嫌われ令嬢と言葉少なくない婚約者 2
***
婚約の釣書には、ご丁寧に王都までの転移魔法陣まで同封されていた。
う……。貧乏になった今となっては、この値段にクラクラする……。
たぶん、その魔法陣は、アルベールが去るときに渡したブローチと同じくらいだ。
「使い捨て……」
魔法陣は二人分だ。
振り返ると、いつもの執事服から、辺境伯騎士団の控えめな金の縁取り、黒い詰め襟の騎士服に着替えたセイグルが頷いた。
「セイグルが、カッコいい……」
「今となっては、英雄殿には遠く及ばないこの身ですが、必ずやお嬢様をお守りします」
「え……。どうしてセイグルが私の婚約者じゃないの」
「愛する妻がおりますゆえお許しを」
冗談を言うと、セイグルが娘を見るように笑う。
私は知っている。セイグルの一人娘は、辺境伯騎士団長として活躍していた時、病で亡くなった。
それ以来、騎士を引退したセイグルを、父が引き止め執事をしてもらっていたのだ。
だから、どこかいつもセイグルが私を見る目は、娘を見るようでもあった。
エスコートの手が優雅に差し出された。
私は、ほんの少しだけ緊張を緩めて、転移陣の上に久しぶりに履いた、高いヒールの靴で乗った。
***
そしてたどり着いた、王城。
「あの、セイグル?」
「ものすごい歓迎ですね……。もしかしたら、英雄の凱旋並かもしれません」
「いや、それは話を盛りすぎでしょう?」
けれど、思わずうなずいてしまいそうになるくらいの人で溢れている。
その中を進む私とセイグル。
「あれが噂の……」
「英雄の……」
どこか不穏な単語が飛び交っている気がする。
いったいどんな噂が王都で流れたのだろう。
情報は、いつも集めていたつもりなのに、やっぱり少し辺境伯領と王都は遠い。
その時、見知った姿かたちの騎士が、こちらに向かって駆けてきた。
時が止まる。
だって、あり得ない。
あんなふうに、私のほうにあの人が、駆け寄ってくるはずない。
「――――ミラベル!」
――――初めて名前を呼ばれた!
その衝撃は、頭を強く殴られたみたいだった。
それでも、周囲の視線が集中している今、辺境伯家としての風評を落とすわけにもいかない。
私は、優雅に英雄に向けて礼をする。
「っ、リヒター卿……。この度は」
「会いたかった」
「えっ?!」
「……相変わらず、美しいな。あなたは」
そのまま抱きしめられる。
あまりのことに、私の体は凍り付いたように動かなくなった。
――――あなた誰ですか?!
どう見ても、アルベール・リヒター本人の姿かたちをした麗しい騎士を前に、私はその言葉を辛うじて呑み込んだ。
斜め後ろに控えていたセイグルは、なぜか感慨深げに何度も頷いていた。
私からは、見えなかったのだけれど。
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