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春夏秋冬  作者: 向井孝雄
7/13

夏・荒れ狂う嵐の中で 何かが・・

 次の日から三日間、妙子は総務室に姿を見せなかった。孝雄は心配になって家に電話をしたが、まだ帰っていないということだった。もう授業はとっくに終わっているのだから、家にも帰ってないのに総務室に来ないというのは、なおさら変だった。孝雄は、疼くような胸騒ぎを覚えた。翌日、授業が終わるとすぐ妙子の教室に行ってみた。もう誰もいない教室で、妙子が一人座っていた。

意を決した孝雄は、努めて何気ない様子で

「どうしたんだい。三日もさぼっちゃってさ。」

「うん。あんまり行きたくなかったのよ。」妙子はうつむいたまま答えた。

「どうしてだい?」

「ちょっと、考えたいことがあってね。」孝雄は、言葉に詰まってしまった。妙子の答えが妙に弱々しいし、ずっとうつむいていて一度も孝雄のほうを見ないのもおかしい。

「何か、悩み事でもあるのかい?」妙子は小さく頷いたようだった。

「じゃあ、僕に話してよ。相談にのるからさ。水臭いなぁ。」孝雄は静かに言った。妙子はゆっくりと首を横に振った。

「ううん。もうなんでもないのよ。」孝雄は戸惑った。

「僕にはいえない事?」

「ううん。そうじゃないのよ。もういいのよ。もう済んだことだから。」そう言って妙子はゆっくりと顔を上げた。

「ねえ。帰りましょう。」ぼんやりしている孝雄をよそに、妙子は帰り支度を始めた。孝雄は、自分の教室にある鞄をとりに戻ったが、どうも妙子の様子が気になって仕方なかった。二人はいつになくだまりこくったまま帰り道についた。

「何かスッキリしないなぁ。」孝雄が思い余って独り言のようにつぶやく。

「さっきのこと話してあげましょうか。」その言葉を待っていたと言わんばかりに妙子が言った。孝雄は一瞬しまったと思った。この先は聞かないほうがいいと本能的に思ったが、いまさら断るわけにもいかなかった。

「先輩は男女間の友情って存在すると思います?」大きく一息ついてから、妙子が尋ねた。

「そりゃ、あるだろう。」孝雄は気のない返事をした。

「じゃあ、私たちの仲ってそんなものだったんじゃないかしら。」孝雄には妙子の言っていることが良くわからなかった。と言うよりは、解りたくなかった。

「私ね、この間海から帰ってきてから一人で考えてみたの。私たちの関係っていったい何なんだろうって。そうしたら、先輩と二人で歩いたり話したりしたときのことを思い出しても、チットも楽しくなかったのよ。それどころか、何か悪いことでもしているような気がして・・・」孝雄はギクッとした。

「僕があんなことしたからかい?」

「ううん、そういうわけじゃないの。先輩といるときは、いつでもとっても楽しかったのよ、本当に。でも、今は先輩と一緒にいても、その時ほど楽しくないの。」孝雄はますます訳がわからなくなった。と言うより、うっすらとはわかっているのだが、ハッキリとは了解したくないと言う感じだった。

「この間は、あんなことになっちゃって、それで妙なことを考えさせちゃったみたいだね。」孝雄は自分の言葉にすがって、現実から逃げ出そうとしていた。妙子は、また黙ってしまった。

重苦しい沈黙のうちに、二人は妙子の家に着いた。孝雄はとてもこのまま別れることはできない気分だった。彼女と玄関の間に自転車を滑り込ませて、彼女が家に入るのを妨げるような格好になった。妙子は、一刻も早く玄関の奥に消えてしまいたい。

「私も、もう一辺よく考えて見ます。」と言って悲しげな瞳で孝雄を見つめた。孝雄もそれにつられて、

「僕も一晩考えてみるよ。」と言ってしまった。それをきっかけに、妙子はサッと自転車をよけて、玄関の奥に消えてしまった。


その夜、孝雄はとても考えてみると言う状況ではなかった。第一、自分の思考や感情の焦点をどこへ向ければいいのかわからなかった。ただ、得体の知れない不安感と悲しさだけが孝雄の心を覆っていた。それでいて、孝雄には、妙子の言わんとすることがボンヤリでもわかるような気がしていた。そして、それをハッキリ了解することが、彼にとって決していい影響を与えないだろうこともうっすらとわかっていた。それ故に、その夜の孝雄にとって、妙子の言葉を理解しようとするよりも、むしろ得体の知れない不安と悲しみの中でもがいているほうが、まだましだったのだ。そして、そこにはもう一つのかすかな期待もあった。今日のことは妙子の気の迷いだと・・・。


翌日の放課後、妙子は総務室に現れた。しかし、孝雄に対しては妙によそよそしく、自分の仕事を済ませるとサッサと出て行った。孝雄は、ほとんど追っかけるようにして、妙子と並んで校門を出た。孝雄は、妙子の心変わりがいっそう明らかになって耐え切れないほどの悲しみが孝雄に襲い掛かる危険性よりも、妙子の気の迷いであると言うわずかな可能性のほうにすがりたい気分だった。それほど取り乱していた。これは危険な賭けだが、そうせずには居られなかった。孝雄は、何よりも中途半端な状態が嫌だった。孝雄は、この時は、とにかくこれまでの二人の関係を維持していくことだけを望んでいた。これまでと全く違う雰囲気の二人の帰り道は、いやがおうでも孝雄の不安を駆り立てた。孝雄は言葉に詰まっていた。妙子は相変わらずうつむきかげんに黙々と歩いている。

「考えてみたんだけどぉ。」孝雄が思い余って口を開いた。

「やっぱり、僕たちまだ高校生だし、節度を守らなきゃいけないところもあるよね。」孝雄は思ってもいやしないことを口にした。妙子の不機嫌の原因をここに持ってきてしまいたかった。妙子はやはり答えない。

「僕は、妙子と一緒に居るだけで楽しいし、ずっと一緒に居たいと思うし、妙子のためならなんでもできると思う。」

妙子の両肩がわずかに強ばった。決心したように、立ち止まって孝雄のほうを振り返ると、無理をして引き締まった表情で言い放った。

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