246話 大宴会
空が夕暮れに染まり、リギラ族村のほぼ中央に位置する広場にぽつぽつとかがり火が灯され始めた。広場ではエルフたちが集まって雑談をしたり、少し離れたところから俺の作業を眺めている。
俺の隣にいるリギトトが心配そうに俺の顔を覗き込みながら、念を押すように尋ねた。
「なぁおい、本当にいいのか? 移住でずいぶん減ったとはいえ、それでもこの村にはまだ二百人近い住民がいるんだぜ? そいつら全員にメシを振る舞うとなると、お前にとってもかなりの出費になるんじゃねえのか」
「いいんですって。さっきも言いましたけど、俺、冒険者をやっててそこそこ稼いでますから。それよりもそろそろ準備も終わるんで、適当に宴会の挨拶でも始めちゃってくださいよ」
実際はリザードマンの買取金とストレージに溜め込んだ肉を使ったんだけど、それで十分に足りたので問題ない。俺はリギトトを適当に言いくるめて広場の中央へと追い払った。
リギトトは何度もこちらを振り返りながら広場の高台に立つと、一度ウオッホンと咳払い。そしてデカい声で今回の宴会について語り始めた。
……なんとなく話が長くなりそうな気がするなあ。俺はそれを聞き流しながら、自分の周りに並んでいる宴会用の料理の確認を行うことにした。
まずはバーベキュー。バーベキューコンロの上ではホーンラビットの肉やツクモガミで買ったハムやら野菜やらがジュージューと音を立てながら焼かれている。そろそろ第一陣が焼き上がりそう。
次にぐつぐつと煮え立ち、美味そうな匂いを漂わせているカレーの入った寸胴鍋が三つ。遠巻きにエルフたちが鼻をくんくんさせている姿も見える。
カレーはタマネギ、ニンジン、ジャガイモと大量にカットする必要があったのでママリスとララルナにも手伝ってもらった。誰が切ったのかひと目でわかる不格好なニンジンが入っているけれど、味にはさほど影響しないだろう。
そして揚げ物用の鍋では、ソードフロッグの肉とくし切りにされたジャガイモ――フライドポテトが油の中でパチパチと心地よい音を鳴らしている。フライドポテトは今回初参戦だ。
狐姿のヤクモが揚げ上がったフライドポテトを見つめて涎を垂らしているが、コイツつまみ食いはしないんだよな。そういうところは褒めてやりたい。
他にはキュウリ、ニンジン、大根をカットした野菜スティックも用意。マヨネーズ、ケチャップ、塩の入った壺をそれぞれ用意したので、自由にディップしてもらう形にした。
今回は肉が食べられないエルフもいることで野菜の購入が多めになったこともあり、野菜販売アカウント【おやさい天国】には大変お世話になった。いつもリーズナブルな訳あり野菜をありがとう。
そして宴会には付き物のアルコールは、樽いっぱいに注ぎ込んだ白ワインだ。ただし今回は炭酸割りなんだけどね。
安い白ワインだとしても、大勢の村人が飲むとなると結構な量になるからな。ここはケチらせてもらったよ。まあ俺だってたまに炭酸水で割って飲んでいたし、なにも問題ないよな。うんうん。
ちなみにツクモガミで大量の白ワインをポチポチ買いまくっていたら、一度だけ空のワインボトルを買ってしまった。さすがはフリマ、こんなものまで出品されているんだな……。
今回用意したメニューは以上となる。しかし改めて眺めてみると、我ながらよくもここまで準備をしたものだ。もともとはちょっとした思いつきだったが、宴会は好きだし準備も含めて楽しいもんだね。
俺は額の汗を拭ってひと息いれると、作業を再開することにした。
この時間までひたすら下準備はしてきたものの、相手は二百人弱の住人だ。まだまだ足りない。今夜の俺はひたすら肉を焼いてメシを炊いて揚げ物を揚げて野菜を切り刻むのだ。
俺がライスクッカーで炊いたご飯を別の容器に入れ替え、新たに米を炊いていると、リギトトの口上がようやく終わりそうな気配をみせていた。
出だしのもったいぶった口調から察していたが、やっぱり話は長かったようだ。周囲のエルフたちはちらちらとこちらを見ながら、族長のありがたいお話が終わるのを待っている。
「――そういうわけで、今夜は我らが友、イズミがメシを振る舞ってくれることになった。今日は思う存分、食って飲んで騒いでくれや!」
そう言って口上が締めくくられた瞬間、一斉にエルフたちが俺の周囲に殺到した。
「うおお、腹減ったぞ!」「メシ、メシ!」「見たことねえ料理ばっかりだ!」「ああ! さっきから美味そうな料理を見せつけやがって! マジで生殺しだっての!」
口々に声を上げながら、エルフたちがまず最初に手が伸ばした野菜のスティックだった。ポリポリポリッと乾いた音が響き、最前列にいたご近所に住むエルフが笑顔を浮かべる。
「へえ、このキュウリ? って野菜は初めて食べたけどさ、あっさりして美味いじゃないか!」
やはりお年寄りには野菜が人気のようだ。よく見ると野菜スティックの台に集まっているのは耳の下がったエルフが多い。ちなみにディップの一番人気は意外なことに塩。そこはマヨネーズじゃないのか……。
そして若年~中年エルフはカレーの台に行列を作っている。俺の手伝いとして駆り出されたモブググが、必死にカレーとご飯を紙皿によそっている姿が目に入った。
「なあなあモブググ~! はやくよそってくれよー」
