米国大統領との密会
大正三年に世界大戦が始まり、日本国内も影響を受けて若干空気が重くなってしまった。
だがしかし、それでも遠いヨーロッパの話ということで、これまで通りの平和な日常を過ごすことができていた。
それに江戸時代に建設された東京駅だったが、そろそろ老朽化が心配になり、現代風に大きく様変わりさせたという明るいニュースもある。
時は流れて大正四年のこと。
江戸時代から続いている全国中等学校優勝野球大会で、未来の大物スター選手が歴史的な記録を打ち立てたり、東京証券取引所で空前の出来高になったりした。
私も広告塔として駅長をやったり、大会に足を運んで各県の選手を応援する。
なお、チアガールはともかく硬派な応援団の男装をさせても、ロリペタ狐っ娘には、絶対似合わない。
だがしかし需要はあると声高に主張する層が必ず居るので、この国は色々おかしいとつくづくそう感じるのだった。
色々あったが、日本円や国内企業の信頼度はかなり高く、現在はアメリカを抜いてと言うか最初から足元に存在しており、堂々の世界一であった。
世界大戦でも大儲けすると踏んで先物買いした富裕層が大勢出たらしく、ただでさえ高値なのが、さらに上がってしまっている。
まあそれは良いことなのだが私が大ポカをやらかした瞬間に暴落は確実なので、余計な重圧がかかってしまい、どうしても素直には喜べないのであった。
時は流れて、イギリス王室とは相変わらず手紙のやり取りを続けているが、あくまでも個人的な付き合いなので、日本の命運を左右するほどではない。
だが世界情勢が不安定になっているのは確かなので、ちょっとした気遣いを書き加えることにした。
「もしロンドンが陥落しそうになったその時は、王室の皆さんは日本に来るといいですよ…と」
そんな感じで万が一の亡命先として、日本に受け入れ準備があることを示した。
しかしそれを読んだ現国王のジョージさんは何を思ったのか、狂喜乱舞して今すぐ日本に向かうと言い出したのだ。
大体まだ敵軍が本土にやって来る前兆すらないのに、いくら何でも気が早すぎる。本当にイギリス王室は代々変わらず、私のおみ足ペロペロしたがるから困る。
なお、日本とオーストラリアではペロリストが多数派で、世界各国にかなりの人数が潜伏しているらしい。
もし私が退位したら魔女狩りや実験動物よりも酷い展開になりそうで、ブルルっと身震いする。別に寒いわけではないが、こういう日は消化が良くて温かいうどんに限る。
「お昼はきつねうどんとお稲荷さんにしようかな」
ちゃぶ台に頬杖をつきながら時計を見ると昼少し前のようだ。
炭水化物の二枚重ねという暴挙だが、どうせ体調を崩すことはないのでたまには良いだろう。
ちなみにだが、この二つは江戸時代初期から存在していた。
何でもネズミを油であげたモノを狐の巣穴の前に置いておく習慣が元となっており、それがどのように変化したのか稲荷神様は油揚げが好物という風潮が自然と日本中に広まっていった。
なのでそれを使った料理に狐の名前がつくのも当然の流れと言える。
なお日本国民には他の稲荷神様は大好物かも知れないが、私は三度の飯より好きという程ではないことも、きちんと伝えてある。そればっかりお供えされたら料理のレパートリーを活かしきれずに腐らせてしまうからだ。
だが何よりも健康によろしくない。なので油揚げもいいですが、他の食材もバランスよく摂ることが何よりも大切ですと付け加えておいた。
なのできつねうどんやお稲荷さんが日本国民の食卓にあがる率も普通で、祭事の時のみの料理のように特別扱いはしない。
そもそも世の中には稲荷関連の品物が多すぎるんだよ。…と呟きながらちゃぶ台から立ち上がり、壁にかけられた割烹着にサッと着替えた後、台所に向かってトテトテと歩いていくのだった。
大正六年になり、とうとうアメリカが参戦した。
なので日本も時流に乗って、連合軍を支援すると公式声明を発表する。
とは言え、世界大戦に自衛隊を送り込むわけではない。文通仲間であるイギリスに、日本とオーストラリアでは旧型の兵器を友達価格で販売するだけだ。
私は自分こそが正義だとは思わない。しかし国民を死なせずに利益が得られるのなら、躊躇いなく実行に移す覚悟は持っている。
だがもし叶うならば、今回の支援で犠牲者が減り、少しでも早く終戦に向かえばと、そう切に願うのだった。
なので、米国大統領のウィルソンさん。
やはりリトルプリンセスはアメリカの同志だった! …という顔で、こちらをチラチラ見ないでくれませんか?
