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短編

【短編版】この度、冷酷公爵様の花嫁に選ばれました

 ガタガタと音を立てながら、窓の景色が移り変わる。

 馬車には私と御者の老人が一人の計二人。

 これから向かう先の事を思ってか。

 はたまた、私が生贄のように差し出された令嬢であるという噂でも耳にしていたのか。


 御者の老人は時折、私の姿を確認しては、少しだけ憐れむような。

 同情の視線を向けてくる。


 それはきっと、未だ十五を迎えたばかりの私の未来を憂いてのものなのだろう。

 本当に送り届けても良いのだろうか。

 そんな葛藤が、言葉は無かったものの見え隠れしていた。


 ここでもし、私が弱音のような言葉を口にすれば、きっと気休め程度でしかないだろうが、御者の老人は慰めの言葉を掛けてくれるのだろう。

 しかし、だ。

 彼はそもそも勘違いをしている。


 確かに、私は今から散々な風評であるとんでもない公爵様の花嫁として馳せ参じる事になっていますとも。


 そのせいで周囲からは憐まれ、生贄だと言わんばかりに私を矢面に立たせて差し出してくれやがりました義母や、姉達に嘲笑われましたとも。


 でも、私の心境は鬱々とは正反対のところに位置していた。

 寧ろ、清々しさすら感じていた。


(やっとあの地獄の日々から解放される……!!)


