五十五話 終戦(3) ライトニングフォックス作戦
昭和十七年になって、ライトニングフォックス作戦が提案された。
私は連合軍の盟主なので、当然のように強制参加だ。
最後まで見届けるのはもちろん、開始前に兵士に対して何らかの宣言を行わなければならない。
このような場面で演説を行うのは初めなので、これから敵地に向かう兵士に向けての激励は、なかなか難易度が高そうだが、一応何かしら考えて置かなければいけない。
そしてソビエト連邦とポーランドの国境沿いの軍事基地には、日本とオーストラリアや連合各国の所有する航空戦力が多数集まってきているらしく、作戦当日には、兵士や兵器を大量に乗せることになっている。
敵の空軍は壊滅状態とはいえ、油断はできない
もし失敗すれば、連合軍は壊滅的な打撃を受けるだろう。
そして短期決戦は望めなくなり、泥沼の消耗戦にもつれ込む。
どちらにせよ連合軍の勝利は揺るがないが、被害は押さえるに越したことはない。
何より私がホームシックにかかっているため、とにかく日本に帰国して平穏に暮らしたかったのであった。
私を含めて各国の様々な事情が絡むライトニングフォックス作戦が、いよいよ実行に移される日になった。
前線基地に連合軍の兵士が集結して整列する中で、私はあらかじめ設置されている舞台へと、ゆっくりと上がっていく。
そして軍の関係者にマイクの位置を調節してもらい、出撃前に最初に最後の演説を行う。
まずは無難な挨拶は終えたあとに、一拍置いてから大声で語りかけた。
「私たちは、長い間戦い続けてきました」
これも例によって例のごとく、娯楽作品から引用したものだ。
そもそも自分の足りない頭では、気の利いた台詞回しや、定番の演説など全く思いつかなかった。
電波に乗せて他の基地や部隊にも聞かせているので、もしここで噛んだり失敗したら、かなり恥ずかしいだろう。
なのでやや緊張しながらも、持ち前のメンタルの強さを発揮して、堂々と声を出した。
「故郷のため、家族のため、友のため、理由は様々です。
しかし皆傷を負い、闘志は尽きかけています」
なお、連合軍は相変わらず戦意は高い。むしろ士気がボロボロなのはソビエト連邦だ。
しかしそこはお約束で、こっちも戦死者や怪我人が大勢出ているし、皆もいい加減、第二次世界大戦が終わって欲しいと思っているのは間違いない。
「これ以上、なんのために戦うのでしょうか? なんのために苦しむのでしょうか?
胸に手を当てれば、答えがわかります」
大体の流れは考えてきたものの、殆どその場のノリで喋っている。
なので少しだけ不安になった私は、自分の薄い胸にそっと手を当てる。
すると軍隊の皆も倣ってくれたので、一人だけ恥ずかしい思いをせずに済んで良かったとホッとして、続きを口にした。
「強く、熱い鼓動。それこそが、人が生きている証です」
心臓が動きを止めたら人は死んでしまう。至極まっとうな生きている証である。
ここで私は、大きな声を出した。
「この世界に生きた命の代表として! 我々がやらねばならないのです!」
戦争で亡くなった人たちの恨みを晴らすのは置いておく。
とにかく戦いの決着は、ソビエト連邦か日本のどちらかが敗北するまで、決して終わらない。
だからこそライトニングフォックス作戦を、何としても成功させなければならないのだ。
「多くの英霊が、無駄死にでなかった証の為に!
そして再び! 人類の理想を掲げる為に!」
途中で何か別の作品が混ざったが、細かいことは気にしないことにした。
まだ世に出ていないので、誰もツッコミを入れる人はいない。
それどころか集まっている軍人さんたちは、こんな狐っ娘の戯言を真面目に聞いてくれている。
「今こそソビエト連邦に一撃を食らわせて! この大戦に終止符を打ちます!」
集まった軍人さんたちの表情が引き締まり、緊張が高まる。
だが悲壮感はまるでなく、皆がやる気に満ち溢れていた。
「ライトニングフォックス作戦! 開始!」
私の演説が終わると同時に、前線基地の熱気が一段と高まる。
そのまま近くの偉い軍人が一歩前に出て、大声を出した。
「聞こえたか! 総員! ただちに作戦行動を開始しろ!」
「「「サー!!! イエッサー!!!」」」
立場的に私の次に偉い軍人さんが大声で作戦開始を告げたことで、集まっている兵士たちが一斉に行動を開始した。
ちなみに、ライトニングフォックス作戦は単純明快だ。
敵の国境沿いに待機させていた連合軍が一斉攻撃を行い、ソビエト連邦を引きつけている間に、日本とオーストラリアや連合軍の航空戦力で、各主要都市を強襲する。
政府機関や重要人物を確保してしまえば、もはや降参するしかない。
往生際が悪く反撃に出られたら面倒だが、連携が取れない軍隊など烏合の衆だ。各個撃破は容易だろう。
何にせよ、既に賽は投げられた。
私は作戦が成功することを願い、駆け足で移動する兵士たちを眺めながら、舞台からゆっくりと下りるのだった。




