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巫女見習い(上)

<巫女見習い>

 私の名前は山田花子。別に偽名でも何でもない本名である。

 容姿や学力は少しだけ自慢できるが、その道の天才には到底及ばない自分は、高校を卒業して進学か就職かで迷っていた。


 しかし、大学に行かなければ叶えられない夢も特に思い浮かばなかったので、卒業したらすぐに働き始める道を選んだ。




 稲荷様は高学歴ばかりが出世するのはあまり好まないらしく、上司は部下の仕事ぶりを良く観察し、時には手助けすること。

 そして、社員全員がやる気や体調を高い水準で保てるような、そんな福利厚生が充実して働きやすい環境作りを推し進めていた。


 なので、政府は労働環境の改善に毎年予算を投入して、時代に合わせた業務効率化やそれに伴う法律の改正を、積極的に行うことになった。

 確かに必要な処置ではあるが、投票ではなく稲荷様の意思を最優先で決定しているので、あまりにも民主主義を無視し過ぎている。


 だがまあ、稲荷様の独断専行はいつものことなので当然の流れであると、日本国民は平然と受け入れるのだった。


「稲荷様がやること成すことは、何だかんだで全てにおいて理に適ってるのよね」


 その時々に応じて最適な手をビシッと打つので、私たち国民は本当に助かっている。

 そして今では世界各国が日本に続こうと動いているので、まさにこの世の全ては稲荷様の手の内と言っても過言ではなかった。


 だが本人としては、表舞台に立っての舵取りはこれっぽっちもする気はないので、本当に困ったときの神様仏様稲荷様だ。


 具体的には、日本の平和に危機が迫っていることを感じ取って手を貸すか、政府が状況打開が困難な状況に陥ったとき、民衆が必死に頼み込んで重い腰を上げてもらうのが常であった。







 ちなみに山田花子こと私だが、冒頭で説明したように高校を卒業したばかりである。


 現在は、青森から東京行きのリニアモーターカーの指定席に腰かけて、高速で過ぎ去っていく景色を眺めつつ、仕事用にと支給されたスマートフォンを片手で操作して、これからお世話をする稲荷様の情報を順番に閲覧している。


「稲荷様のために少しでもお役に立たないと」


 そう呟きながら少し緊張気味に溜息を吐いて、こうなった経緯を振り返る。




 思えば、最初のキッカケとなったのはアンケート調査だ。

 なお、高校生の進路希望ではない。小学生が将来なりたい職業を書き込むほうだ。


 ちなみに全国的な統計はと言うと、男子の一位は稲荷様の近衛、女子の一位は稲荷様のお世話係である。

 さらに、二位と三位も稲荷様との物理的な距離が近い職業が続く。


 なお、別にそれらの職業はそこまで高給取りではなく、プロ野球選手や芸能人のほうが遥かに稼げている。

 しかし倍率がとんでもなく高いので、そっちの道より狭き門なのは確実であった。


 とにもかくにも、日本人は稲荷様のことが好き過ぎるだろうとツッコミを入れたくなるが、うちの国は四百年以上前からずっと開き直っているので、そうだよと頷いて終わりである。


 なお私も、小さい狐っ娘が日本のために身を削って頑張る姿を、生まれてこのかたずっと見てきた。

 彼女は嘘を決してつかずに、いつも本気で本音で立ち向かっていた。まるで太陽のような輝きを放ち、世界を覆う闇を颯爽と祓い清める姿は、まるで現代に蘇った神話のようだ。


 朝廷とは違って本物の神様なので当たり前だが、彼女の存在が日本の象徴と誇りになっているのは間違いない。

 まあ、つまり何が言いたいのかと言うと、この私も稲荷様が大好きであるということだった。




 ちなみにだが、江戸幕府を開いたばかりの頃は、近衛もお世話係もいなかった。


 稲荷様いわく、民衆が強く希望するなら募集はしますが、給料はお布施から建て替えるとして、一般職と同程度しか出せませんよ。…と、若干呆れが混じった顔でそう公言したらしい。




 そう言われるのもある意味当然であり、稲荷様は人間に守られるほど弱くはない。

 そして、日本国民を顎で使うようなわがままで高圧的な神ではなく、現実にはとても腰が低くて優しい。


 なので、警護や身の回りの世話は本来なら不要であり、弾除けや盾になって命を散らしても迷惑をかけてしまう。

 ついでに、化粧や着付けどころか炊事洗濯掃除といった家事全般も、普通に行えてしまうのであった。


 そもそもが、聖域の森の奥に籠もって滅多に表に出てこない稲荷様だ。

 だからこそ近衛とお世話係は日本国民的に大変名誉な仕事であるにも関わらず、活躍の機会兼労働時間に比例するため、お給料は実は物凄く少ないのであった。


「東京の稲荷大社が私の勤め先なのよね。

 近衛は境内の警護員だし、お世話係は巫女が本職…っと」


 おまけに給料も数百年前からずっと変わらず名誉とは裏腹の一般職と同賃金だ。

 なお、普段の職場である稲荷大社の巫女は高待遇なのだが、やっぱり稲荷様のために身を粉にして働きたい。


 一応定期的にお世話する機会は設けてくれているらしいが、その辺りは実際に現場で確認するまで詳しいことはわからない。


(東京の稲荷大社は超エリートで高給取り。

 でも、最高統治者である稲荷様は貧ぼ…いえ、質素倹約ってどういうことかしら?)