 新生活に心を躍らせる。

 とまではいかないにせよ、私の心は解放感で満ち満ちていた。


 そして思い起こされる散々過ぎる日々。

 面倒な仕事は、側室の子であるお前がやれといって全てを押し付け、遊び呆ける姉A。

 見栄っ張りゆえに、行動は起こしてくれるが、失態を犯すとすぐに私のせいにしてくれやがるロクでもない姉B。

 そのせいで、もう初めから自分でやった方が手っ取り早いからと、政務を三人分こなす日々。


 挙句、その手柄は全て横取り。

 結果、私は何故か王女としての自覚が云々の小言を言われる羽目となり。


 本妻である義母からも、私の生母への当て付けか。

 小憎たらしい顔をしていると嫌がらせを受ける日々。騙されて恥をかかされた事だってもう両手で数え切れないほど。

 しかし、彼女らは陛下の前では上手いこと猫を被っている為、それが露見する事はなかった。


 そして、心身共に疲弊する日々。

 やがて、舞い込んできた隣国の冷酷公爵と名高い公爵との縁談。

 嫌がる姉達は身代わりとして私が良いのではと真っ先に意見を述べ、そんな得体の知れない相手に血を分けた娘は出せないと私を当たり前のように差し出そうとする義母。

 私が彼の花嫁に選ばれるのは最早、決定事項だったと言っても過言でないだろう。


 しかし、あの嫌がらせを受け続ける日々から解放されるのであれば、たとえ風評最悪の公爵様の花嫁だろうと悪くないと思う私がいた。

 だから言ってしまえば、これは好都合だった。


 何より、これは御国同士の和平の為の縁談。

 いくら冷酷公爵などと呼ばれる人物であっても、国同士の考えを無視して血も涙もない行為をする事はないだろう。

 たとえ、私の存在が周りから歓迎されていなかったとしても、小さな嫌がらせくらいならもう慣れてしまっている。

 処世術だってちゃんと身に付いてる。


 だから、大した問題はなかった。

 なかった、のだけれど。


「…………」


 考え事をしているうちに到着したアルフェリア公爵家本邸。

 最後の最後まで姉達の嫌がらせを受けていた私は、和平を結ぶノーズレッドへの信頼の証。

 だから、供回りはつけずに向かうべき。


 仰々しくしていると、信頼していないみたいではないか。という詭弁のせいで、ほぼ単身で向かう事になっていた。

 そんな私を出迎えたのは、思わずぎょっ、と目を剥いてしまう程の人数の使用人であろう者達。


 誰かに歓迎されるという事が殆ど無かったせいで、その珍しい対応につい、面食らってしまった。

 けれど、すぐに我に返る。

 これでも国同士の和平の為の縁談だ。

 幾ら政略結婚とはいえ、初めくらいは、ちゃんとしているものか。

 最近、嫌がらせを受けすぎて自覚薄れてたけど私一応、王女って立場だし。


 やがて、ずらりと立ち尽くす使用人達の後ろから、歩み寄ってくる人影が一つ。

 服装は貴族然としたもので、大柄な男性。

 髪は北の大地で降る雪のように銀と白が入り混じったもので、否応なしに目を惹かれる。


 切れ長の目をしていて、つんと澄ました相貌は、陶器のように硬く、冷たい印象を抱いた。

 愛想とは無縁にも思えるその面立ち。

 漂う異様とも称すべき雰囲気。


 成る程、彼が冷酷公爵と名高い公爵閣下様か。

 なら、出来る限り機嫌を損ねないように、今から上手く立ち回らなくちゃ。

 そう思いながら、私は馬車を降りて彼に挨拶をしようと試みた瞬間だった。


「————久しぶりだな(、、、、、、)、メルト」


 声が聞こえた。

 男性らしい、低い声。

 落ち着いたそれは、貴族家当主に相応しいものと思った。

 ただ、何故かその声に私は聞き覚えがあって。


 しかも、初対面で、政略結婚なのに何故か場にそぐわない言葉が聞こえてきたような気もする。心なし声も弾んでいる。

 ……私の勘違いだろうか。


「かれこれ八年ぶりか? 王宮の嫌われコンビがこうして顔を突き合わせるのも」


 その発言のお陰で、全てを思い出した。

 かれこれ八年前。


 まだウェルグ王国とノーズレッド王国がまだ、それなりの付き合いがあった頃。

 私と目の前の彼、ヨシュアはよく話をする仲であった————というのも。


 その頃から嫌がらせを受けていた私と、これまた他国の貴族ながら、身内であまり好かれていなかったヨシュアが避難場所として選んだ裏庭で偶然出会った際に、打ち解けたのがキッカケだった。


 確か、ヨシュアも私と同じで側室の子だからと嫌われていたんだっけ。


「……あれ? じゃあ私の結婚相手の冷酷公爵様って、」


 八年前とはいえ、ヨシュアの人柄を私は知っている。だから、冷酷公爵はヨシュアではないと言い切れた。というか、柄じゃない。ならば、冷酷公爵って誰の事なのだろうか。


 キョロキョロと周囲を見回してみるけど、それらしき人物はどこにもいなかった。


「あんまりその呼び方は好きじゃないが、俺の事だな」

「またまたあ」


 久しぶりの再会だからって、そんなジョークを言わなくて良いのに。

 そんな事をしなくても、もう緊張とかしてないから。


 と、笑みを浮かべて伝えるけれど、周りの使用人さん達もなぜかキョトンとしている。

 何を言ってるんですか? メルト様。みたいな。


 ……え。え、え?


「ぇ、本当に? 本当に、ヨシュアが冷酷公爵様? 私の、結婚相手?」

「結婚についての細かい話はまた後でするとして。家督相続の時に色々あってな。それで、兄弟を追放したり、色々したせいで血も涙もない。冷酷公爵だーって言われ始めて、それから噂に尾ひれ背びれがついて、手足まで生えた結果、この通りだ」

「うん。うちの姉達は、三メートル超えの大男で、頭からはツノが二本生えてて、主食は人肉でおっかない化け物みたいな奴だろうって言ってたもん」

「……それ、人じゃないだろ。勝手に人を化け物に仕立て上げるな」


 すっかり大人びていたせいで、初めは誰だろうこの人って思っちゃったけど、この感じ。

 目の前の彼は間違いなく、ヨシュアだった。


「取り敢えず、ここで話すのも何だし、屋敷にあがってくれ。メルトの疑問もそこで全部話すから」



 †


「————まず、本題を単刀直入に言わせてくれ。少なくとも先二年間は、この関係を我慢してくれないか」


 ヨシュアのその発言に、私は目をぱちくりとさせてしまう。

 我慢、というと、冷酷公爵様こと、ヨシュアとの縁談についてだろうか?


