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嫌われ令嬢と言葉少なくない婚約者 1



 戦いから戻ってきたセイグルは、変わらずに執事をしてくれていた。

 北極星の魔女がいなくなった、辺境伯領は元の平和をゆっくりと取り戻しつつある。


 それでも、三年もの間、北極星の魔女が暴れまわったせいで、領民たちは毎日の食料にも、衣服にも困っている。

 コースター辺境伯家の、宝物庫は空になった。

 私も、ドレスも宝飾品も、最低限だけを残して売ってしまった。


 そんなわけで、現在の私の姿は、王都にいる平民の女の子と変わらないだろう。

 それにピッタリなアクセサリーを、一つしか持っていない私は、今日も青いビジューのついた可愛らしい髪飾りをつけて鏡を見た。


「それにしても、セイグル」

「どうなさいましたか、お嬢様」

「ようやくコースター辺境伯領が平和になったから、婚約者を募集したのに、誰も来ないわね?」

「…………それはおそらく」


 たしかに、疲弊した領土、空になった宝物庫。

 貧しくなってしまった辺境伯家には、以前のような魅力はないかもしれない。


 それでも、長い歴史を誇る辺境伯家の婿になりたいという人間なら、たくさんいるはずだった。

 ほかにきょうだいのいない私と結婚すれば、少なくとも辺境伯という名前を手に入れることが出来る。

 お金がある貴族たちから、婚約の打診が山のように訪れてもおかしくない状況のはずだ。


「――――そこまで、魅力がないのかしら?」


 私としては、領民のことを思ってくれて、一緒に辺境伯領を立て直してくれる人なら、そこまでえり好みするつもりはないのに……。


「いっ、いいえ! ミラベルお嬢様は、誰よりもお美しいです」

「でも、結婚相手を探し始めてから、まったく婚約の打診がなかったわ」


 そんな会話があったその日、私の元に一枚の釣書が届いた。

 お父様は、疲れ切っていたけれど、なぜか嬉しそうだった。

 そんなにも、条件の良いお相手だったのだろうか?


 領民たちの生活が少しでも良くなるならよかった、という正直な気持ちと、ちらちら浮かんで消えてくれない一文字の声。


 私の元に届いた婚約打診の釣書には、お相手の名前が記入されていなかった。


「え、怪しい……」

「ミラベルお嬢様……。しかし、恐れ多くも国王陛下の直筆サインが」


 貴族同士の結婚には制約が多い。少なくとも、叛意の芽を摘むという意味で、国王陛下のお許しがなければすることが出来ない。

 とはいっても、釣書の段階から、国王陛下直筆のサインがあるなんて聞いたこともない。


 それとも、私が辺境伯領の立て直しのために社交界から離れて、走り回っている間に常識は変わってしまったのだろうか。


「…………だって、この釣書って、どう見ても」


 露骨に目を逸らされたところを見ると、お給料が払えないにもかかわらず、没落したコースター辺境伯家に戻ってきてくれた得難い執事であるセイグルも、私と同じ見解なのだろう。


 身長は高く、青い目と淡い金の髪。

 騎士として働いていて、剣の腕はマスター級。

 子爵家の三男だが、その活躍が認められ、王太子殿下の近衛騎士に抜擢された。


 どう考えても、この釣書の内容に当てはまる人を、私は一人しか知らない。

 でも、私には選ぶ権利も余裕もない。


「――――アルベール・リヒター」


 あれから3年だ。

 アルベール・リヒターは、その手腕と武功の数々、とくに北極星の魔女を打ち取った功績で、王太子殿下の近衛騎士に任命されたという。

 近衛騎士として王太子殿下の覚えもめでたい彼は、王都で英雄だともてはやされて、叙勲と領地を賜る話も出ているという。


 うわさでは、お姫様と婚約するかもしれないって……。


「大出世……。だから、もう関わることなんてないと思っていたのに」


 そう、だから私は、自分の気持ちにけじめをつけて父が婚約者を探すのを了承したのに。


 ため息をついた私のことを、慈愛を込めた視線で見つめる執事のセイグル。

 白髪交じりの髪と、こげ茶色の瞳。家族みたいな存在の彼が口を開く。


「僭越ながら、これ以上にない婚約相手と存じます」

「そうね……。辺境伯という名がふさわしいと思うわ」

「そういう意味ではないのです」


 アルベールの言動を振り返る。

 その行動は、優しくて、護衛騎士として完璧だった。


 でも、やっぱりあの視線、「……は」と「は……?」だけの返答。


 ――――嫌われている! 嫌われていたに違いない!


「えっと、お断りのお返事を」

「不可能です。国王陛下直筆のサインがある以上、指定の日時に王城へ行かなければ、コースター辺境伯領に叛意があるとみなされます」

「……わかったわ」


 指定の日時まで、それほど猶予はない。新しいドレスをなんとか工面する時間もない。もう、出発する必要がある。


 ――――こんな、ギリギリの日程。嫌がらせかしら?


 ため息を一つつくと、辺境伯令嬢として最低限必要な役目のために残しておいたドレスに袖を通した。


 それは「全部売ってしまっていい」と言ったのに、なぜか辺境伯家の従業員たちが、絶対に売ってはいけないと頑ななほど結束したため売らなかった、青いドレスだった。

次回、再会です(*'▽')

溺愛ゲージを振り切っていきます。


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いつも作品をご覧いただきありがとうございます。 たぶん、この作品が好きな方は、こちらもお好きだと思います。 ぜひ、↓のリンクから一読いただけると、うれしいです。 『飼い犬(?)を愛でたところ、塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。』
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