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春夏秋冬  作者: 向井孝雄
12/13

秋・物思う芸術の季節 すさみ

 今日学校をサボッた。

 なんとなく行きたくなかったので、家で勉強するつもりでいたが、結局一日中ゴロゴロしていた。まるで、僕の僕としての存在感がこの世から消滅してしまったような、解りやすく言えば「何で生きているんだろう」という感じになってしまった。

 僕が今心待ちにしているのは、実力テストの成績だ。夏休みは、一応やるだけのことはやったから、今回のテストは頑張ったのだ。そしてどうやら望みどうりの成績は確保できるだけの手ごたえはある。だから、一時も早くその結果を印刷されたものがほしい。それがなければ、今の僕は実際何のために生きているのかわからない。最近総務の仕事もすこしダレてきた。岩永には悪いが気が乗らないので少々サボらせてもらっている。総務室に行けば行ったで、お話してて楽しい娘はと言えばみんなヒモつきで、僕は最初っから彼女たちと口を利くのにもそのヒモ達に気を使わなければならないみじめな立場にある。総務にのめり込み過ぎたがために、すっかり疎遠になってしまった2年A組の教室は、あまりに味気ないので、スリリングな総務室に入り浸っているうちに、次第に重圧感と焦燥感に囚われ、いたたまれなくなる。自宅に帰っても、よい子の優等生を演じ続けるには既に手遅れで、オフクロも最近は腫れ物にでも触れるような面持ち。


 前期総務委員会の任期も終わり、様々なことを供にしてきた総務委員会のメンバーとも一応お別れという事になった。教室の離れている岩永とは暫く会っていなかった。

「よー。総務終わってヒマやろー。」久しぶりに廊下ですれ違った岩永が声をかけてきた。

心のうちを見透かされたようで、孝雄はうろたえた。

「お前ほど、暇じゃぁないよ。」

「まーたまーた。お顔にヒマだと書いてある。ちょうどいいから、ついて来いよ。」

 岩永の勢いにおされて、そのままフラフラと後に続く孝雄。

 岩永は、B棟の突き当りを左に折れて、階段を上がると、南のはずれの踊り場から西に入った。生徒数2000人のマンモス校で、校舎も3階建てのA棟・B棟・C棟さらに理科棟・芸術棟があり、孝雄が入ったことのない部屋もたくさんあった。

 岩永が連れてきた部屋は、8畳の和室が4部屋正方形に並んだ「作法室」だった。

「作法室」は、茶道部のホームグラウンドで、年明けには恒例になっている新春カルタ大会(百人一首)の決勝戦の舞台でもある。もちろんそんなことは孝雄はちっとも知らなかった。というか、そんな部屋があるという事さえまったく知らなかったのだ。

 「ここで、毎週水曜日に、茶道部のお作法がある。」岩永が妙に威張った様子で、背筋をシャンと伸ばして孝雄に説明した。

「それがどうした?」

「茶道部に入って、お作法を習おうと思う。」孝雄は思わず噴き出してしまった。

「お茶?   お作法?   お前がぁ」バカ笑いしている孝雄を尻目に、岩永は大真面目に「作法室」の中を物色している。

「ついてはだ。おれ1人で茶道部に入るってのも何だから、お前も入れてやる。」

「はっ?」笑いすぎて、痛くなったおなかをさすりながら座り込んでいた孝雄に、岩永がキッパリと言い渡す。

「お前も入れてやるって。オレ?」

「そう。」

「いいよ。おれ。お茶ってガラじゃないし。」

「お茶はガラでやるものではないっ! 日本人のこころだ。」

「それにあんなもん女のやるもんだ。」

「考えても見ろ、柔道やサッカーをやってりゃ、そりゃ誰だってそこそこ男らしくみえるだろう。茶道のように、一見女っぽい動作のなかに、武士道精神を看破してだな、真の男らしさを発揮できるってなもんだ。それに、お茶の大家の千利休ってのは、あれは男だぞ。うん。」