何ですか、一緒に世界の警察官をやろう、沖縄に日米合同軍事基地を作ろうとか。
確かに数百年に及ぶ、私のこれまでの軌跡を高く評価してくれるのは素直に嬉しい。
しかし、うちはあくまで善意の協力者であり、全世界を相手にリーダーシップを取るのは、米国にお任せしたいものだ。
…と言うように、日本に非公開の訪問を行うアメリカ大統領のウィルソンさんと私は、謁見の間ではなく聖域の森の奥に建てられた我が家でこっそり面会することになり、色々と積もる話をするのだった。
その日は我が家の居間に数名の重要人物が集まり、椅子ではなく座布団に座ってお話を行う。
ちなみに他の関係者や護衛は他の部屋や敷地内に控えており、まさに厳重警備である。
実際の会話の内容だが、その殆どが当たり障りのない他愛もない雑談だった。しかしウィルソンさんは世界各国と同じくアメリカも日本がどのように動くのか、とても気にしているらしい。
「ウィルソンさんも私のおみ足をペロペロしたい派ですか?」
「私はリトルプリンセスに対して、そのような感情を抱いたことは一切ない。
しかし世界人口の一割はペロリストだろう」
私は畳の上に寝転がり、大統領の護衛から受け取ったカラフルな飴玉を舐めながら尋ねると、予想を遥かに超えた答えが返ってきた。
日本やオーストラリアに関しては、熱狂的な信奉者が多数派だとは考えていたが、蓋を開けてみれば世界人口の一割と来たものだ。
「あくまでも氷山の一角だ。
何しろ貴女は数百年に渡って日本を統治しており、現存する唯一の女神と言っても過言ではない。
だからこそ世界中の人々から、これ程までに信仰を集めているのだろう」
これまで何度も精密検査を受けて、私のデータもある程度は解析はされてはいる。だが結果は何もわからない、ということがわかったぐらいだ。
とにかく今の科学では狐っ娘の神秘性は解明できないので、未来に期待するしかない。
そんな未知の存在だからこそ畏れ敬い崇めるのだろう。早いところ私の所在を科学的にはっきりさせてもらわないと、いつまでも神皇を退位できなさそうである。
もしかしたら地球全土が探索し尽くされたあとに、…稲荷神、それは人類に残された最後のフロンティア。等と呼ばれそうで嫌だなと考えてしまい顔をしかめる。
「私は遅かれ早かれ、神皇を退位するつもりなのですが」
「まあ頑張りたまえ。私は陰ながら応援していよう」
憐れむような暖かく見守るような表情で、ウィルソンさんは私が退位できるようにと応援してくれた。
ずっと昔の友人だった織田信長さんも同じ顔をしていたことを、何となく思い出した。
「今のウィルソンさん、織田信長さんと同じ顔をしていますね」
「ほほうっ、あの織田信長と? それは光栄だね!」
それからは、皆が昔のことを聞きたがったので、我が家に集まったアメリカ合衆国の人たちや政府関係者が必要な機材を揃えてから、私は過ぎ去った懐かしい日々のことを皆に話した。
なおこれは非常に貴重な記録らしく、何台ものボイスレコーダーやテレビカメラで録音及び録画していたが、私の記憶は不思議と劣化しないので、数百年前のことも鮮明に思い出せた。
その後はいつの間にか私主観の歴史講座となり、当時の時代背景や有名な大名や武将、アメリカからのペリー来航やらと、何だか物凄く盛り上がることになる。
記録係の人たちは始終興奮しており、ウィルソン大統領は遥か昔の自国の失態に露骨に舌打ちし、あの時に日本と友好条約を結べていれば…と呟いて、大きな溜息を吐いていたのだった。
同じく大正六年、ロシア帝国で革命が起きた。
民衆がパンをよこせと要求したらしい。
だがすぐに革命の理由は戦争反対や専制打倒に拡大解釈されたようで、鎮圧に向かった兵士も反乱を起こして労働者側に味方するという酷い状況だ。
結局革命を止めることができずに、臨時政府から退位を要求されることとなり、ニコライさんは弟に皇位を譲った。
しかし弟のミハイルさんはあろうことかこれを拒否。その結果、帝位につく人が誰もいなくなってロマノフ朝はあっさり崩壊してしまった。
その後は革命の勢いは増すばかりで、ロシア帝国どころか臨時政府すら崩壊し、もはや手の施しようがなくなってしまった。
そして最終的にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国という、やたらと長い名前の赤い大国ができたのだった。




