感じつつ、上目遣いに見つめていた私は、今日も露骨に目を逸らされたのだった。
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