「あの、幾つか質問しても?」

「遠慮なく聞いてくれ」

「政務って私、どのくらい担当しなきゃいけませんかね」

「……成る程。そういう質問か。政務ならば、たしかに、出来れば少しくらい手伝っては貰いたいな。見ての通り、手が回っていなくてな」


 そう口にするヨシュアの視線の先には、机の上に積み重ねられた書類のようなものが幾つか見える。

 だが、今まで処理してきた山積みの書類を考えればあの程度、優しいものだ。問題ない。


「ご飯は、温かいものでしょうか……?」

「いや、それは当然だと思うんだが。というか、何故敬語で言う」


 これまでは義母と姉の嫌がらせで冷え切ったご飯ばかり食べる羽目になっていた。

 出来れば、温かいご飯を食べさせていただけると……嬉しいなあ、なんて。


 と、一縷の望みを乗せて尋ねると、当たり前のように快諾された。

 ……え、いいの!? 本当に良いの!?


「あ、あと、精霊術の使用は程々で勘弁を」

「……なあ、メルト。お前、俺を奴隷商人か何かと勘違いしてないか?」


 私達、ウェルグ王家の人間は、代々精霊術と呼ばれる秘術を扱う御家。

 その効果は多岐にわたり、花や食物を成長させたり、壊れた建物を直したり。

 兎に角、万能だったのだが、その反面疲労感がとんでもなく、出来れば酷使は勘弁して欲しいかなあ。

 と、希望を告げてみると滅茶苦茶呆れられた。


 でも、王宮では平気で姉と義母が強制的に私にさせてたんだよ、これ。


「さ、最後! 最後にもう一つだけ!」

「……なんだ」


 もう少し真面な質問はないのかと言わんばかりの辟易とした返事だけど、私にとっては重要な事なのだ。


「なんか急に政略結婚、って形になっちゃったけど……昔みたいにヨシュアと接しても問題ないのかな」

「…………」


 一応、その場のノリで敬語は取っ払っちゃってるけど、子供だったあの頃とは違う。

 それにこれは国同士が決めた政略結婚。


 これでも王女の身なので、これを公とするなら、公私を弁えて接する事だって吝かではない。だから、そう問うてみると、至極真っ当な真面目な質問にヨシュアは口を真一文字に引き結ぶ。


