262話 遠征リザルト
ライデルの町に足を踏み入れ、にぎやかな町並みを眺めながら歩いていく。久々の町を堪能したいところだが、戻ってきたからにはやることがあるんだよなあ。
「とりあえず、冒険者ギルドに行かないとなー」
『うむ! 業務報告は迅速に行うのが仕事の基本じゃからな。その後は教会の方も頼むぞい!』
俺の独り言に、隣を歩く狐姿のヤクモがうんうんとうなずく。ヤクモが教会で行う業務報告もライデルの町を出発して以来となる。技能の神やら森の神やらが個別にやってきてはいたけれど、それとは別に報告しないといけないらしい。
とにかくまずは冒険者ギルドだ。一応、ソードフロッグの捕獲って名目でシグナ湿地帯に向かったんだもんな。報告して素材を届けないとね。
俺は寄り道することなく冒険者ギルドに到着すると、開きっぱなしの扉から中へと入った。
どこかガランとしたギルド内。昼過ぎのこの時間はまともな冒険者は仕事に出ているのでわりと空いているのだが、それでも普段に増して活気がないように感じる。近くのテーブルでは数人のチンピラっぽいのが昼間からだらだらと酒を飲んでいる姿も見えるが、アレはいつも通り。
ちなみにああいう連中の中には、壁に貼られていく依頼書を最速でチェックしてワリのいい仕事をかっさらう、張り込み目的のヤツもいるらしい。仕事熱心なのか怠け者なのかよくわからん。
そんな連中から目をそらし受付カウンターに顔を向けると、目を見開いてこちらを凝視していた受付嬢のエマとばっちり目が合った。俺は軽く手を上げ、いつものように空いていたエマのカウンターへ足を進める。
「やあ、久しぶり」
「イ、イズミさん。……おっ、お、お久しぶりっす。……というか、その、兄とアレサさんから聞きました。詳しい話は教えてくれなかったんですけど、とにかく兄の命を救ってくれたそうで……」
「あー、まあなんとかなったよ。……そういやそのお二人は?」
いまさら気づいたが、受付嬢の席にアレサの姿がなく、他の受付待ちの冒険者の列もバラバラと閑散としている。どこか静まり返ったギルドの雰囲気はその影響のようだ。ほんと人気者だね、アレサさん。
「え、えと、アレサさんは、いろいろとお疲れでしたから、休暇中っす……。そ、それで、兄は心配をかけたことの埋め合わせに、アレサさんにいろいろと付き合ってるみたいで……っす」
さっきからあわあわと目を泳がせながら、挙動不審に話すエマ。その様子をしばらく見て、俺はようやく思い出した。
そういえばギルドで依頼を受けたとき、エマは俺が彼女のために兄のナッシュを助けにいくんだと盛大に勘違いして、なにやらパニクッていたんだった。
すぐに誤解は解けたわけだが、どうやらエマはまだアレを引きずったままらしい。
その時も思ったけれど、あんなのよくある勘違いだ。俺なんか学生時代、女の子の方から話しかけられただけで俺のことを好きだと思ったもんだよ。そんな黒歴史、さっさと忘れてしまえばいいのにな。実際、俺なんか今の今まで忘れていたぞ。
だが頬を赤らめたエマは自分の手をいじりながら、ぽつぽつとつぶやく。
「あんなのでも唯一の肉親ですんで、イズミさんには本当に……。そ、それで、えーと、その、だから、私……その……」
爽やかイケメンのナッシュも実の妹にかかれば、あんなのなのか。
それはともかく、エマはまだ視線をさまよわせて何かを言おうと口を開けたり閉じたりしている。ここはさっさとこちらの用件を済ませてしまおう。
「エマさん」
「ひゃっ、ひゃいっ……!」
エマが甲高い声を上げて背筋をピンと伸ばした。
「……俺、依頼通りにソードフロッグを狩ってきたんだけど、これってガディムのおっさんに持っていったらいいのかな? 魔物狩りの依頼はまだ慣れてなくてさ」
そう伝えると、なぜかエマはぷるぷると体を震わせてガクリと肩を落とした。そしてうつむいたまま、スーッと魔物買取カウンターを指差す。
「……そうっす。あちらで数を確認して、証明書もらったらこっちに戻ってきてくださいっす……。はあ……」
