城へ
それにしても、だ。
既に外は暗い。
なのに今から外に出る必要があるんだろうか。
もうどうせ大した行動はできないだろうし、このまま宿に居残った方がいいんじゃないか?
そう思いつつ廊下を進むも、前を歩く彼女には宿に残る気なんて無いらしい。
真っ直ぐに玄関の方へと向かい、躊躇することなく外に出ていく。
追いかけて俺も外に出ると少し冷える。
薄着のせい……というか、今にして自分の格好を改めてみればパジャマ代わりに来ているジャージ姿で、この世界の服装としては実に似合わず不恰好。
まさか現実の世界で寝ていたときの格好そのままとは。
うーむ、夢の中なら自分の好きな格好にもできたんじゃないか……。
急に左手が暖かくなって、反射的に見れば俺の手が握られている。
視線を上げれば隣にリンが居る。
って、リン!?
「き、急にどうした?」
「嫌?」
「いや、もちろん嫌じゃないけど……」
「そう。よかった」
ようやく夢らしい展開に出くわしたかと思えば、リンは目を閉じると何やら独り言を呟き始める。
それが詠唱らしきものであるのだとは、周りが光に包まれ始めたことでようやく理解できた。
「これって……まさか魔法なのか!?」
リンはただ頷いて答えた。
「でも魔法って――」
何をする気なんだ!?
答えを聞く前に俺たちの体は浮き出していた。
リンは俺もちゃんと浮いているのか確かめるようにチラッと振り返り、目が合った。
彼女は僅かに微笑んだ。
「ちょ、待って――」
眩い光が迫り、俺たちを包み込んで――
「……あれ?」
眩い光が消えると景色が一変していた。
それに足も地面に着いている。痛みも特にない。
辺りが薄暗いことに変わりはないが、前方の巨大な建物には灯りが見えた。
目の鼻の先。そこにはいかにも洋風な城があった。
荘厳な雰囲気をまとい、ゲームだったら魔王でも住んでいそうな城だ。
おいおい、まさかいきなりラスボス戦か?
夢にしたって唐突過ぎるだろ。
「あれは王城よ」
隣に佇むリンが、俺の疑問に答えるように呟いた。
「王城?」
「ええ。思ったより、離れた場所に出ちゃったけど……」
リンは俺の方を向き目が合うも、すぐに目を逸らした。
「ごめん……一から説明したいところなんだけど……」
リンは俺に手を伸ばしてくる。
なんだ? また手を繋ぎたいのか。
そっけない態度のくせに実は甘えん坊……いや、これが俗に言うツンデレっ子というやつか!?
仕方ないなぁと俺は再び手を握ろうと――
……よく見ると彼女の手は、微かに震えていた。
「もう、時間がないの」
俺は彼女の手を取り、握るとリンはすぐに歩き始める。
宿の時と同様に彼女が一歩先を歩き、俺は彼女に従い歩く。
城門までには一本の長い橋があり、門番からも俺たちの姿は既に見えているだろう。
無論、俺たちも見える。
門番は二人。甲冑姿から人間だと分かり、どうやら魔王城ではなさそうだぞと安心した。
いや……待てよ。
甲冑の中身が人間とも限らないのでは?
そう思うと俺の心臓が再び大きく波打つのを感じたが、リンは構わず歩みを進めていくので足を止めるわけにもいかない。
とうとう門前にまで来ると、甲冑を着た兵士一人が近づいて来る。
兵士はリンの目の前にまで来ると足を止め、彼女の顔を覗き込むようにしてから少し仰け反って見せた。
「分かるでしょ? 急いでいるの。さっさとそこを通して!」
兵士はリンにそう言われても何も答えず、俺の方を向いた。
だが何も言わず、次には踵を返して門の向こうに行ってしまった。
おそらく確認しに行ったんだろう。
もう一人の甲冑は相変わらず微動だにせず、飾りなんじゃないか? と疑いたくなる。
俺たちはただ待たされた。
暇なのでリンの方を見てみる。
彼女の右手はまだ俺の左手を握っており、空いた左手の人差し指は苛立ちを示すように何度も彼女の太腿の上でタップを繰り返していた。
ようやく戻って来た。
そう気付いたのは、姿を消した甲冑が戻ってきたからではなかった。
音だ。
鉄のきしむ音。
鉄のきしむ音が何重にも重なって聞こえ、こだまのように耳に張り付いた。
ハッとして振り返れば、反対側からも迫りくる甲冑姿がぼんやりと見えた。
ぎゅっと、左手が強く握られたことに反応して前に向き直すと城門が開いていて、ざっと見ても十人以上の甲冑姿が目に入った。
後ろ、橋の方からも迫り来る甲冑の兵士たち。
完全に囲まれた。
おいおい、これはヤバいんじゃないのか……!?
「……これはどういうこと?」
怯える様子もなく、リンは俺の手を放すと腕を組んで相変わらず気丈な態度のまま甲冑たちに訊ねた。
すると一人の甲冑が前に出ると初めて声を聞かせた。
「王の命ゆえに――」
「これが? ……なるほどね。ところでカールは?」
「団長はここには居りません。然るに私が――」
「……そう。ならいいわ」
「おいおい、結局どういうことなんだ!?」
橋の方からの兵士も着実に近づいてきていた。
全員が武器を構えている。
穏やかな雰囲気じゃない。
殺意が剥き出しだって事ぐらい、俺にだって分かった。
「こいつら、私たちを殺すつもりでしょうね」
リンが他人事のように言う。
……っ!?
は? なんでいきなり殺されるような展開に――
って、これ夢じゃねーか!
こんな理不尽な状況だって、夢ならありえる。
いや、むしろ夢ならではと言えるだろう。
だったら――