#1 はじまりのよる
2015年、冬。
長らく日本はBiotope Technologiesが裏で支配した、史上初の企業傀儡国家と化していた。
しかし、2011年に先鋭の研究者たちがスピンアウトしたAccel Technologiesは、主にバイオテクノロジー分野でBiotopeから着実にシェアを奪い、静かな対立が激化の一途をたどっていた―
私設軍は毎日のように軍拡を繰り返し、なりふり構わず倫理すら無視する―
しかし、表向きに市民から見える世界はいつもと変わらず、読者諸君も聞きなれているであろう企業の名前が踊っている。
それどころか各種娯楽は勢いを増し、特にモータースポーツに関してはサイバネティクスとの組み合わせで飛躍的な進化を遂げていた。
多額の出資とペラペラのレギュレーションで、予算と理性のタガの外れた自動車メーカー。それに組み合わさる、前述の対立で開発が加速したBiotope/Accelのサイバネティクス機器。
自動車産業の盛んな日本は、自国内で生み出されるその過激なマシンに酔いしれ、途轍もないスピードでサーキットを駆け抜けるレーサーを羨望のまなざしで見つめる、まさに熱狂的なファンで埋め尽くされていた。
そんな日本のどこか、深夜のAccel Technologiesのとある研究所で―
「市川クン、僕もう上がるからテストちゃちゃっとやっちゃって」
「あ、森先輩お疲れ様ッス。また後でSlackに結果投げておきます」
僕が今からテストしようとしているのは、クローンの製造設備。
自社の私設軍に使う、兵士を生産する設備だ。
「えーと、ここをこうして、これを押して…」
先輩の作った手書きマニュアルを何とか読み解きながら、テスト作業を進めていると…
「健二ちゃーーーーん!!!!ストップ!ストップ!!!!」
遠くから古田先輩の叫びが聞こえてきた。
パネルの緊急停止ボタンを叩き、先輩のもとへ向かうと…
見覚えのある体の少年が機械から吐き出されていた。
―どうやら、操作をミスして本稼働させてしまったらしい…
「健二ちゃん、冗談きついよ…このコどうするつもりなんだい」
「試作段階だからまだ信頼性の関係で本運用には回せやしないし…」
「…処分、ですか…?」
「…まあ、それも心苦しいし、上には相談してくるけど…」
「今から聞いてくるからその子の相手してて、じゃ!」
「あ、先輩!…」
振り返ると、もう彼は目を覚ましかけていて―
目が覚めると、そこは無機質な工場のようなところ。
目覚める前のことは何も覚えていない―
ゆっくり体を起こすと、目の前には白衣を着た男の人がいた。
「ここは…?」
「―あー、そこちゃんと動いてなかったかあ…」
白衣の男の人は、脂汗をかいた顔をこっちに向けて口を開いた。
「えーと、ここはAccel Technologiesって会社の研究所で、僕は市川って言います」
「…すごい言いづらいんだけど、君は今ここで『製造』されました」
「で、今ちょっと予定外が立て込んでて…」
寝ぼけた頭でも、察することはできた。
多分、僕自身が予定外だ…
「で、でも!たぶん処分とかはないと思うから…!」
「…」
そこに、遠くからもうひとり男の人が走ってきた。
「とれたとれた!条件付きだけど予算取れた!」
「これでこのコ何とかなるよ!」
「…どうなるんですか」
おそるおそる、口を開いて聞いてみた。
「ふふーん、キミには、『XKE』に参加してもらう!」
「最近の各種レースは、うちのサイバネ機器で感覚を加速されたレーサーで戦われることがほとんどなんだ」
「だけど、そろそろサイバネ機器の進化に普通の人間が追い付かなくなってきている」
「―そこで、そもそもが強化されているキミタチ"ナギハラタイプ"を投入して、人体の限界を探る計画が行われている。キミタチV2.0は本来再来年からだったのを、前倒しで来季からやることになったんだ!」
「但し!来季1勝もできなかったらそこで予算は打ち切り!キミの命もないと思え!」
「ちょ、ちょっと古田さん言い方が…!」
「…えっ」
いきなりのどぎつい宣告に、思わず声が漏れた。
「じゃあ、イイコはもう寝る時間だし…とりあえず宿直室行こうか!」
「あ、とりあえずこれつけといてね。さっき適当にカードキーとか作ってきたから」
「あと寒いでしょ、これも羽織って!」
半ば呆然としながら2人ついていく僕に、白衣と名札が投げつけられる。
「あ、ありがとうございます」
《Accel Technologies 汐留研究所 研究3課 市川 りくと Tier IV PERMISSION》
「いちかわ、りくと…」
「そう。いい名前でしょ?」
「って、先輩勝手に僕の名字を…!」
「まあ、適当にそこはやっとくから!」
「りくとくん!ちょっとカード見せて!」
市川さんが、僕が差し出したカードを一瞥すると―
「ちょ、ちょっと!Tier IVって… ほとんど全部の部屋入れますよ、所長に怒られません?!」
「まあまあ、いいじゃないそれぐらい」
「よくないんですよぉ~!」
…良くも悪くも楽しそうだなあ…
その日は結局、宿直室についてすぐに眠りについた。
次の日からもうカートに乗せられて、いろいろと苦労をするのだが…
ともかく、こうして僕の前途多難な人生が始まったのである。