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春夏秋冬  作者: 向井孝雄
9/13

夏・荒れ狂う嵐の中で 虚ろな日々

 孝雄はいたく傷ついていた。運命の意図に操られるかのごとく出会った「妙子」。紆余曲折を経て通い合った心。高校生として理想的な男女交際を、これから深めていこうと企てていた矢先、幸せの絶頂の中で、地獄の底に突き落とされた思いだった。

軽々しく女子にのめり込んではいけないという思いばかりがつのり、自分の心をもてあます様になった。


『喪失のブレスレット』

通い慣れたホームセンターでふと見つけたピンクのチェーンのブレスレット。思わず買ってしまったそのブレスレットに孝雄はそう名づけた。孝雄が確立しようとしていた「何事も隠し立てのない自己開放による絶対的信頼、それに基づく奥深い恋愛」その実証実験に失敗し深く傷付いた

今、自己開放と絶対的信頼を心の奥深くに封じ込める。すなわち、このブレスレットを腕に巻いている間は、僕の心に自己開放および絶対的信頼は存在しないのだと。

---------------

以前のように軽やかに付き合うことのできなくなった妙子と、それでも同じ部屋で仕事を続けなければならないというのは大変な苦痛ではあったが、孝雄は、妙子のことを忘れてしまうためにも総務の仕事に没頭した。妙子は妙子で何事もなかったかのように、またお茶目な女の子に戻っていた。最近では、石川と付き合っているという噂も流れていた。


3年前に始まったばかりの川端祭りは、今年も100ヶ所以上のスポンサーを得てにぎわってる。

「男三人ってのもつまんねぇよなぁ。」孝雄は、岩永と高村に誘われて、面白くもないお祭り広場を散策していた。

「ナンパ  とか」

「やったことねーし」

「おれ、人見知りだから」

二列に並んだ露店の間から大野と下田が、あたりをきょろきょろ伺いながらやって来た。

「よっ、野郎ばっかり」

「お前たちこそ」

「今から調達よ。あっ、そういえばさっきそこで、石川と野波を見かけたぜ。相変わらずべちゃべちゃしてよ。」

孝雄は、平静を装っていたが、内心忸怩たるものを感じていた。なぜか二人が寄り添って歩いているのを見たくてたまらなかった。

人ごみに飽きた三人は、繁華街に出て喫茶店に入った。

岩永が粋がって注文した「スピリットコーヒー」は、ブランディが強すぎたのか三人とも少々酔っ払い気味。

「しっかし、野波さんもやるよねぇ。おまえがフラれてからまだ一ヶ月やろぉ。」

「三週間!!」

「たいして変わらん。ありゃ絶対、石川に寝取られた口やナ。」

「ちょっと言いすぎやど。」

「なんかさぁ、もうオレ、女子と付き合うのが怖くなってさぁ。」

「齢い17にして、女不信かぁ。早過ぎくねぇ?」

「お前らみたいに軽っちいもんじゃないんだよっ!」

孝雄は、何故か肌身離さず持ち歩いている、折りたたんだブルーの便箋を、たたきつけるように二人の前に広げて見せた。


覗き込むようにして便箋を眺めていた二人は、同時に顔を上げると、

「おーーーー。お前、こんなこと考えてんだぁ。    こ~りゃ、捨てられるわ。」



「向井!」一学期の期末テストが返された。

「どうしたんだ?総務委員会が忙しいのか。こんなに成績に影響するようだったら、顧問の先生にも言っとかんといかんな。」孝雄は、困ったような顔をした。

「先生、総務委員会のせいじゃないですから。次回はがんばります。」

確かに、このところ総務室にいる時間が多くなっていた。もちろん仕事が忙しいわけではない。それでも、放課後8時位までは、なにかと用事があったが、生徒たちもそんなに遅くまで学校にいるわけではない。他の総務委員の連中も、自分の役割をこなしてから、ひとしきりだべって、9時位には三々五々帰っていった。孝雄はほとんど毎日といっていいほど、最後まで残っていて、カギをして帰るのだった。家にいると、勉強勉強とうるさい。総務の仕事だと言うと、なんとなく許してもらえるのだ。学校祭の手配は、一学期のうちに大方けりがついたので、これから夏休みにかけては、各サークルや分科会の進行を確認するくらいで、特に総務委員として忙しいということはなかった。


学校に行かなくなって九日目。ふと考えると、一学期の間に起こったことがまるっきり夢のようにも思える。今や学校とはまったく別の自分だけの世界で、自由な暮らしをしている。

妙子が病気で入院したらどうなるだろうかという思いが沸いた。石川は、あいつは恐らく見舞いには行かないだろうと勝手に思う。孝雄はというと、見舞いに行きたくてたまらないのである。妙子はたいして喜ばないだろうと思いはするが。残念なことに孝雄は今でも、妙子から眼が離せないで居る。未練ったらしいと思ったりもするが、孝雄はただの未練ではないと思い込むことによって、自分の思いを正当化しようとしていた。


