天草四郎
紫衣事件で十着以上も買い取った布切れの使い道だが、高級な素材を使っていて、徳の高い人が身につけるらしいので、そこから発想を得て、新作のスケールフィギュアの衣装として使用することに決めた。
まさに神道と仏教が合わさり最強に見える狐っ娘の誕生である。
最初は人形に着せるだけのつもりだったが、新コスチュームを希望するお便りが全国から寄せられたので、一日だけ僧侶装備に変えることになった。
数珠に演出用で熱くない狐火をまとわせたり、人間離れした速さで錫杖を振り回したりと、稲荷大社に集まった民衆の喝采を浴びたので、新しい稲荷グッズの参考にはなったと思う。
時は流れて寛永十二年になった。
未来とは違って、貿易相手である朝鮮との仲は今の所は良好だ。
だが面倒な関係を知っていると、仲が良くも悪くもない遠方の親戚ぐらいの距離を維持したいところである。
それとは別にオギノ式を広めて、運動と栄養バランスによる丈夫な体作り、さらに衛生管理による病の予防に力を入れている。
なので一家の当主や次代の急死が激減し、お家騒動に発展することはほぼなくなった。
ドロドロとした関係よりも、やっぱり世の中平和が一番である。
私は家の縁側で日向ぼっこしながら、毎日送られてくるお供え物から三色団子を取り出して、小さな口に咥えて、モキュモキュと咀嚼するのだった。
寛永十四年になっても世の中は平穏なままであり、今日もワンコと一緒に稲荷大社を囲む深い堀の外周を早朝ジョギングを行った。
その後、一般人立ち入り可能な石畳の参道ではなく、聖域である広大な森を自由に散歩したり、小屋の縁側で空を見上げて流れる雲を眺めて一服したりと、まるで完全に隠居したお年寄りのような、悠々自適な生活を満喫していた。
そんなある日のことだ。
いつものように小屋の縁側に座って、ワンコのほうにボールを投げて、咥えて持ち帰ってくる遊びをしていると、徳川家光さんが政務の息抜きに、片手にお土産の袋を持ってやって来た。
私は戸棚からほうじ茶の缶を取り出して、彼の分の湯呑に急須の口から湯を注いでいると、家光さんは慣れた手付きで、お土産の銘菓ひよこ饅頭をちゃぶ台の上に置かれた皿に広げる。
それをしながら、最近耳にした噂話を聞かせてくれた。
島原藩には、神様の力を持つ子供が居て、彼が盲目の少女に触れると、たちまち視力を取り戻した。または海面を歩いたなどである。
人外の力を持っているロリペタ狐っ娘の例もあるので、嘘だと判断するには早計だ。
ちなみに島原は、このご時世には珍しいキリシタン大名、有馬晴信が治める所領である。
そして私が江戸幕府を打ち立てたと同時に、信者が急激に減り始めたキリスト教を、今なお熱心に支援していることでも有名だ。
個人的には、ぜひとも頑張って稲荷神信者の数を減らしてもらいたい。
私は信心深い民衆を平伏させたり周りに侍らせたりして、自身のおみ足をペロペロしろと命令するような変態的な趣味は持っていないのだ。
なので今の日本は、ブレーキが壊れたトロッコに乗っているようなものだ。
国内の民衆の殆どが稲荷神を信奉しており、自分が白と言えば黒でも喜んで白く塗り潰す有様だ。
とにかく政治と宗教のバランスを取らなければ、いつか私が大ポカをやらかした瞬間に、国家転覆になりかねない。
それこそまるで先頭の一匹に釣られて、次々と水面に飛び込んでいくレミングスのようであった。
徳川家光さんが休憩を終えて江戸城に帰ったあと、私は家の中に入って真剣に考えた。
今の日本国民は稲荷神にとってのイエスマンなので、反対派の数を増やしてバランスを取らないと、いつか大変なことになる。もう既になっている気もするが一旦置いておく。
とにかく、鎖国が終わって列強諸国とガチバトルが始まった時に、大惨事になるのは確定だ。
どれだけ長い年月を生きても、心技体が何故か逆行転生してから、まるで成長を感じないので、この先の采配で致命的な失敗をする可能性がとても高い。
その場合は日本国民全員を巻き込んでの自殺など、冗談ではない。
「だから、ここは小さなことからコツコツとだよ。
もし本当に神の子だったら、国内のキリスト教の旗頭にすれば稲荷神派の勢いが弱まって、私がずっこけても集団自殺だけは免れるかもだし」
外国の宣教師はこっちの言うことを聞かないだろうが、神の子は日本人だ。ならばある程度のコントロールは可能なはずである。
それに肌や髪の色が違うよりも、同じアジア人種のほうが布教もしやすく、私の対抗馬にはまさにもってこいと言える。
「しかし鉄の蒸気船を作ったのも驚いたけど。
現在蒸気機関車を建造中だし、電気も工場もなくて溶接技術も未熟なのに、良くやるよ。
流石は未来の技術大国だね」
ライフラインの要である水と交通と情報は終わることのない強化を重ねていて、残る三つの電気、ガス、鉄道も、日夜研究開発が続けられている。
基本的な知識は教えているので、色々すっ飛ばして理論だけは知ってる状態だ。
蓄電池や発電機を作り出すのも時間の問題だろうが、道路や鉄道網を広げるのは一朝一夕にはいかないので、江戸幕府を開いてから、休むことなく公共事業を行っている。
そして長い時の流れの中で、私以上の知識を持つ者が大勢生まれているのが、江戸時代の日本である。
彼らが小さな島国に引き篭もって、天下泰平を謳歌してくれているなら別にいいが、もし海外に目を向けたらどのような化学変化が起こるのかが、恐ろしい所である。
さらに戦国時代とは違い、飢えや寒さを克服し、真面目に働きさえすれば衣食住は満たされて、酒もギャンブル、娯楽もある程度は許されているので、民衆の幸福度は高い。
温厚な稲荷神が最高統治者として適時宥めすかすことで、変に暴走せず国内で繁栄を謳歌している状態だ。
「ここまで育てた責任もあるし、私がブレーキになるしかないよね。
そう考えると、神の子だけじゃ足りないかなぁ」
対抗馬にと考えていた神の子でも、下手な方向に進んだらキリスト教の破滅どころか、死人が大勢出かねない。
それだけ今の日本は色々と危険な状態であり、決して怒らせてはいけないのだ。
私は天井を見上げながら小さく呟き、神皇が手綱を握っている間はまだ大丈夫だけど、もし離したら何処にすっ飛んでくかわからないよ…と、ガックリ肩を落とすのだった。
寛永十四年の島原の噂は、キリシタン大名である有馬晴信さんが、まだ若い天草四郎さんを神の子だと偽って、キリスト教を広めようとしたのだと判明した。
つまり盲目の少女の治療や水の上を歩いたことなど一切なく、裕福な家庭に育ったちょっと賢い男の子というのが真相だったらしい。
これを聞いた私は、何とも言い辛い表情であった。
やはり日本国民が独り立ちしようと決意するまでは、神皇の地位に立って舵取りをするしかないのか…と、大きく溜息を吐く。
その後気分を変えるために、小さなバナナ型の洋菓子を棚から引っ張り出して、モグモグしながらワンコと仲良く戯れる。
するとたちまち難しい顔をして悩んでいたのを綺麗サッパリ忘れて、元気いっぱいに戻ったのだった。