「了解。それじゃ」
「あい……」
まだ恥ずかしさが残るのか、ぐんにゃりと脱力してカウンターにうつ伏せになったエマを残し、俺は魔物買取カウンターへと向かった。ふふ、我ながら気が利いてるぜ。こういうのは触れずに普段通りにするのが一番だからな。
◇◇◇
それからガディムのおっさんにソードフロッグを検めてもらい、一匹5000Rで五十匹分――250000Rを報酬としてもらった。
すでにルーニーにバジリスクを売った分で500万Rほどの貯金があるので、たいした額じゃないように思えるが、250000Rだけでもひと月は十分に食っていける大金である。
現金を受け取った後で、すっかり照れた様子が消え去りどこか疲れ果ててみえるエマから聞いたところ、後一回なにか依頼を達成すれば俺の冒険者ランクはF級からE級に昇級できるらしい。
今のままでは貢献ポイント的に問題ないものの、昇級に必要な依頼達成数をこなしていないそうだ。
別に昇級に興味はないけれど、なにかのペナルティで降格したときにならず者だらけのG級に戻るのはなんだか嫌だからな。機会があればなにか依頼を受けて昇級しておこうと思った。
◇◇◇
冒険者ギルドの後は教会でお祈りだ。ヤクモが冷や汗をだらだらとかきながら女神像に向かって祈っているのを横目に、俺はマンガを見て過ごした。
今回読んだマンガは美人霊能力者と、その事務所で薄給で働く高校生の物語だ。
ヤクモの報告はやたらと長く、教会を出た頃には空は夕焼けに染まっており、結局俺たちは町をぶらぶらと散策することもなく、真っ直ぐにこの町の拠点である祝福亭へと向かった。
「あっ、イズミンおかえり~。……ん、なんか疲れた顔してんね? おっつかれー」
祝福亭の扉を開けたところで、すぐそばにいた看板娘マリナに迎えられた。マリナにはただの長期遠征としか言っていない。最近はいろいろとあったので、こういう普通の対応がなんだか落ち着くなあ。
マリナ曰く、一ヶ月契約で代金を支払っていた部屋の契約は切れてはいるが、それから誰も入ってなかったらしい。ひとまず再び一ヶ月契約ということで、55000Rを支払った。
「まいどー。ってか、ヤクモちゃんもおかえり~! わしゃわしゃわしゃ~!」
マリナがしゃがみ込み、両手でヤクモの毛並みをかき混ぜるようにわしゃわしゃと撫でた。ヤクモは神様への報告で疲れ切ったのか、ぐったりとしながらマリナのわしゃわしゃを甘んじて受けいれている。
そうしてヤクモの毛並みがモコモコになった頃、ようやく満足してわしゃわしゃを止めたマリナが俺たちを二階に案内した。以前と同じ角部屋だ。先にマリナが中へと入っていく。
「ちょい待ってね。布団敷いたら軽く掃除もするしー」
そう言いながら一緒に持ってきた布団をベッドに敷いていくマリナ。
「よいしょっ……と」
マリナがベッドの方を向きながら腰を曲げ、細身のわりにはデカいふわふわした尻を左右に振りながらベッドメイクをしている。その姿を見て、俺はもう我慢ができなくなっていた。なんだかんだで溜まっていたのだと実感する。
「もう掃除とかいいから……」
「ちょっ、イズミン、何!?」
俺はマリナの方にふらふらと近づきながら、部屋全体に唱える。
「――クリーン」
すぐに部屋全体に光が舞い散り、ちょっとした埃や汚れがスウッと消えていった。
「えっ、なに今の!?」
マリナが部屋中を見回しながら声を上げるが、俺はもう構っていられない。
「おやすみ……」
『おなじくなのじゃ……』
慣れ親しんだ祝福亭のふわふわのベッド。これまでの遠征で溜まりに溜まった疲れがどっと押し寄せてきてのだろう。俺とヤクモは辛抱たまらずベッドにバタリと倒れ込むと、そのまま横になる。
「ちょっ、ねー、イズミン? さっきのキラキラ何よー!? なんかキレイになってんだけど!」
騒ぎ立てるマリナがまったく気にならない。俺はそのまま目をつむると、あっという間に眠りに落ちたのだった。