 やがて、


「俺は、お前となら許容するってあいつに(、、、、)条件出したんだ。駄目だなんて言うはずがない。寧ろ、誰が何と言おうと昔のように接して貰うつもりだった」


 最後の質問だけは、あくまで確認。

 その返答がどう転ぼうが、最早私の返事が変わる事はなかったけど、それでもやっぱりそう言ってくれるのは素直に嬉しくて。


「末長くお世話になります」


 二年と言わず、一生お世話になろう。

 いや、お世話にならせて下さい。


 そんな事を考える私に、ヨシュアから呆れ混じりの苦笑いが向けられた。


「……何となくは想像出来るが、一体、どんな日々を送ってきたんだか」

「真っ先に生贄にされるような日々です」


 お互いに境遇は似ていたので、何となく理解は出来るのだろう。

 とはいえ、私のその物言いにはヨシュアも笑いを噛み殺していた。


「でも、ヨシュアって、姉さん達が来てたらどうするつもりだったの?」


 あくまで今回の件は、王家から一人。

 冷酷公爵様に政略結婚で嫁がせる。

 というものであった。


 そこに誰を寄越せという指名はなかった筈。

 だから、あの横暴な姉Aや姉Bが来ていたらどうするつもりだったのだろうか。


 そう思って問うてみる。


「それはないと分かってた。それに、逆にメルトを指名すると、それを奪おうとする可能性は無きにしも非ずだっただろう」

「よ、よくご存知で……」


 たとえ相手が冷酷公爵だったとしても。

 あの意地悪姉共なら、やりかねない。


 最悪、ウェルグ王国に戻ってきて、代役ですとかいって私に行けとか言いかねない。

 流石はヨシュア。


 八年前に二人で愚痴り合っていただけあって、こっちの事情をよく知っている。


「だから、あの内容だったんだ」


 ただ、何気なく発せられたヨシュアのそのセリフはまるで、はなから私を選ぼうとしているようにしか捉えられなくて。


 加えて、少し前に告げられた私なら許容する。と言う発言も拍車を掛けていた。

 でも、ヨシュアが私に惚れていた。なんて自惚れる気は一切なかった。

 あくまで私達は、友達。

 それ以上でもそれ以下でもなかったから。


「でも、良かったよ」

「良かった?」

「ああ。なにせ、俺に出来る恩返しといえば、このくらいしかなかったから」


 ————恩返し。


 当たり前のように発せられたその言葉。

 しかし、私にはその言葉を向けられる覚えはこれっぽっちもなくてつい、眉間に僅かに皺が寄り、疑問符が脳内でチラつく。


 でも、それを指摘して尋ねようとする私の言葉は、ヨシュアの言葉によって遮られる。


「ひとまず、問題がないようで良かった。長旅で疲れてるだろう。メルトの部屋は用意してあるから、今日はそこで休んでいてくれ」


 その言葉を最後に、部屋の隅に待機していたメイドさんに、「ささ、こちらです」と言われて半ば強引に私は部屋へと案内をされる羽目になっていた。



 †


「————良かったのかい。もっとちゃんと話さなくて」


 メルトがメイドに連れて行かれた事で、部屋に降りる静寂。

 そこに、ヨシュアではないもう一人の声が響き渡る。

 声の主は、隣の部屋で聞き耳を立てていたのか。メルトがいなくなったタイミングを見計らって入ってきていた。

 亜麻色髪の男だった。

 名を、


「余計なお世話だ。クラウス」


 クラウス・ノーズレッド。

 ノーズレッド王国が第一王子、その人であった。


「他国とのごたごたをどうにかするのに二年は必要だからさ。まぁ僕は、最低限二年。君と彼女が仮面だろうが表向き、関係を維持してくれるのなら、何も言う気はないよ」


 今回のウェルグ王国と、ノーズレッド王国との和平を推し進めた張本人。

 そして、祖先を辿れば、臣籍降下をした御家故に、王家の血筋を一応引いているヨシュアを引っ張り出した人間こそがクラウスだった。


 ただ、公開されているそれは、真実とは少しだけ異なっており、引っ張り出させるようにヨシュアがクラウスに取引を持ち掛けていたのだが、その内情を知る人間はこの場にいる二人のみ。

 だからこそ、クラウスはあえてその言葉を口にしていたのだろう。


「昔馴染みを助けたい。その為なら、自分を政略結婚の道具に使って構わない。とまで言ってた癖に、その事は口にしないんだね」


 意外だったよ。


 そう告げてくるクラウスの言葉に、ヨシュアはため息を漏らす。


「……恩着せがましいのは嫌いなんだ。偶々白羽の矢が立って。偶々、メルトがその候補にいて。だから、メルトとなら。そう思って————そして、そうなった。それでいいだろうが。それで、いいんだ。それが、いいんだ」


 ————それが俺の恩返しだから。


 そう言って言葉が締め括られる。


 冗談めいた様子もなく、ただただ真摯に言葉が紡がれていたからだろう。

 それ以上は流石に野暮であると悟ってか、クラウスは一度会話を打ち切った。


「恩返し、ねえ」


 誰かを娶る気は更々ない。


 家督相続の際に色々と面倒事に見舞われた事。それまでの己の立場。

 それらが綯い交ぜとなって、かつてクラウスの前でそう告げていた冷酷公爵がどうして、真っ先に己を政略結婚の道具にして構わないとまで言ったのか。


 恩返しにしてはあまりに、献身的過ぎないだろうか。そんな事を思うクラウスの鼓膜を、ふとヨシュアの声が掠める。


「救われたんだ。ずっと昔に、俺はあいつに救われたんだ」


 心の中を、吐露する。

 それでもメルト(あいつ)は、その事について気にもしてないだろうけど。


 そんな言葉を胸の中で付け足しながら、ヨシュアは懐かしむように呟いていた。


「人一倍お人好しで、意地っ張りで、負けず嫌いで、優しくて。誰かに頼るくらいなら、自分一人で抱え込んでしまうような奴で。そんな奴に、恩着せがましくするのはやっぱり違うだろ」


 つい、恩返しという言葉を使ってしまったが、あの程度なら何とか誤魔化せる範疇。

 言い訳をしながら、ヨシュアは冷酷公爵という呼び名にはあまりに似つかわしくない優しげな笑みを浮かべていた。


 クラウスとヨシュアもそれなりの付き合い。

 でも、長いようで短い付き合いの中でも、見たことのない笑みを浮かべられては、クラウスも掛ける言葉を探しあぐねてしまって。


「クラウスは知ってるだろうが、昔は俺の居場所なんてものはどこにも無かった。側室の子にもかかわらず、アルフェリアの血を濃く受け継いでいた俺は、周りから特に敵視されてた」


