211話 フロート
まあ考えたところでわからないんだし、さっさと【フロート】をタップしてみることにした。ほい、ポチッとな。
するとすぐにツクモガミのモニターにヤクモの説明メッセージが表示された。今更だが、すぐ隣にいるんだし口頭で説明してもいいんやで? と思わないでもない。
《物を浮かせられるスキルじゃ。その大きさや高さによって消費する魔力は変わってくるぞい。スキルポイント45を使用します。よろしいですか? YES/NO》
へえ……これは面白いスキルだな。俺はもちろんYESを押してフロートを習得した。そしてさっそく拾った石ころを手のひらに乗せてフロートを唱える。
「――フロート」
すると石ころは俺の魔力を帯び、手のひらからすうっと浮かび上がった。そして俺の思うがままにどんどん高く上昇していく。
ふむふむ、たしかに高度が上がれば上がるほど、魔力を消費しているように感じる。と言っても石ころ程度じゃ大して変わらないけど。
そしてもちろん石ころは上昇させるだけではなく、横にも斜めにも下にも自在に動かせることができた。
どうやら操作自体は簡単のようだ。まあスキルとして覚えたのだから、使えて当然とも言えるんだけどな。
俺はフロートを取り止め、石ころから魔力を断ち切った。当然石ころは落下をし始め――俺の手のひらにぽすっと収まった。
よし、石ころの操作では何の問題もなかった。それじゃあ次の段階に進んでみよう。
今度は俺自身にフロートをかけてみる。とりあえず三センチくらいの高さが目安だ。
「フロート……っと、うおっ!」
たったの三センチとはいえ、突然の浮遊感にぐらっとふらつき膝が崩れそうになる。どうやら自分にフロートをかけるときは、もう少し慎重にやる必要がありそうだ。
そうやって俺が中腰のまま軽く息を吐いていると、ヤクモがやれやれと言った風に狐姿のまま器用に肩をすくめる。
「なんじゃい、ちょびっと浮いただけでそのへっぴり腰は。情けないのうー」
「うるせー、こちとらまだ慣れてないんだよ」
ヤクモのヤジを受け流し、すくっと立ち上がった俺は更にフロートの実験を続けることにした。問題はここからなんだよな。
俺は石ころで試したのと同じように、自分をそのまま前方へと動かしてみる。するとまるで動く歩道に乗ってるかのように、スーッと俺自身が前へと進んでいく。
「うおお……。なんかキモッ」
動く歩道と違って地面に足が着いていないので、なんとも居心地が悪い。……けれど、これはまあ想定通りの動きだ。俺は一度前進を止めると――
「このまま歩いたらどうなるのっと……」
呟きながら、普通に地面を歩くように足を前へと踏み出してみた。すると地面に立っているのと同じように、浮かんだまま自分の足で前へと進んだ。
おおっ、これはすごくないか!? 人が歩いて前へ進むという現象には、地面に対して摩擦力やら反発力やらの物理法則が働いていると思うんだが、これは一体どういうことなんだろう。
……まあ、魔法に物理の理屈を求めても仕方がないので、深くは考えないけどな。
それからしばらく浮いたままウロウロと歩く。どうやらフロートだけで自身を動かすよりは、自分の足で動いた方がこまかい動きもできるし、魔力の消費も少なくて済むということが解ってきた。
今のところ検証は順調だ。思わずニヤニヤと口元を緩めた俺を見て、ヤクモが不思議そうに首をかしげている。相変わらず察しの悪い奴め。
さて、最後の検証だ。
俺は浮いたまま近くの用水路に歩いていく。そしてそのまま用水路の中へと飛び込んだ。
「おっ? おお……!」
水面に小さな波紋が広がって一瞬足が沈み込む感じがしたが、そのままふよんと浮き上がり、俺は水の上に立つことができた。
思ったとおり、フロートを使えば水の上に立てるらしい。俺はさらに用水路の中を道なりに走ってみる。
少しコツはいるようだが、走っていくうちに地面とさほど変わらない感覚で走れるようになってきた。……よし、これは使える魔法だぞ!
俺が満足の行く結果に心を躍らせていると、てくてくと近寄ってきたヤクモがようやく得心が行ったように頷く。
「ほーん、水の上でも走れるように動けるとはのう。相変わらず変な使い方を考えつくもんじゃなあ」
そんなヤクモを俺はむんずと捕まえて、ぐっと胸に抱いた。
「むっ、なんじゃい。狐姿のワシも美しくかわいいかもしれんが、愛玩動物のように扱われるのは――」
「誰がへっぴり越しで情けないだって?」
俺はヤクモにニンマリと笑ってみせると、フロートを唱えて全身を思いっきり浮かび上がらせた。
シースルーのエレベーターに乗った時のように視界がどんどん空へと近づき、集落全体の光景が俺の目の前に広がる。
一気に建物の五階分くらいの高さまで上がっただろうか。男は漁にでかけ、女は軒下で魚を干す作業をしているので、誰も空に浮かぶ俺には気づいていない。
わたわたと俺の胸元でヤクモが騒ぐ。
「ひえー! 高いのじゃ! 怖いのじゃー! さっきの発言は謝るから降ろしてくれーい!」
どうせそうだろうと思っていたが、ヤクモは高いところも怖いらしい。グロ怖い、高い所怖い。まだまだ弱点がありそうだよなコイツ。
「それじゃこのままテントまで行くかー!」
俺は高さを維持したまま、テントの設営場所までスキップしながら歩いていく。
「うおーん! 後生じゃから降ろしてくれーい! うおおおーん!」
「あっはっはっは!」
そうして俺はしばらくの間、叫び続けるヤクモとともに空の散歩を楽しんだのだった。