「クッ、黙って待っていろ! ったく俺はまだ一口も食べていないというのに……。恨むぞ、イズミ……!」
若いエルフにせかされたモブググがこちらを恨みがましく見つめる。俺はそっと目をそらすと、自分の担当のバーベキューとから揚げに全力を注ぐことにした。
もちろんこちらも大好評だ。まあ一番食っているのは足元のヤクモなんだけど。
『ハフッハフッ! このフライドポテトとやら、アチアチで中はホクホクじゃ! ちょっぴりかかった塩がいいのうっ! 脂っこいのにあっさりと食べられるのがなんとも不思議じゃ! もちろんこの後でカラーゲも食うぞい!』
そのヤクモの隣ではララルナもフライドポテトをもくもくと食べている。ララルナは食が細いので、ポテトばっかり食ってると他の物が入らなくなりそうだ。後で忠告してやろう。
全体を通しての今回の一番人気は、どうやらから揚げのようだった。この村では揚げ物料理はないらしく、物珍しさからまず一度手に取り、そこからのリピート率がすごい。さっきから揚げても揚げても置き皿に揚げ物が残らない。
「人族の料理ってこんなに美味いのか!」「うめっ、うめえっ!」「こんな料理食べたことねえ!」「誰だよ、人族は土を食べてるって言ってたヤツ……」
エルフたちの話し声が耳に届く。まあ人族だからといって今回のような料理は食べてるとは限らないとは思うけど、ここは勝手に勘違いしてもらったほうが都合がいい。俺は勘違いを正すことなく、ひたすら料理を作り続けることにした。
――しかし、それにしても忙しすぎる! 食糧が足りていないエルフたちの食欲を少々ナメていた気がするぞ。事前にカットしていた食材もそのうち尽きそうだし、俺は手を休めるヒマもない。
そしてそんなクソ忙しい最中、場違いに能天気な声が突然脳内に響いた。
『オッス! オラ技能の神! イズミ、元気にやってっか!?』
『……あー、はいはい。オッスオッス』
俺が適当に受け流すと、口調を改めた技能の神が少しスネたような声を出す。
『えー、なんだよなんだよー。もう少しかまってくれたっていいんじゃないのかなあ?』
『今はそれどころじゃないんすよ。……それで今日はどうしたんですか?』
『ははっ、君に用事なんてひとつしかないじゃないか。またマンガを献上してもらえないかなと思ってね』
『ですよねー。こんな状況じゃなければもう少しお相手するんですけど、今はちょっと忙しいので適当に選んじゃっていいですか?』
『もちろんいいよ! ボクは君のチョイスを信用しているからねっ』
どうやら問題ないらしい。それじゃあ前回はけっこうな長編だったし、今回は短めの作品にしよう。
俺は十巻でキッチリ終わる、右手を謎の寄生生物に乗っ取られるマンガを選択し、ツクモガミの中にある祭壇アイコンに投げ入れた。
『ありゃ、今回は冊数が少ないんだね?』
『まあ長けりゃいいってモノでもないっすから』
『ほほう、なるほど……マンガってのは本当に奥が深いね。ありがたく頂戴するよ! それから今回からは、サービスなしで無痛の加護は一回分だからね。君もよく考えて使うんだよ~?』
『はーい、了解っす』
『よろしい! ……ところでさっきからヤクモがまったく反応しないんだけど、あの子は今なにをやっているのかな?』
『あー……。それが今ちょっと取り込み中でして……』
さすがに今あんたの同僚は、俺の足元でフライドポテトをガツガツとむさぼるように食い散らかしているよと伝えるのは忍びない。
『ふーん、まああの子は一度集中すると他の事が目に入らないところがあったからね。それじゃよろしく言っといてねー』
『わかりました。それじゃまた』
そう答えると、ぼんやりと感じていた技能の神の気配がフッと消え去った。
――よし。
俺はさっそくヤクモに声をかけることにした。ヤクモの許可がないとスキルのレベルアップはできないからな。
『おーいヤクモー』
『むっ、なんじゃ? おかわりはカラーゲよりもまだフライドポテトを所望するのじゃ』
皿から顔を離し、ヤクモが俺をきょとんと見上げた。その口元は油でぬらぬら光っている。
『違うっての。今、技能の神がきたんだけど――』
『なぬっ、いつの間に!? もしかしてマンガをせびりに来とったのか?』
『そうだよ。それでスキルのレベルアップを頼みたいんだが、コレで頼む』
俺はツクモガミのモニターからひとつのスキルを指差した。それを見てヤクモが目をまん丸に見開く。
『……はっ? はーっ!? お前正気か?』
『なに言ってるんだよ……今の状況をよく見てくれよ。コレ以上にふさわしいスキルってないだろう?』
『う、うーむ……。たしかにそれはそうかもしれんが。……ふむう、まあ今後も役立つかもしれんスキルじゃし、たしかにアリかもしれんのう……。わかった、それじゃあレベルキャップの解除をするぞい』
ヤクモが耳をピンと立てると、どうやらレベルキャップの解除が行われたらしく、スキル名の横に▼マークが点滅しだした。俺はすぐさまモニターをタップする。
【料理+1】
《スキルポイント150を使用します。よろしいですか? YES/NO》
この修羅場を乗り切るために、これ以上のスキルはない。俺は迷わずYESを押したのだった。




