『は』としか言わない騎士と私 1
リヒター子爵家の三男アルベールは、辺境伯令嬢である私の護衛騎士として、ごく最近配属された。
それからというもの、私が朝起きてから眠るまで影のように付き従ってる。
今日は、初夏の薔薇をイメージしたドレス。
侍女たちに着替させてもらって部屋を出る。
扉の前には、早朝にもかかわらず、すでに白い騎士服を完璧に着こなしたアルベールが、直立不動で控えていた。
「おはようございます。アルベール」
「は……」
剣の腕は、すでにこの若さでマスター級。
精鋭ぞろいの我がコースター辺境伯家で、めきめきと頭角を現したアルベール。
騎士団長の覚えもめでたく、ご令嬢たちにも、ものすごく人気がある。
それもそのはず、淡い金の髪は、太陽に透けて輝き、その瞳は光をうけた美しい海のよう。
整った鼻筋と薄い唇、均整の取れた体格で長身。
アルベールは、物語から出てきたような外見をしている。
その上強いだなんて、完璧だ。完璧すぎる騎士だ。
しかし、アルベールの特徴として、完璧な騎士であること以上に特筆すべきは、その氷点下の視線だ。
それに加えて。会話らしい会話が成立しないことだろう。
今も、その瞳は私から少しも逸らされることなく、ブリザード吹き荒れる氷点下の温度を保ったままだ。
そんな彼を前にすれば、嫌われているのだと、思わないほうが難しい。
けれど、その行動は、成立しない会話に矛盾していて、とてもかわいらしい。
氷点下の視線と言動に時々、嫌われているのかな? という思いが拭えないながらも、毎日アルベールの行動を見守るのが、私の最近のひそかな楽しみだ。
「アルベール。そろそろ、去年植えてもらった薔薇が満開だわ。見に行きましょう」
「は……」
無表情のまま、返事も「は……」あるいは「……は?」の一言しか発することのないアルベール。
それでもその手は優雅に差し出されて、私をエスコートして庭へと連れ出す。
ほほ笑むこともないけれど、そのエスコートはまさに完璧。完璧な護衛騎士なのだ、アルベールは。
表に出てみれば、初夏の日差しを浴びて、庭園を埋め尽くすほどたくさんの薔薇が、美しく咲き誇っていた。
その中でも、私のお気に入りは、ローズピンクからクリームイエローのグラデーションが可愛らしい大輪の薔薇だ。
黒髪と黒い瞳、辺境伯領と国境の特徴である切れ長の瞳をした私は、妖艶な印象だと言われることが多い。でも、私は可愛いものが大好きなのだ。
「可愛らしい……」
庭師が手に入れてくれた隣国生まれの可愛らしい薔薇。
去年植えてもらってから、私は毎朝せっせとお世話をしていた。
「ようやく咲いた……。きれいな薔薇。やっぱり植えてもらって正解だったわ。――――少し可哀そうだけれど、一輪だけ分けて頂戴ね?」
この後、侍女に渡して、部屋に飾ってもらおう。
部屋に飾られた薔薇をイメージしてニコニコしながら、薔薇を手折ろうとすると、骨ばった大きな手が、それを阻んだ。
「アルベール?」
「…………」
何も言わないまま、薔薇を自らの手で一輪手折ったアルベールは、おもむろに棘を取り除き始めた。
そして、完全に棘が取り除かれた薔薇が私に差し出される。
初夏の澄んだ空気が見せる幻だろうか。
柔らかい光の中、ほほ笑んでいるようにも見えるアルベール。
私は、うれしくなってしまい、その薔薇を受け取ると、アルベールにお礼の言葉を告げた。
「ありがとうございます。うれしい。アルベールは、気が利くのね!」
「…………は?」
再び氷点下の瞳が、私を射すくめた。決闘の対戦相手が泣いて詫びそうなくらい、その視線は鋭い。
……ほほ笑んだように見えたのは、おそらく初夏の光の加減によるものだったのね。
そう私は、結論付けたのだった。
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