「いーいんちょ。いる?」突然窓をあけて、テニス部キャプテンの願妙が素っ頓狂な声を上げた。

「いま暇?」

「暇っちゃあ、暇やけど。」

「テニスしない?」

「何が悲しゅーて、トーシロの俺が、県ベスト8のお前とテニスせにゃならんの?」

「うん、部活はおわったんやけど、こいつがちょっと遊びたいって言うもんで。」

窓から首を突っ込んでいる願妙の後ろでは、お下げの女子が、ラケットを大事そうに真っ直ぐに抱きかかえて、フランス人形のような微笑をたたえていた。

「おわっ。オレ遠慮しとくわ。」委員長は、大げさな身振りをすると願妙達から逃いげるように窓際から退散した。

「誰か、適度に相手できるやついないかなぁ?できれば女子とセットで。」

「あっ、私やりたーいっ。」

様子を伺っていたのかのように、妙子が声を上げた。

「えーーっと。誰かもう1人できるやつ。」願妙が、総務室を物色するように覗き込んだ。

「石川さん、一緒にしよっ。」妙子が臆面もなく石川を誘う。

「しょうがねえなぁ。」とか言いながら、石川もまんざらでもない様子で、脱ぎ散らかしてあったスニーカーに足を通す。

妙子が口を出したあたりから、石川にも妙子にも視線を合わせられなくなっていた孝雄だったが、それとなく願妙の後ろでかしこまっている、ラケットを抱きかかえたフランス人形に向けて視点が彷徨うのだった。

4人が階段を降り終わるのを確認するかのように、岩永が窓際に寄ってきて孝雄と並ぶような形になった。

「あっつあつの連中には、付き合っちゃーいられねえよなぁ。」としんみりっぽく言うと、哀れむように孝雄のほうを眺めた。

返事のしようもなく、孝雄はテニスコートに向かう四人組みをポーっと眺めていたが、

「あの娘はだーれ?」と何気なくたずねた。

「おっ、知らんかった? 願妙のコレよ。」と岩永は小指を立てて見せた。

「授業中以外は、いっつも一緒に居るって評判だぜ。」

「へー。 そうなんだぁ。」と孝雄はほうけたような返事をした。


夏休みも中盤を過ぎると、学校祭の準備は仕上げの時期に入る。各種の出し物の最後の点検に学校中を回っていた孝雄は、夕方になってやっと一息つくと、総務室で、ギターの楽譜を書き写していた。そろそろ帰ろうかと思っていると、岩永とラケット人形がやってきた。彼女は中津和江という。家政科の2年生で、願妙とは中学校以来のつきあいだそうだ。

願妙は、運動部の総合展示の責任者をしているので、このところ総務室への出入りが多い。和江は願妙の私設秘書みたいなもんで、ついでによく現れるのだった。

岩永がひょいっと部屋を出て行って、孝雄と和江の二人きりになった。孝雄は、チラチラと上目遣いに和江も見ながらも、勤めて知らん振りをして楽譜のペンを走らせていた。

願妙がコピーをとりに来た。孝雄は一瞬こわばったが、不思議なことに願妙も和江も一言もかわさずに、願妙はそのまま出て行った。孝雄はなにげに気になった。

チラッと和江の方を見ると、鞄からメモ帳を取り出して、何かを書き込んでいるようだった。気になって仕方がないが、声をかけ切れずに居る孝雄。


A棟とB棟に挟まれた中庭にしつらえてある、500台以上も留められそうな大自転車小屋で、孝雄は帰り支度をしていた。

「こんにちは。」おもったい学生かばんを荷台に縛り付けていると、不意に声をかけられた。振り向くと、見覚えのある女子が、立っていた。(なぜ、こいつここに居るんだろう)と考える余裕もなく、スーっと近寄ってきた和江に、孝雄はほとんど反射的に声をかけた。

「おやっ、今日は一人かい?」

「うん。彼が出てくるのを待ってるの。」臆面もなく彼と口走る和江に孝雄は辟易としたが、返す言葉もなく、かと言って、視線を逸らしてしまうのもためらわれて、口元が少しムッとするのを感じた。和江は孝雄のとまどいを知ってか知らずか、相変わらずのにこやかな表情でフランス人形然として佇んでいたが、何かを思い出したように、肩にかけていたポシェットをはずすと、黒字にあでやかな花柄模様の箱を取り出し、中のキャンディーを手のひらに載せた。

「食べる?」差し出されたキャンディーに一瞬視線を落とした孝雄だったが、視覚の上隅にチラッと映った和江の口元は、いたずらっぽく笑っているように思えた。

「私、好きなの。           これ。」

「へぇ、 そうなんだぁ。」またぞろ不意をつかれて、間の抜けた受け答えをしていると、和江の肩越しに、B棟の角の出口から願妙の姿が見えた。

「じゃ、これで。」孝雄は慌てて、和江の手のひらに鎮座ましますチェルシーを口に放り込むと、半ば逃げるようにして自転車をこぎ出した。

(なんで、オレが慌てんといかんのかなぁ)とチラッと思ったが、振り返る勇気もなく、口の中でいまさらながら広がってくる、甘ったるいバタースカッチの味を持て余していた。


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