五十五話 終戦(9) 帰国
色々あったが、連合国の勝利という結果で第二次世界大戦は終わった。
そして当然、負けたのはソビエト連邦だ。
各国は失った以上の利益を得るべく、共産主義に染まった国々を奪い合うことになった。
なお連合国の盟主である日本にも、当然ながら参加権はある。
だが本来講和会議に出席するはずの自分は、長い間国に帰れなかったため、重度のホームシックにかかっていた。
それでもイギリス王室に招かれて寄り道したり、国家稲荷主義ドイツ労働者党の当主が必死に頼むので、二時間ほどじっと椅子に座って肖像画のモデルになったりもした。
欧州では日本に友好的な国で、これまで色々とお世話になったり便宜を図ってくれたこともあった。
ならば、ある程度の要求には答えるべきだ。
数日ほど留まったが、それらも片付いてうちの技術力を隠す必要もなくなったので、稲荷神専用航空機で日本まで一飛びで帰国した。
そして聖域の森の奥にある我が家に帰宅した私は、長らく離れ離れになっていた家族との再会を、涙ながらに喜んだのであった。
だが、次の朝に食事を終えて、縁側で日向ぼっこしながら一服しているときのことだ。
居間の電話が突然鳴って、日本政府から稲荷大社の謁見の間に来て欲しいと呼び出された。
こっちは、ようやく平穏な暮らしに戻れると安堵したばかりだ。
それが一泊しただけで表舞台に引っ張り出されるなど、冗談ではない。
内心で不満を抱えながら謁見の間に入ると、関係者は既に全員揃って席に付いていた。
しかも、日本の役人だけではない。
何故か各国の外交官の姿が確認できる。
何故こんなことになっているのかと、どうにもピンと来ない。
だが私は、取りあえず一段高い畳の上に敷かれた高級座布団に腰を下ろした。
そして日本政府の役人に目配せすると、彼は小さく頭を下げて、慣例通りの挨拶を行ったあとに、堂々と発言した。
「稲荷神様には、近日東京で開かれる講和会議に、ぜひとも御出席賜りますよう。
我ら一同、よろしくお願い申し上げます」
いつもの緩い雰囲気ではなく、明らかに堅苦しかった。
だが今回は他国の目があるので、政府の役人も気を使っているのだろう。
ちなみに講和会議への出席要望は、聞き覚えがある。
その時は、勝つか負けるかも定かではない対戦の最中、そういう取り決めは目先の問題を片付けてから言い出しなさい。そう一蹴して特に答えなかったことを思い出した。
だが昨日はようやく我が家に帰れたのだ。そんな家族との再会の嬉しさで、完全に忘れていた。
(パリの講和会議なら出たことあるけど、正直やりたくないなぁ)
過去には一日だけ参加して、次の日には日本に帰国した。
どんなことを話し合うのかは大まかに知っているが、正直に言えば面倒臭いので出席したくない。
そして色々と考えた結果、いつものように小細工無用ではっきりと発言した。
「せっかくですが、お断りします」
「「「えっ!?」」」
問答無用の拒否であった。
ちなみ私は過去にも意見を却下したことはあるが、大抵は足りない頭で考えた代案を出していた。
しかし今回は全力で断り、それ以外の意見は出さなかった。
取りつく島もないという非常事態に、謁見の間に集まった関係者は明らかに困惑する。
「しっ、しかし! 稲荷神様は! 連合国の盟主であられますれば──」
「ソビエト連邦の打倒は果たしました。もはや私が表舞台に出る必要はありません」
日本に迫る危機は去った。残っているのは、後処理だけだ。
「そもそも私は隠居した身です。高齢者に頼りすぎるのは、如何なものでしょうか?」
「御冗談を! 稲荷神様はまだまだお若い──」
「とにかくです!」
大体かれこれ三百、いや四百年は生きた私が若いはずがない。
心にもないお世辞を受ける気はないので、強引に話題を戻す。
ぶっちゃけ利権や領土がどうこう言われても、頭の悪い私にはピンと来ないのだ。
それに手に入れても、自分では管理できずに持て余すに決まっている。
なのでこの際、餅は餅屋だ。外務大臣に任せて交渉してもらえばいい。
「連合国の盟主は欠席します。私の代理は日本政府が用意してください」
有無を言わさず、役人に追撃を加えた。
一応にっこりと微笑みながら返答したが、それを見た者たちは一斉に冷や汗をかく。
表情こそ笑っているが、心の中では静かに怒っていたのだ。
(数年ぶり自宅に帰れて、家族と一緒にゆっくりしてたのに。
日本の危機でもないのに、いちいち引っ張り出さないでよね)
とっくに隠居した身だが、第二次大戦が起きて最終目標が日本だと知り、仕方なく重い腰を上げた。
連合国の盟主になったのは、ただの成り行きで、やりたかったわけではない。
大体、元女子高生の私に軍略などわかるわけがなかった。
そしてそれは、戦後処理に関しても同じことが言える。
脳筋ゴリ押しや行き当たりばったりの私に、外交が務まるはずもないのだ。
なので、この期に及んで何故不得意な自分に丸投げするのか疑問しか浮かばなかった。
ただ流されるままに表舞台に引っ張り出されていては、いつまでも平穏には暮らせないだろう。
今こそ日本政府が、外国との交渉の窓口に立つ時だ。
色々理屈を述べたが、ぶっちゃけるとストレスが溜まって、苛ついているだけである。
「今後しばらくは緊急の用件でない限り、呼び出さないでください」
そう言って私は座布団から立ち上がる。
そして動揺する政府関係者や他国の外交官たちを一瞥し、速やかに謁見の間から退室するのだった。
しかし、我が家に帰るために廊下を歩いている途中であることを思い出した。
そこで唐突に、ピタリと足を止める。
「伝え忘れたことがあったのを思い出しました。
申し訳ありませんが、政府の役人を一人呼んでもらえませんか?」
静かに付き添っていたお世話係に声をかけると、姿勢を正して一礼する。
「了解致しました。稲荷神様は個室にて、しばらくお待ちください」
お世話係が廊下を早歩きで戻り、謁見の間に入室したのを見届ける。
そしてすぐに、他の付き添いが個室に案内される。
盗聴対策が万全な個室に入り、備え付けの座布団に腰を下ろした私は、政府の役人が来るのを静かに待つのだった。