 稲荷様は名実共に日本で一番偉いし、実際に国の舵取りまでしている。つまり、多額のお金を持っていて当然の立場であり、贅沢三昧しても誰も咎めない。


 何なら大都会の一等地に豪邸を建てて、使用人や家政婦を大勢入れてもいい。と言うかむしろ、そっちのほうが日本国民的には鼻高々だろう。


 しかし現実は、本人の強い希望で森の奥の小さな一軒家に住んでいる。

 ちなみに稲荷様のプライベート情報は口止めされており、限られた一部の者しか知らない。


 実際のところ、聖域の森の奥に何があるのかは各々の想像力に委ねられている。

 まあ朝廷も昔はスダレで姿を隠していたと言うし、本物の神である彼女が隠れ住むのは何もおかしなことではないが、お世話係の私としては何となくモヤッとするのだ。


(はぁ…お供え物を受け取っても、その殆どを人にあげちゃうし、欲がないのよね)


 お供え物を受け取っても正倉院に保管するか、稲荷祭の賞品にする。元々稲荷様に差し上げた物なので、どう扱おうが彼女の自由だが、手元に残ることは殆どない。


 さらに国民の皆が豊かに暮らせるように、無給で公務に励んでいるのだから、日本人なら誰もが稲荷様に足を向けて寝られない。




 そんな稲荷様は無理に我慢しているのではなく、本気で今の暮らしに満足しているのだ。

 幸せそうに笑って語ってくれた最高統治者に水を差すのは無粋であり、結局現状維持に落ち着いてしまうのが真実を知る一部の関係者は、何とも歯がゆい思いである。


(四百年も質素倹約を続けるとか、仙人のような暮らしかしら? まあ、見たことないけど)


 本物の神様が身近に居るのだから、仙人もきっと何処かに存在はしていても不思議はない。


(でもまあ、もういらないかな。稲荷様さえ居てくれればいいわ)


 仙人だけでなく他の神々についても考えたが、日本は全く必要としていないと思った。


 稲荷様が居てくれれば何とかなるし、これまで一度も助けてくれなかった他の神様が今さら現れた所で、何しに来たんだとしか思えなかった。

 それどころか、もし高天ヶ原と行き来ができるようになったら、彼女は間違いなく神々の元に帰ってしまうだろう。

 そんな寂しい未来は絶対にごめんだと、私は現実で大きな溜息を吐くのだった。




 話を元に戻すが、近衛とお世話係は毎年募集されてるとはいえ、十五歳から三十歳までの男女一名ずつしか空きがない。


 なので、倍率にして最低でも一千万人以上も応募者がいる中で、二人を採用するレベルの超々難関であり、そんな大勢の中からよくもまあ私が選ばれたものである。

 あまりにも低確率なので、今でも夢なのではないかとふと思ってしまう時がある。


 ちなみに、選抜方法は基準を満たしている希望者ファイルの中から、稲荷様が直感で選んでいるらしい。

 募集を始めた当初は審査や面接をしていたが、それは一回だけだった。


 薄給にも関わらず近衛とお世話係の希望者が殺到しすぎて、審査員が悲鳴をあげたのだ。

 なので、すぐに履歴書方式に切り替わり、基準を満たしている者の中から稲荷様が直々に男女一名ずつを選抜する決め方となった。




 私も最初は、応募は駄目で元々という気持ちだった。

 それが、郵送で東京稲荷大社の巫女服が送られてきたときは、家族と一緒に腰を抜かしてしまったものだ。

 リニアモーターカーの座席に腰かけて視線を下げた状態で、そのことを思い出してつい笑ってしまった。


「けど、地元民に盛大に見送られるのは恥ずかしかったわ」


 東京稲荷大社の巫女服を着た私が、地元の町長や関係者、家族や親戚、さらに大勢の民衆に見送られて、笑顔でリニアモーターカーに乗車した。

 さらに言えば、テレビカメラでもバッチリ撮られてインタビューまで受けた。


 このことからも稲荷様のお世話係は本当に名誉なことなのだと、否が応でも納得してしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
花子さんは樽型洗濯機で勲章を貰った女性とは別人ですか?
[一言] 秘密のベールに包まれた神域で新人お世話係が見た驚愕の事実。 ワッショイに疲れて一般的な反応を求めてVチューバーとなった稲荷神とヴァーチャルイ○スとなったロンゲのコラボ配信だった!
[一言] 本職は巫女・・・お陰参り・・・あっ・・・ 見送られるときに地元の人たちに万歳三唱されてそうw
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