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嘘吐き騎士は英雄になる(sideアルベール)



 ミラベルから離れても、彼女を死なせてしまうことは、もうない。

 時が満ちたことは、自然と理解できた。

 アルベールは、手の中のブローチに、ひそかに口づけを落とす。


 長かった日々が終わることが、あまりに悲しく、そして嬉しい。


「――――どれだけ、その声に応えたかったことか……」


 きっと、ミラベルはアルベールから嫌われていると思っているだろう。

 それなのに、けなげで優しい彼女は、アルベールに向けていつも笑いかけてくれた。


(その事に、いつ死んでもいいと思ってしまうくらい喜んでしまう。そして、彼女にだけはこの気持ちを気づかれてはいけないという事実に、苦しくて死にそうになる)


 恋になんて落ちないと思っていたことが嘘のようだ。

 思い返せば、アルベールは出会った瞬間に恋に落ちていた。

 それだけに、魔女のことが腹立たしくもあり、それ以上に彼女を裏切った祖先のことを許せないと思う。


「浮気をして惚れた女を魔女に変えてしまうなんて移り気なこと、俺だったら絶対にしない」


 だからこそ、アルベールは他の人間よりも、強く執着されてしまったのかもしれない、魔女に。

 その色合いだけが理由ではなく。


 それにしても、とアルベールは思う。

 北極星の魔女と、リヒター子爵家に残された資料を調べていても、いつだって魔女は子爵家の男子が恋した女性をすぐに殺していた。

 こんな風に、回りくどい方法をとったことなどなかった。


 それが、不思議で仕方がない。

 もちろん、ミラベルが今も命をつないでいることは喜ばしいに違いないが、なぜ魔女は今回に限って辺境伯領を巻き込んでミラベルを直接殺さないのだろうか。


「…………ミラベル」


 その名を、どんなに呼びたいと思ったことか。

 アルベールは、マントの留め具部分にブローチを付けてそっと長い指でなぞる。


 触れたくて、声をかけて、許されるなら、この腕の中に彼女を閉じ込めてしまいたい。

 それは、きっとアルベールが魔女の子孫だからに違いない。

 魔女の血を、確かに受け継いでいるのだ。アルベールは……。


「王都に」


 アルベールは、覚悟を決めていた。

 いったんは辞めた王立騎士団。

 だが、アルベールには王太子という、強力な伝手がある。

 

 そして、側妃の子でありながら王太子となったかつての学友は、その治世を磐石なものにするために、英雄という存在をその手中にすることを強く望んでいた。


「それならば、魔女を倒し、英雄となる」


 アルベールの剣は、師となったかつての辺境伯騎士団長セイグルの指導を受けて、以前とは比較にならないほど切れ味を増している。


 王太子から送られてきた手紙には、騎士団主催の剣術大会の招待状が入っている。

 そして、高価な転移魔法陣も同封されていた。


「奮発したな……」


 それだけ、王太子の期待は高いということだ。喜んで駒になろうとアルベールは口の端を歪める。


 大会に参加し、剣の腕を証明すれば、王立騎士団である程度の位置で復帰を果たせるだろう。

 すでに、王立騎士団では、北極星の魔女討伐のための編成が行われている。


(なんとしても、圧倒的な力を示して優勝し、選抜隊の指揮権を手に入れる)


 アルベールは、転移魔法陣を発動した。

 必ず、ミラベルを救って見せると、心に決めて。


 ***


 転移魔法陣がアルベールを連れて行った先は、まさかの王太子の私室だった。

 王太子ロータスは、まるでアルベールが今から来るということを知っていたかのように、ソファーに優雅に座っていた。


「――――危機管理があまりになっていないのではないですか? ロータス殿下」


 そんなことを言ったのに、振り返ったロータスは笑顔だった。


「君が俺を殺そうと思ったら、別にどんな場所からでもそれができる。それなら、手っ取り早くこの場に呼んだほうがいいという判断だ」

「恐悦至極に存じます」

「やめなよ。君らしくない」


 茶色の髪と瞳、平凡な色に生まれた王太子ロータスだが、その顔は甘く美しい。

 しかし、側妃の子でありながら、ほかの王位継承者を押しのけて、王太子の位置に上り詰めた彼は、目的のためには手段を択ばない。

 それでも、アルベールとロータスの間には、間違いなく友情というものが存在する。


 それは、二人が似た者同士だからなのか。

 それとも、神に与えられたと言われるほど、お互いが高い能力を持つが故か。

 ……二人の持つ孤独の運命のせいか。


「まさか、君が恋に落ちて、それを最優先するなんてね?」


 ロータスの言葉は、からかい半分、残りは何故? という本心からの疑問を含んだものだった。


「そうですね。俺も、今でも、信じられないです」


 むしろ他人に興味が持てなかったアルベール。

 おそらく、魔女の呪いのせいで、誰かを好きになってしまうような関係の構築を無意識に避けて来たのだろう。


「まあ、俺はどちらでもいい。生き残って英雄になれ。それだけが俺の命令だ」

「御意」


 もちろん、その後の大会で圧倒的な実力を見せつけて優勝したアルベールは、王太子ロータスにより選抜隊の指揮官に任命された。


 旅立ちの朝、自ら見送りに来た王太子は、未来の英雄の背中を見送る。


「しかし……。コースター辺境伯令嬢から贈られたあのブローチ。アルベールは、気がついていないようだが、あんな品物贈られるなんて、間違いなく相思相愛じゃないか」


 王太子ロータスの言葉は、誰にも届かずに消えていった。

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いつも作品をご覧いただきありがとうございます。 たぶん、この作品が好きな方は、こちらもお好きだと思います。 ぜひ、↓のリンクから一読いただけると、うれしいです。 『飼い犬(?)を愛でたところ、塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。』
― 新着の感想 ―
[良い点] ブローチにひそかに口づけを落とすところが好きです^_^ ひびが入ってしまってもその価値は変わりませんね 甘い美貌のロータス殿下(≧∀≦) 手段を択ばず上り詰めた殿下にも、ぜひ恋に堕ちてほ…
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