 えらそうな講釈に酔いしれている岩永をさておいて、孝雄は学校の中に鎮座する閑静な和室のたたずまいに、少なからぬ興味を覚えていた。

 廊下のほうから、にぎやかに歩いてくる女子たちの声が聞こえる。

 岩永も孝雄もそわそわしていた。


 茶道部は楽しい。別に茶道の修練が楽しいというわけではなく、合間のおしゃべりが楽しいのだ。ほかの部員も多かれ少なかれそれが楽しみで通ってきているようにも見受けられる。

 最近僕はどうやらまた恋をしたようだ。(と言っても、今となっては「恋」だの「愛」だのという言葉の重みはずっと落としてはあるのだが)もちろん茶道部の女子で、それも僕に言わせればちょっと変わった娘。茶道部員の中では、すごくおとなしい方、と言うよりむしろムッツリしている。ほかの部員は、今の僕にとっては少ししゃべりすぎのように感じられるので、その娘のことがかえって目に付いたのだろうか。僕は先日練習と称してその娘にお茶をたててやったのだが、2度ともまだ粉の残った、つまりよく立っていないお茶を飲ませてしまった。そのことも、僕の心に幾分かのキッカケとして残っているようだ。僕は今、客観的に見て中学生のときのような恋をしている。しかし、当時と違っているのは、恋をしている自分を側面から眺めているもう1人の自分がいるということだ。それゆえに僕は、安心して恋におぼれることができる。

 前野弘子。彼女がどんな人か、僕にはほとんどわからない。家は学校の近く。ということで中学校は当然H中。笑うと片えくぼができて、可愛い。作法室にはいつも伊野さんと連れ立ってやってくる。普段は自分からはあまりしゃべらない(キット)こちらから話しかければ快く乗ってくるし、可愛らしく笑ってくれる。もう少しいつもニコニコしていればもっと感じがいいんだろうけど、いつもどちらかというと困ったような顔をしている。

 でも、いつもニコニコ誰とでもおしゃべりする娘には辟易している僕にはいっそう魅力的に映る。

僕は、彼女と一緒に歩いて帰ることができる日まで、酒・マージャン・マスを禁止することにした。恋は楽しむべし。目標や本質など要求しちゃいかん。

 今僕は、彼女や彼女の周りの一挙手一投足で揺り動かされる自分の心を快く感じている。そして遠く離れたもう一人の自分が幾分心配そうな目でそんな僕の心を見守っている。


 明日から中間テスト前ということで一週間部活動が停止になる。

「えー。それじゃ何のために学校に来ているのかわからないじゃないか。」と孝雄は思わず声を上げてしまった。テスト前の部活停止はいつものこと。今に始まったことじゃない。このところセッセと茶道部に通っては女子部員たちと他愛のないおしゃべりをし、弘子と一言二言お話をし、それだけで幸せな気分になっていたものだ。それが、一週間も弘子と会えないというのは、えらいこと。孝雄の心はざわめいた。とてもテスト勉強どころではないような気がした。

 暗い気持ちを道連れに、名残惜しげに作法室で静かにお茶を立てていた。反対側の隅っこで前野さんと連れの伊野さんがヒソヒソ話をしている。伊野さんが時々チラチラと孝雄のほうを見ているようなので、気になって仕方がない。

「どうぞ。今日のは粉残ってないと思うけど。」孝雄は様子探りにたてたばかりのお茶を前野さんに差し出した。

「うん。今日のはまぁまぁね。」横から伊野さんがスルリと手を伸ばして、飲んでしまう。

 不意を突かれた孝雄は、ままよとばかり気になっていたことを尋ねてみる。

「何の話してたの?」伊野さんは、同意を求めるように横目で前野さんを見やったが、前野さんは当惑気味だ。

「きのう、有馬君がね、面白い話をきかせてくれたのよぉ。」遠慮会釈なしに、伊野さんが話を続けようとした。前野さんは思いっきりうつむいてしまっている。

「面白い話って、なに?」

「向井先輩、有馬君たちと一緒に総務委員やってたでしょう?そのときのは・な・し」

伊野さんは孝雄に聞かせたくてウズウズしているようだ。

「向井さん。もう一服お願いね。」先輩の声が孝雄を呼ぶ。孝雄は後ろ髪を惹かれる思いで、隣の部屋に下がった。


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