秋・物思う芸術の季節 ためらい
孝雄は先ほどの伊野さんの話が気になっていた。校門の近くで伊野さんと前野さんを見かけたので近づいてみたが、すんでのところで伊野さんは反対方向へ曲がっていってしまった。少し足を速めて、前野さんに追いつくと、聞いてみることにした。
「ねぇ、さっきの話しさぁ。」前野さんはなんだか話したくなさそうな顔をする。
「たいしたことじゃないから。気にしないほうがいいですよ。」と言われて孝雄は余計に気になったが、それ以上追求する雰囲気でもなかった。孝雄は勢いのあまり少し強引に前野さんと並んで歩いていることにいまさら気づき、密かに赤面した。
「ねぇ。前野さん。コンサートとか行く?」と唐突な質問。
「そうですねぇ。先月M大学のシンフォニーを聴きに行きましたけど。」
(シンフォニーって何じゃろ?。でも聞くわけにもなぁ)
「あっそ。じゃ映画とかは?」
「最近あんまり行ってないですねぇ。」
なかなか話が盛り上がらない。
「失礼ですが、お裁縫とか得意でしょうか?」と、我ながら唐突な質問。しかも、敬語。
「女の子ですから、一応できますけど」
「じゃ、お願いがあるんですが。」
「なんでしょう?」
「カセットテープレコーダーのカバーを作ってくれないかな?こんくらいのやつ。」孝雄は両手に平を広げて、四角い箱の寸法を示した。背中とわきの下にびっしょりと冷や汗をかいていた。
今日帰りがけに和江と会った。
おとといも自転車小屋で顔だけは合わせたのだが、その時はすれ違い様だったので、「サヨナラ」位しか言えなかった。
今日は二人同時に自転車小屋を出たので、僕はノッタリノッタリと自転車を引いて彼女が抜かしていくのを待っていた。ちょっと何でもいいから話がしたい気分だった。
彼女もまた僕に負けないくらいノッタリノッタリと歩いていた。やっと追いついてきた彼女の気配を感じると、そのまま「サヨナラ」と言ってしまわれそうで、僕は彼女の口を封じるかのように慌てて話しかけた。
「どうしたの、リボンなんかつけて?」実際彼女は、今まで身につけていなかったナニカを髪につけていたが、落ち着いてよく見るとそれは明らかにリボンではなかった。僕は言ってしまってから気付いてハッとしたが後の祭り。そしてかなりアセッているというか、アガッテている自分に気付いた。
彼女はいつもの様にお茶目に「いやだぁ。リボンじゃないわよぉ。」と言ったが、心なしか声が震えているようだった。僕はテレ隠しに「どっちでも同じだよ。」と言ってごまかした。
「いつごろから、そうしてるの? そういえば暫く会わなかったね」と尋ねると「ううん、いつごろだっけ。そんなに前からじゃないわね。ええと…。」と幾分うろたえぎみに答えともつかない答えを一生懸命に返してくれた。
もっとも、聞いている僕のほうも上の空だったが。「髪をバッサリと切ったもんでね。」彼女が付け加えるように言った。僕は彼女の髪を見た。そんなに短くなっているようには思えなかったのだ。
「前はそんなに長かったっけ?あんまり短くなっているとは思えないけど。」とさらにツッコム。
「あらっ。バッサリと切ったのよ。10センチも。」彼女は幾分腹立たしそうに言い返した。
「10センチ位でバッサリって言うの?」
「あら。バッサリはバッサリよ。」と彼女も負けていない。僕は半ばつぶやくように「バッサリ切れるくらい髪が長ければねぇ。」と言った。
「あらっ、そういえば随分伸びたわね。」僕はこの一言を言ってほしいためにその前の言葉をつぶやいたのだったような気がした。「うん。髪伸ばすんだ。僕は首が長いから、人一倍伸ばさないと伸ばしたように見えないんだよなぁ。」
ト、唐突に彼女が「ガールフレンドできたぁ?」と尋ねてきた。ところが僕も少しも驚かずかつ少しもうろたえず。「それがねぇ。まだなんよ。」と答えた。すると彼女何を思ったか。
「ボクチャン、なってやろうか。」と言い放った。
それからややあって
「チットも努力していないんでしょう」とこれまたテレ隠しのような感じで聞いてきた。
「いや、努力はしてんだけど、途中でトチッたり何たりでね、どうもうまくいかないんだよ」などと言い訳しているところで時間切れ。校門のところまで来てしまった。僕は恥も外聞もなく「家、どっち?」とか聞いたら、彼女は「こっち」と言って全く反対の方向を指差してしまった。
和江が放課後の校門で、いつものように門柱に軽く寄りかかっていた。
「今日は、ここで彼を待ってるの?」一瞬の沈黙。
「ううん」と、和江はゆっくりとかぶりをふった。またまた沈黙の一呼吸。
「もう、待たなくてよくなった。」
そういうと、和江は、これまでの沈黙のテンポを取り返さんがごとくに、怒涛のように駆け去っていってしまった。
またまた不意をつかれた孝雄は、まさにポカンと口をあけた状態で、走り去る和江を見送っていた。
(「待たなくてよくなった。」って、どういう事? ま さ か )
不吉な予感を覚えた孝雄は、和江の後を追わずにはおれない衝動に駆られた。が、どちらに向かって走っていったのか皆目見当もつかない。学校の北側に神宮の森という森林公園があり、高校生のカップルがよくデートしているという話は聞いていたが、孝雄の家は反対方向なので、帰り道に通ったことはなかった。南側に伸びる歩道にはそれらしい姿は見当たらなかったので、とりあえず、神宮の森を探してみることにした。一の鳥居をくぐって、正面の第一参道。ここは、一般の参拝客や散歩の人が歩いており、一見して和江の姿はなかったので、わき道を抜けて、ひょうたん池に行ってみた。ひょうたん池の右脇にある藤棚の下には、丸太でしつらえたベンチが幾つか置いてあった。遠目に見て、セーラー服の女子高生が確認できたが、和江かどうかはわからなかった。孝雄は一瞬ホッとしたが、急いでその女子高生に接近するものかどうか、ここへきて迷っていた。
ゆっくりと、顔を確かめながら、藤棚の後ろ側からベンチに近づくと、孝雄はなぜか足をしのばせながら和江の背後に立った。
「きてくれたんだぁ。」
勢いよく振り返った和江の表情は、拍子抜けするほど明るかった。よくよく不意を食らわす娘である。孝雄のほうがよっぽどびっくりした。
「なーんだ。気付いてたのぉ。」
さきほどまでの、心配と不安と若干の期待の複雑に折り重なったミックスジュースのような心境がいっぺんにぶっ飛んで、和江がやけに落ち込んでいないことだけが嬉しかった。と同時に、少し冷静になった孝雄の脳裏には、(オレ、はめられたのか?)という疑惑をもち上がってきた。
「まっすぐ帰んなくて、いいのぉ?」少し非難気味に孝雄。
「待ってたのよぉ。」と和江負けない。
「オレ、今時にこんなとこ来るの初めてだぜぇ。」
「あらっ、ここは、M校生のデートのメッカよ。」孝雄は、本気でムッとした。
孝雄の「ムッ」を直ちに気取った和江は、腰を半分浮かせて、ベンチを少しずると、
「どうぞ」と切っ先を交わした。孝雄弱いっ。座っちまいやがった。
孝雄は、先ほどの和江とのやり取りを吸収しきれずに消化不良気味だった。