 ヨシュアの言葉が続けられた。


 アルフェリア公爵家の人間なのだから、本来、アルフェリアの血が色濃く現れる事は悪い事ではない。

 だが、その事を面白く思わない人物がいた。


 本妻と、その子供————ヨシュアの兄にあたる人物であった。


 そして、ヨシュアの生母はヨシュアを産んで間も無く逝去してしまっていた。

 当主であり、父でもある公爵は、あまり己の子供に興味はなく、そのせいで差別こそしないが、特別扱いもしない。


 結果、アルフェリア公爵家の中でヨシュアだけが孤立する事になった。

 周囲の貴族も、側室の子供風情がと侮蔑する人間に溢れており、ヨシュア自身も自分がアルフェリア公爵家の血を濃く受け継いでいなかったら。そう考えた回数は両手で収まり切らないほど。


 ただ、そんなヨシュアを救った人間がいた。

 それが、メルト・ウェルグだった。


『————ひっどい話だよね。私達、何も悪い事をしてないのに、なんでこんなに悪意を向けられなきゃいけないんだろ』


 本当に、境遇が似ていた。

 生まれた場所が、公爵家か、王家か。

 たったそれだけの違いとさえ言えた。


 アルフェリア公爵家の血を濃く受け継いだヨシュアと、王家の血を濃く受け継ぎ、誰よりも達者に精霊術が使える事も相まって、姉達から敵視されていたメルト。


 本当に似たもの同士で、周囲の人間から逃げてひと気のないとこに避難してきたのも同じ。

 他に違いがあったとすれば、メルトの方がヨシュアよりも思考が大人びていた、という事だろうか。


「そんな中、ウェルグ王国の王城にひと月くらいか。滞在していた事があったんだ。メルトとは、その時出会って、『友達』になった。あの時俺がメルトに出会ってなかったら、間違いなく今の俺はいなかっただろうな」


 そう言って、ヨシュアは笑った。


「見ての通り、冷酷公爵と呼ばれる事を許容して、都合よく利用する程度には俺自身、他の人間を信用してない。そんな俺の、数少ない信用出来る人間だ。手を差し伸べられるようになった。だったら、何を差し置いてでも俺は手を差し伸べる。それだけだ、クラウス」


 何もおかしな事はないだろう?


「……難儀だね、君も」


 恩着せがましくすれば、政略結婚とはいえ、夫婦という関係で落ち着けるだろうに。

 でも、そうしない事でメルト(彼女)に逃げ道を与えている。

 好意よりも、恩返しの方が前面にあるせいで、そうしないという選択肢がそもそもヨシュアの中に存在していない。

 だから、難儀であると。


「何のことだろうな」


 言葉が意図する指摘を分かった上で、ヨシュアは嘯いた。


 余計なお世話だ。

 そんな感情を舌に乗せて言葉を発していた事を理解してか。

 クラウスは、「仕方のない奴め」と言わんばかりに、小さく笑っていた。


 †


「あぁ、自分がダメになっていくのが手に取るように分かっちゃう」


 アルフェリア公爵家にやってから、早くも二日が経過していた。


 控え目すぎる政務。

 温かいご飯が三食。

 ふかふかのベッドに、嫌味を言う姉や義母もいない。

 まさに天国。


 何故かヨシュアも私に対して甘やかしてくるので、拍車を掛けて堕落しているのが分かる。

 取り敢えず、ヨシュアは冷酷公爵という通称をさっさと返上した方が良いと思うんだ。


「……しかし、精霊術というのは凄いね。こうも簡単に植物を育てられるのか」


 生まれに生まれた自由な時間を利用して、何も植えられず放置されていたアルフェリア公爵家本邸に位置する庭にて、昨日から精霊術を用いて植物を育て始めていた私に声がかかる。


 声の主は、ヨシュアではなく、ヨシュアの友人のクラウスさん。

 曰く、困ったことがあれば、クラウスに相談すると大抵の事は解決するぞ。


 なんて説明を受けた為、私的に彼は、何でも屋さんというイメージだった。


「川の水を綺麗にしたり、物を直したり、精霊術には色々な用途がありますね。ただ、適度に使ってないと鈍っちゃうので、取り敢えずお花を育ててます」


 精霊術の酷使は勘弁して……!!

