百聞は
「は……?」
何で宿屋?
俺がそう言うのを見越しているように、リンは先に口を開く。
「そこで私の言っていることが本当だってことを証明してあげるから」
ってことだから、とリンは翻るとすぐに歩き始める。
……確かに、実際に自分の目で確かめるのが一番かもしれない。
「ちゃんと付いてきなさいよ」
振り返って見せる顔は、悪戯っぽい笑みを浮かべているようにも見えた。
「……わかった。でも俺は金を持ってないぞ」
「今更そんなこと言う? そんなこと最初から分かってるわよ」
さっきの支払いだって、私が払わなかったらどうする気だったの? とリンは続け、俺は何も言い返せない。
どうやら主導権はすでに握られてしまっているみたいだ。
渋々ながら俺はリンの後に続く。
歩き始めて周りに意識を向ければ、まだ日は高くて暖かく心地の良い日和。
だが辺りに目を向けても人の気配はない。
「……なあ、この村ってなんか人が少なくないか?」
「そうね」
リンは興味がなさそうに答える。
しかし人気のなさの割に、目に入る民家の数は少なくない。
さっきの店にはそれなりに人が居たし、廃村というわけではなさそうだけど……。
結局、誰ともすれ違うことなく、誰の姿を見ることもないまま歩みを進めていくとリンが急に足を止めるので背中にぶつかりそうになった。
「着いたわよ」
リンが振り返ると俺との距離は近く、初対面の時みたいに目の前に顔が。
だがリンは驚きもせず「さあ行きましょう」と再び前を向く。
躊躇せず中に入って行くので後ろに続くと、すぐ先には受付が。
そこには流石に人の姿があってホッとする。
受付には店主らしき中年の男性がいて、有名ゲームの主人公みたいな立派な髭を貯えていた。
「ここで待ってて、すぐに済ますから」
そう言われて犬みたいにじっとして待っているとリンは僅かな会話で受付を済ませたらしく、記帳はしなくていいのか? にしても本当にゲームで見るような宿屋だな、なんて考えていればポンと頭の上に手が乗せられ、気付けばリンが戻ってきていた。
「うん、おとなしく待っていてよろしい」
頭を撫でられ、俺は犬かと言いそうになる。
「じゃあ行きましょうか」
と率先して進み始めるリンに続いて行けば、行き着く先は一つの部屋。
つまり相部屋だ! ベッドも一つだけ!!
にしてもまさか相部屋、それにベッドも一つだけとは……。
「仕方ないじゃない。私だってお金が有り余ってるわけじゃないんだから」
「えっ!? ま、まさかリン、俺の心を読んだのか!?」
「そんなわけないでしょ。全部口から出てたわよ」
「ま!? し、しまった……!!」
「とりあえずあなたが間抜けだってことはもうよくわかったから、それよりもほら、見てみなさいよ」
間抜けだということに頷きたくはないが、とりあえずはリンが指差した先に目を向ける。
そこには鳥籠があった。
ベッドの横には鳥籠が置いてある。
何でこんな場所に鳥籠が?
中には一羽の鳥が見える。
「……って、まさか」
これがリンが言っていた”睡眠物”というものなのか!?
「それが睡眠物。その籠に入ってなければガロッシュって呼んでただろうけどね」
聞き慣れない単語はどうやらこの鳥の種類らしい。
けっこう大き目のガロッシュね、とリンが呟いたことからそう思い、
この鳥は大人しくて全然鳴かず、見た目としては黒いオウムみたいだ。
一見して肥えており、猫よりちょっと大きいぐらいの図体がある。
「これぐらいの大きさなら、六時間は眠れるんじゃないかしら」
「六時間!? じゃあ、それ以上の時間が経ったら……?」
「そんなの、目が覚めるだけに決まってるじゃない」
何言ってんの? と言わんばかりにリンは見つめてくる。
それでも俺は眠ることに犠牲がいるなんて、まだ信じ切れない。
「まだ信じないって言うなら、見てなさいよ」
そう言ってリンはベッドに飛び込むとトランポリンみたいに跳ね、仰向けになって着地する。
「私、実は仕事終わりで疲れてるのよ。だからどうぜ、これから眠るつもりだったの」
ベッドの上で大の字となったリンが言う。
「そうなのか?」
「ええ。だから私の眠るところを見れば――」
「あ、変なことしたら殺すから」
「するか!」
「ふふ、冗談よ。でも、ほんとに眠く――」
リンは目をつぶり、両手を重ね合わせて胸の上に乗せる。
静かになると呼吸がゆっくりになっていくのが見て取れた。
それからすぐにすー、すーと微かな寝息が聞こえ始めると――
鳥籠の鳥が血を流し、身体を痙攣させて苦しそうにしている。
ば、馬鹿な……!!
リンの方を見ると相変わらず寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。
鳥の方は肉の一部が抉れ始めていた。
ま、まさかこんな世界が本当に……!?
だが目の前の光景は、リンの話がすべて本当であることを物語っていた……。