 とは言ったけど、まさか、一切使わなくて良いなどと言われるとは思ってもみなかった。

 なので、腕が鈍らないように、庭の使用の許可を取って植物を育てさせて貰ってる。


「ちなみに、なんの植物を育ててるの?」


 本来であればあり得ないスピードで成長している植物達。

 しかし、それでも未だ花は咲かせられていない。だから、クラウスさんはそう尋ねて来ていたのだろう。

 でも。


「それは、ですね……もう少しだけ(、、、、、、)内緒です」


 焦らすように言葉をためた後、笑みを貼り付けながらそう答えると、クラウスさんは、ええー。みたいな落胆の表情を見せる。


 でも、ごめんね。クラウスさん。

 これは、誰よりもまずヨシュアに教えたいから。


「まぁ、いいや。にしても凄いね。精霊術ってのは。ウェルグ王国の……精霊術師って言うのかな? 彼ら彼女らは皆、君ぐらいの事は出来るのかな」

「どうなんでしょう。ここ数年は、基本的に私が全部押し付けられて全部管理とかしてましたから」

「へえ……って、全部!?」


 加えて、政務もかなりの大部分を押し付けられていたので、本当にいつ倒れてもおかしくないくらいの仕事量だったと思う。

 まぁ、根性でそこは何とかしてたけど。


「いや、まぁ、ヨシュアからとても優秀とは聞いてたけどさ……全部って……ええぇ」

「————それで、メルト。用ってなんだ?」


 一人で声を漏らしながら驚くクラウスさんをよそに、庭へヨシュアがやって来る。


 流石は公爵家本邸に設られた庭。

 規模がかなり大きかったので、二日(、、)もかかっちゃったけど、漸く準備が整ったので私はこうしてヨシュアを庭へ呼んでいた。


「用ってのはね、これの事。私達二人の再会といえばさ、やっぱりこれじゃない?」


 そう言って私は、視界いっぱいに広がる庭に埋めた植物に視線を向けながら、精霊術を行使した。直後、周囲に、粒子のような小さな丸い光が突として生まれ、溢れ出した。


 もう、八年も昔の話。


 嫌われ者同士だった事もあり、周囲からの関心が薄かった私達は、何度かウェルグの城を抜け出した事があった。


「————ディティアの花」


 その時に見つけたのが、ディティアの花畑だった。


 溢れ出した光の粒子は、庭に植えられた葉に浸透し、成長を促して花を咲かせてゆく。

 黄色に光り輝く花が、周囲一面を埋め尽くす。


「へえ」


 遠慮ない精霊術の行使に驚いてか。

 クラウスさんは側で感嘆の声をあげていた。



『私で言えば、精霊術。ヨシュアでいえば、魔法。確かに私達があんまり良く思われてないのはこれが原因になってるんだと思う。でもさ、私達の力はこんなにも凄いものだよ。だから————私は誇るべきものだと思ってる。少なくとも、要らないものなんかじゃない』


 ……勿論、だからといって虐げられて良いってわけじゃないんだけどさ。


 そう言って愚痴りあった過去を懐かしむ。

 まだ花を咲かせていなかったディティアの花を、私が精霊術を用いて満開に変えて、花畑を作って自慢した過去が思い起こされる。


 そして、ヨシュアが初めて私に笑顔を向けてくれたのが、その時だった。

 だから、私達の再会にはこれが相応しいと思わずにはいられなくて。


「これからよろしくね、ヨシュア」


 手を差し伸べる。

 ヨシュアは花に対して驚いていたけどそれも刹那。

 差し伸ばした手を握り返しながら、


「ああ。こちらこそよろしくな、メルト」


 八年前とよく似たやり取りを交わした。

 屈託のない笑みを浮かべ、私はこれからの日々に胸を弾ませた。

読了ありがとうございました!

連載版を始めましたので、もし良かったらそちらもぜひ!

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